愛してると伝えるから

さいこ

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カクテル

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 俺は外の看板を点灯し
   少し気を引き締めて店を開けた


   最近は女子会みたいに若い女性が2.3人で来ることも多い、今やバーは渋いオッサンだけの居場所ではない         

   俺はいやらしくも女子会の席にはわざと人数分違ったチャームを出して、それを女共がキャッキャと喜んでシェアする様を眺める


   「本日はオランジェットをお試しになってみてくださいね、それぞれ違う種類を、わたくしの好きな物でご用意いたしました」

   「…ぇっ!マスターの好きな…だって~!」

   若い女は可愛いよ
   そうやって喜ばせればSNSにいい事ばかりをあげて宣伝してくれるから助かる


   
   カランコロン…

   「いらっしゃいませ」


   見ない顔の男性…の後ろには波多野ともう1人…

   「こちらのお席へどうぞ」

   俺はカウンターの真ん中に通した
 来たな…今日の山場だ…


   「波多野のお師匠はこちらの方か?」

   良さそうなジャケットに身を包んだ30代半ばだろうか、ワガママお坊ちゃまと思しき男がそう言った

   「はい、そうです…マスター本日はお世話になります…」

   板挟みの波多野ウケる~


   「私店主の一条と申します、本日はお越しいただきありがとうございます」

   「見たところ…お嬢様方もいらっしゃる、なかなか綺麗な店ですね」

   「ありがとうございます…まだ4年目でして歴史の浅い店ですから」

   ワガママお坊ちゃまと聞いたが、特に変な感じはないけどな


   「最初はなにをご用意いたしましょう?」

   このままなにも頼まずにお喋りをされては困る

   「ああ、キューバリブレをいただこう」

   「かしこまりました…ご一緒でよろしいでしょうか?」

   連れの2人にも確認をするが、ただこくこくと頷いていた


 瀧のせいで「キューバリブレ」って名前を聞くと笑いを堪えるのが大変なんだよな…

 脳内で「はいよぉ!キューバリブレ一丁!」という瀧の声がグルグルする…
 
 そしてぐだっぐだの手際で酒の量が尋常じゃないグラスが出されて…って、もうやめてくれ…集中できない…


   冷えたグラスを用意してライムを絞る
   氷、ラム、コーラを注いでステアする
  
   グラスにスライスしたライム、ミントを添えて出す

   
   「キューバリブレでございます」

   お坊ちゃまがライムの爽やかな香りを楽しんだあと口へと運んだ
   
   「あぁ、これがキューバリブレ…うん、マスター美味しいです」

   「ありがとうございます」


   …え?なにこいつ?
   どこもワガママじゃないじゃん可愛いじゃん

   でもまぁ連れの顔が死んでるのが気になるところではあるが…
      
   
   「マスター、映画はお好きですか?」

   「ええ、まぁ好きと言えるほどではありませんが」

   映画とはいい趣味じゃないか



   「僕は先日カクテルという映画を見てね…」

   あぁ…また随分と古い映画を見たもんだ

   「大変申し上げづらいのですが…」

  と、徐々に小声になり…


   「その、ご存知でなかったら聞き流してもらいたいのだけど、セックスオンザビーチ…というものを出してもらえないでしょうか?」


 「セックスオンザビーチ」なんて名前を声に出すのが恥ずかしかったようで、ものすっごい小声でそう言った


   あ~なるほどね、こいつアレだ
   映画の中のものを実際に味見してみたいんだ

 波多野の言う「トップがカクテルにハマってて」の「カクテル」は
 酒じゃなくて映画のタイトルだった、ってことな?

   初めて酒を飲む子みたいで可愛いじゃない


   「かしこまりました、ご用意いたします」



 ハリケーンという形のトロピカルカクテルを楽しむグラスを用意する
 
 「セックスオンザビーチには数多くのレシピが存在しているんです…」

   俺はオレンジをカットしながら話す
      
   「へぇ、そうなんですか…?」
   
   お坊ちゃまは興味津々で聞いている

   「どれが正解ということは無いので、出された物がその店のレシピだと理解していただくのがよろしいかと思います」

   ま、カクテルなんてそういうもんだから


   ウォッカ、ピーチシュナップス、クランベリーにオレンジ…

   グラスの上にスライスのオレンジとチェリー、差し色と香りでミントを添えて出した


   「セックスオンザビーチでございます」

 
   アホみたいな名前に少し笑いそうになった…
   しかしお坊ちゃまは目を輝かせて楽しんでいた

   その後も「オーガズム」や「ターコイズブルー」など劇中に出てきたカクテルを自分で体感して感動していた

   純粋に嬉しかったし、こういうのも楽しいなって思っちゃったな俺は…


 
 「そうだ波多野、お前も修行をさせてもらってるんだろ?なにか作ってくれないか?」

   「代表…それはマスターに失礼で…」

   「波多野、カウンターに入りなさい」

 波多野は俺にそう言われると諦めた顔でカウンターの中に回った

   別に構わなかった
   波多野はうちの看板アイドルだ

   このお坊ちゃまに自分を売るチャンスだぞ、社内では見られないお前の顔を見せてやれ


   「自分はマスターからお許しをいただいたものしかお出し出来ませんが、よろしいでしょうか?」

   「もちろん、それでいい…」


 オールドファッションドグラスを用意した波多野
 グラスの縁をレモンでなぞる、そこに塩をまぶしスノースタイルに

 氷を入れ、ウォッカ、グレープフルーツジュースを注ぎ入れステアする

 「ソルティドッグでございます」

 
 お坊ちゃまはいつも職場で見ている波多野が、今自分が心を奪われて仕方ないカクテルを作ったことをどう見ているだろう

   波多野の株が上がればそれはそれでいいだろ
   お坊ちゃまはグラスに口をつけると

   「やはり親睦会はここでやらせていただきたい…」

   そう言った  
   やったな波多野


   「マスター大変有意義でした、ありがとう」
    
 アルコールで真っ赤になりながらも、お坊ちゃまはスマートにお供を連れて帰っていった



   もっと暴れん坊将軍が来るもんだと思っていたから正直拍子抜けした
   ただの映画好きじゃねーか…しかもいい子    
  
   波多野が脅しすぎなんだよ、俺が何年生きてると思ってんだってハナシ
     
 
 俺の修業時代なんて、もっと流血沙汰とか警官を呼ぶようなゴタゴタが結構あったぞ
 今どきそんな荒くれ者どもは影を潜めているんだろうが


   俺は割れなくて済んだ愛するバカラのグラスたちを丁寧に洗った

 

 



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