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第五章

103 断罪の時、希望と絶望の夢

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 アメリアが出現させた、あの漆黒の大穴に吸い込まれたリチャードが辿り着いた場所、そこは辺りには何もなく、ただ薄暗いだけの殺風景極まりない空間だった。

「……っ、ここは一体……?」
「あなたっ!!」
「お父様!!」

 リチャードがその声の聞こえてきた方を向くと、そこには自身の妻であるローザリアと娘であるリリアローズの姿があった。辺りが薄暗い為、彼女達の姿ははっきりとは見えないが、夜目を効かせれば、二人の顔が見えない程ではない。
 彼は体を起こして、改めて二人に向き直った。

「ローザ、リリィ、無事だったか?」
「ええ、大丈夫よ」
「私も大丈夫ですわ」
「そうか、良かった……」

 そして、先に穴に飲み込まれた二人と何事もなく無事に合流する事が出来たリチャードは思わず安堵のため息を零した。
 だが、その次に沸いて来る疑問は一つだけだろう。

「それにしても、ここは一体何処だ……?」
「あら、ようやくお目覚めの様ですね」
「っ、この声はアメリア・ユーティスかっ!! 一体何処にいる!?」
「私の事をお探しの様ですね。では、こちらから出向かせていただきましょうか」

 アメリアがそう告げた直後、彼女はリチャード達の元へと転移して現れた。アメリアはその手にランプを手にしており、三人には彼女の姿がはっきりと見えている。

「ようこそ、この場所へ」
「……ここは一体何処だ?」
「ふふっ、知りたいですか。なら、教えて差し上げます。ここは、あの祭壇の中ですよ」
「祭壇の中、だと……?」
「ええ、正確に言うなら祭壇の中に作られた生贄を封印する為の異空間とでもいうべき場所ですね」

 それらの言葉を聞いたリチャードには一つの疑問が浮かんでいた。彼は祭壇の中にこんな異空間があった事など知らなかった。だというのに、何故アメリアはその事を知っていたのか、それが全く分からなかったのだ。

「何故、お前がこの祭壇の事や祭壇の中にこんな異空間がある事を知っているのだ?」

 しかし、その言葉を聞いたアメリアはクスリと笑みを浮かべるだけだ。彼女はリチャードのその疑問に答えるつもりは一切なかった。

「貴方達が知る必要はありませんよ。どうせ、貴方達はここから出る事は一生出来ないのですから」

 そして、アメリアはこの場を仕切り直すかのように笑顔を浮かべながら手の平を叩いた。

「さて、ここで貴方達に一つ問題です。魂の力が一番強くなる時って、一体どういう時だと思いますか?」
「魂の力が一番強くなる時、だと……?」

 だが、アメリアの出したその問題にリチャードは答える事が出来ずに、言葉が詰まる。だが、それも当然だ。彼に魂についての知識がある筈もない。どれだけ考えようとも答えが出る筈がないだろう。

「分かりませんか? まぁ、それも当然ですよね。正解はですね、強い思いを抱いた時、だそうですよ。例えば希望、例えば絶望、そういった強い思いを抱いた時こそが、最も魂が力を持つ時らしいですね。
 後は、貴方達が彼女、メイアに与えた痛苦も同じでしょうかね。痛みによる苦痛でも、魂の力は増すそうですよ」
「……あっ、お前は一体何が言いたいのだ!? それに、その問題はこの状況と関係があるのか!?」
「ええ、勿論あるに決まっていますよ。先程の問題は、これから貴方達に与える罰に大きく関係しているのですからね」

 すると、アメリアは突然、何かを考え込むような仕草をし始めた。そして、それから少しすると、何かの結論を出したかのように彼等の方を向き、クスリと笑みを浮かべた。

「……そうですね。最初は言葉で説明するつもりだったのですが、実際に体験してもらった方が早いかもしれませんね」

 アメリアはそう言うとパチンと指を鳴らす。すると、次の瞬間、ローザリアとリリアローズはまるで糸が切れたかのようにバタリと地面に倒れ込んだ。

「っ、リリィ、ローザ!! お前っ、二人に一体何をした!!」

そして、意識を失った二人の姿を見たリチャードはそう叫びながらアメリアの事を睨みつけるが、当の彼女は平然としながら彼の問いに答える。

「ふふっ、彼女達には夢の世界に旅立ってもらっただけですよ」
「夢の世界、だと……?」
「では、貴方も夢の世界を存分に楽しんで来て下さいな」

 そして、アメリアがそう告げた直後、リチャードの意識も二人と同じ様に闇に包まれ、彼はバタリと倒れ込み、夢の世界へと旅立っていくのだった。





 それは、リチャードが夢の世界へと旅立ってから数時間後の事だった。

「あああああああああああああああああああああああああ!!」

 突然、リチャードはそんな叫び声を上げながら目を覚ましたのだ。直後、彼は焦りながらも自分の首元をペタペタと触り始める。そして、リチャードは自分の首が繋がっている事を確認すると安堵のため息を零した。

「く、首は繋がっている……。そ、そうか、先程までのは夢、幻なのか……」

 彼は先程まで自分が体験してきた光景が夢であると知り、思わず安堵する。

 そして、その直後の事だった。

「死にたくない、死にたくないわ!!」
「いやっ、もう嫌よっ!!」

 彼の隣で倒れていたローザリアとリリアローズの二人もそんな叫び声を上げながら、目を覚ましたのだ。
 その後、二人も先程のリチャードと同じ様に、先程まで自分達が体験していた光景が現実ではなくただの夢だった事を知り、思わず安堵する。

「あ、ああ、あれが現実じゃなくて良かったわ……」
「あれは、現実じゃなくてただの夢だったのね……」

 すると、そんな無様な三人の姿を眺めていたアメリアはおもむろに彼等の元へと歩み寄っていく。

「ふふっ、希望とそれが絶望に変わる夢のお味はどうでしたか?」
「……最悪の気分だよ……」
「なんなのよっ、あの夢はっ!!」
「いやっ、もういやっ!!」

 リチャードは呆然とそう呟き、ローザリアとリリアローズは先程の夢を思い出したくもないと言わんばかりに、首を横に振り続ける。

「どうやら、楽しい体験をしてきたようですね」
「あれは、あの夢は一体何なのだ!? 答えろ、アメリア・ユーティス!!」

 リチャードが先程まで見せられた夢、それは

『権勢を極めた一国の国王として君臨していたが、大規模な反乱によってそれが一夜で崩れ去り、その後に無能の王としてギロチンに処される』

 といった内容の夢であった。
 例え、それが夢の中での出来事であったとはいえ、夢の中の彼にとってのその状況は現実そのものの様にしか感じられなかった。
 それ故に、積み上げてきた全てが一夜で崩れ去るあの瞬間に彼が味わった絶望は筆舌に尽くしがたい物があるだろう。

「あっ、あんな夢を我々に見せて何が楽しいのだ!!」
「勘違いしないでくださいな。あの夢は私が用意したものでなく、この祭壇の機能の一つのですよ」

 そして、アメリアは彼等が黒魔術の儀式として使ったこの祭壇のもう一つの使い道について、喜々として語り始めた。
 祭壇のもう一つの使い道、それは『生贄となる者を祭壇の中に封印し、その者に希望と絶望の夢を見せる』というものだった。

 先程、アメリアが言っていた様に魂が最も強い力を持つ時は希望や絶望といった様な強い思いを抱いた時である。また、その様な強い力を持った魂を黒魔術の生贄として使えば、発動する黒魔術はより高い効果を望む事が出来る。

 そして、古の黒魔術師達はそこから更なる高みを求めて、研究を重ねた末に『生贄となる者に希望や絶望の夢を見せて、そこから生まれ出る魂の力を蒐集し、黒魔術の糧にすればいいのではないか』という結論に至った。
 その後、彼等は自分達が黒魔術に使う祭壇を改良して、『祭壇の中に儀式の生贄となる者を封印し、その者に希望や絶望の夢を見せて、そこから生まれた魂の力を蒐集し、自分達の使う黒魔術の効果を飛躍的に向上させる』というシステムを作り上げたのだ。
 勿論、生贄が夢を見ている間、現実での記憶の一切は忘却される。その為、生贄となる者が見せられている夢は現実と何ら変わらない。その為、それが人工的に作り上げた夢であったとしても、夢を見せられた生贄の魂はより強い力を放つ様になったのである。

 しかし、このシステムの最も悪辣な点はそこではない。古代の黒魔術師達は更に研究を重ねた果て、とある事実に気が付いてしまったのだ。

『希望が絶望に変わるその瞬間こそ、人の魂は最も輝き、強い力を放つ』

 その事実に気が付いた彼等は祭壇の中で見せる夢をより悪辣な形、希望を与えてそれが絶望に変わる夢への変更を行った。
 夢には現実と違って際限が無い。その為、どんな状況でも製作者が望んだ通りに再現する事が出来るのだ。
 先程、リチャードが見ていた様な『権勢を極めた一国の国王として君臨していたが、それが反乱によって一夜に崩れ去り、無能の王として処刑される夢』、或いは『自分一代で一国の経済を牛耳る程の巨大な商会を作り上げたが、部下の裏切りによって商会を呆気なく乗っ取られ、一気に貧民へと堕ち、苦しみながら自殺するしかない状況に追い込まれる夢』等、現実ではありえない情景であっても、それが夢であるならどんな状況であっても作り上げる事が出来るだろう。

 今迄、アメリアは今迄の復讐対象にありとあらゆる方法を以って罰を与えてきた。その中には、望みが叶った夢を見せて、それが夢でしかなかった事を突きつけて、相手の心を圧し折るという所業を行った事もある。
 だが、このシステムはアメリアが行ったその所業とは訳が違った。
 人間に極大の希望と絶望を与え、そこから生まれ出る魂の力を蒐集するシステム。より効率的に、より強大な力を、と洗練されたそれらは、もはや古代の黒魔術師達が作り上げた悪意の塊と言ってもいい。
 そして、この祭壇に封印された生贄はそれこそ魂が摩耗し切るまで、古代の黒魔術師が作り上げた悪意の塊とでも呼べる希望と絶望の夢を永遠に見せ続けられるのだ。それらは悪辣さという一点においては他に類を見ないだろう。それ故に、夢の再現度は限りなく現実に近い。生贄にとって、その夢は現実の出来事と遜色ないだろう。
 更に、この祭壇の中には古代の黒魔術師達が作り上げた希望と絶望の夢が山ほど記録されている。その為、彼等が同じ様な夢を見る事は決してない。彼等は常に新鮮な希望と絶望の夢を見る事になるのだ。

「まぁ、普通の人間なら数十回程度で魂が摩耗し切ってしまって魂そのものが消滅してしまいます。ですが、貴方達なら話は全く変わりますよね」
「なっ、そっ、それは一体どういう事だ!?」
「だって、貴方達はあの儀式で他者の魂を取り込んだでしょう。その分、貴方達の魂は肥大化しているのですよ。それこそ、多少魂が摩耗した所で殆ど問題がない程にね」

 そう、彼等はアメリアに仕えていた使用人達の魂を取り込んだ。また、儀式の生贄となった者達は総勢三十人だ。
 リチャード、ローザリア、リリアローズの三人が生贄となった三十人近くの魂を綺麗に分け合ったとしても、一人当たり、十人分近くの魂を取り込んでいる事になる。その為、単純計算でも彼等の魂は十倍になっているだろう。

「つまり、貴方達はこれからあの素晴らしい体験を何百回と味わう事が出来るのですよ」

 アメリアがそう告げた瞬間、三人の表情は怯えが多分に含まれたものへと変貌する。彼等はこれから絶望と破滅の末路が確定している夢を永遠と見させられる事になるのだから、それも当然だろう。

「そっ、そんなっ!! ああああっ、嫌だっ、嫌だっ!!」
「もう、嫌よ!! あんな辛い、苦しい思いはもう二度と味わいたくないわ!!」
「いやっ、いやああああああああああああ!!」
「ふふっ、あれはまだ序の口ですよ。貴方達にはこれから永遠に夢の住人になって貰います。この現実を思い出す暇すら一切与えません。夢の中で希望とそれが絶望に変わる瞬間を永遠に味わい続けてくださいな」

 彼等はこれから魂が摩耗し切り、消滅するその時まで永遠に極大の希望を与えられ、それが絶望へと変わる夢を味わい続ける事になるだろう。それこそが、自らの欲望の為だけに他者を黒魔術の生贄として使い、その魂までもを弄んだ彼等に対してアメリアが下した罰なのだ。

「ああああっ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!」
「もういやっ、もうあんな風に無様に死にたくないの!!」
「助けて、お願いよ!! もうあんな悪夢は見たくないわ!!」

 しかし、アメリアは一切容赦しない。自分に仕えてくれていた使用人達は魂まで弄ばれたのだ。故に、彼等はこの場所に黒魔術の生贄として魂が摩耗し、消滅する時まで永遠にこの場所に封印される事になる。正に、因果応報としか言えない結末であった。

「では、皆様に最後に別れの挨拶を。永遠に、永遠に、さようなら」

 そして、アメリアは別れの挨拶を告げた後、指をパチンと鳴らし、この場所から離れる様に別の場所へと転移した。

「嫌だっ、嫌だああああああああああああああああ!!!!」
「「いっ、いやあああああああああああああああああ!!!!」」

 アメリアが去った直後、リチャード達三人は必死に叫び声を上げる。だが、彼等の意識はもうあんな夢を見たくないという意思に反する様に闇へと包まれていき、夢の世界へと再び旅立っていった。



 その後、彼等は魂が摩耗し切り、消滅するその時まで、夢の住人となり、希望を与えられて、それがいずれ絶望へと変貌する夢を、永遠に、永遠に見続ける事になるのだった。

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