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第四章

76 アメリアとマルティナ

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 ヴィクトルへの復讐を終えたアメリアは次なる復讐に向けてマルティナの記憶から何故彼女が自分を裏切ったのか、その理由を調べていた。

「これが、ティナが私を裏切った理由、という訳ですか……」

 そして、マルティナの記憶の中から彼女が裏切った理由を知ったアメリアの口からは思わず溜め息が零れ出た。
 アメリアもマルティナの愛しい人と結ばれたいという気持ちだけは分からなくもない。アメリアも一人の女性としてその気持ちに関してだけは共感できる。しかし、その為に自分以外の誰かを貶める行為は許される筈がないだろう。少なくとも、アメリアはそう思っていた。
 だからこそ、マルティナの願いを知ったとしてもアメリアの決意と復讐心は何も揺らがなかった。彼女の頭の中は自分を貶めた者への復讐心で埋め尽くされている。マルティナの気持ちに共感できたからといっても、それで彼女への復讐を止める事はない。今のアメリアには相手にどんな理由や都合があろうとも、それらを酌量する余地など一切存在しないのだ。

「さて、ティナ、貴女の為に特別な復讐の舞台を用意してあげましょう。折角なので、貴女の愛しい彼も舞台に上げて差し上げますよ。あはははっ、あははははははははははっ!!」

 そして、アメリアはマルティナに相応しいであろう次なる復讐の舞台の用意を始めるのだった。




「ん、んっ……」

 アメリアがマルティナの記憶を調べてから数時間後、今迄眠りに就いていたマルティナがようやく目を覚ました。

「うっ……、頭が……、痛いっ……」

 しかし、彼女は目覚めた直後に頭に激しい痛みを覚え、思わず目を閉じて頭を抱える。だが、それから数分後にはその痛みも引いていった。
 そして、頭の痛みが完全に引いたマルティナは閉じていたおもむろに目を開いた。

「……えっ、ここは……、一体……?」

 だが、目を開いた彼女は自分の周囲の光景に困惑してしまう。今、マルティナがいる場所は彼女がアメリアの手によって眠らされたあの馬車の傍では無く、見た事も無い小屋の中の様な場所だったからだ。

「ここは……、何処なの……?」

 ここが何処か分からず、彼女は慌てた様に辺りをキョロキョロと見渡した。すると、その小屋の一角では、椅子に座りながらティーカップを片手に優雅に紅茶を嗜むアメリアの姿があった。
 そして、アメリアはマルティナが目覚めた事を確認すると、彼女に対して優雅に微笑む。

「あら、ティナ、漸くのお目覚めね。気分はどうかしら?」
「ひっ!!」
「あら、友人に対してその反応は酷くないかしら?」
「おっ、お父様、助けてっ!!」

 アメリアへの恐怖からマルティナは思わず父であるヴィクトルに助けを求めようとした。しかし、この小屋の何処にも彼の姿は無かった。

「お父様……?」
「ああ、あの男ならもういなくなりましたよ」

 ――――この世から、ね。

 アメリアはそう言葉を続けた。もう、彼女の父であるヴィクトルはもうこの世にはいない。彼はアメリアの処刑によって魚達の餌となり、この世から体の一片すら残さず消え失せている事だろう。

「そん、な……、お父様……」

 ヴィクトルが今どうなっているか、その詳細を知らないマルティナだが、彼がアメリアの手によって消された事だけは理解できたのだろう。マルティナの顔は絶望に染まる。

 そして、その直後、アメリアは持っていたティーカップをテーブルの上に置き、一度パンと手を叩くと、椅子から立ち上がった。そして、ゆったりとした足取りでマルティナに近づいていった。

「さて、と。ティナ、眠っている間に貴女の記憶を見せて貰ったわ」
「記憶を、見る……?」
「ええ。そして、知ったわ。どうして貴女が私を裏切ったのか」
「……っ」

 アメリアのその言葉でマルティナは思わず息を飲む。マルティナはアメリアの言葉が本当かどうかを図りかねていたからだ。

「ティナ、貴女はあのクリストフという騎士と結ばれる為に私の事を裏切ったのよね。そして、貴女は『アメリアの悪事の証言をすればクリストフの後ろ盾になり、彼と自分の婚姻を後押しする』、そんな密約をヴァイス殿下と結んだのでしょう?」
「……どうして、それを……」

 それは、マルティナとヴァイスしか知らない筈の事だ。勿論、マルティナはアメリアにその事を言った記憶はない。仮にヴァイスが誰かにその事を漏らしたとしても、その話が貶められた本人であるアメリアの耳に届く訳がない。

「まさか、本当に記憶を……?」
「ええ、その通り。まさか、私の言葉が嘘だと思っていたのかしら?」
「それ、は……」

 マルティナは言葉に詰まる。だが、それも当然だろう。急に自分の記憶を見たと言われても、その言葉を飲み込める事が出来る人間はそうはいない。

「なら、貴女がそれを信じられるようにもう一つ、私は貴女があのクリストフという男に恋慕している事も知っているわ」
「……本当に、私の記憶を……?」
「ええ、他にも……」

 そして、アメリアはマルティナ自身しか知らない秘密を含めて様々な事を次々と告げていく。それらを聞いたマルティナはアメリアが自分の記憶を見たという言葉を信じざるを得なくなっていた。

 その直後、アメリアは何かに気が付いた様な素振りを見せた。

「っと、あの招待状通り、彼はここまで来たようですね」

 そして、アメリアは笑顔を浮かべて、両手の手の平を合わせる様に手を叩いた。

「さて、そろそろ、お客人がこの小屋に到着しますから、貴女との暇潰し紛いの雑談もここまでにしましょうか」
「お客人? 誰なの、それは……?」
「それは貴女がよく知る人物ですよ。さぁ、ティナ、折角なので貴女が彼を出迎えてあげてくださいな」

 その直後、彼女達のいる小屋の扉が勢い良く開き、一人の男性が小屋の中へと飛び込んできた。その男性の姿を見たマルティナは困惑の表情を浮かべる。

「ここにいるのか、ティナ!!」
「クリ、ス……?」

 そう、この小屋に飛び込んできた男性、それはマルティナの想い人であるクリストフであった。
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