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24 初対面

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「——おはよう、圭人」
「アレックス……?」

 アイリスは目を開けると、アレックスの優しい笑顔が目に入った。

 ——確か、イリアと夜まで一緒にいたはず……。いつのまに寝たんだ? ……今は朝でアレックスの寝室にいるってことは……。

 アイリスは目を潤ませ、アレックスに抱きついた。

「アレックス……俺の知ってるイリアはもういない?」
「うん。圭人の悲しい顔が見たくなくて、イリアが眠らせたんだ。ここに運んでくれたよ」
「アレックス、そばにいてくれてありがとう」
「僕は圭人を愛しているんだから、そばにいるのは当たり前だよ」
「うん、ありがとう」

 アイリスはアレックスの腕の中で静かに泣いた。





 イリアが亡くなった数日後。

 アイリスとアレックスは、ミラの研究室へ行くことになっていた。

 2人が研究室の中へ入ると——。
 アイリスの鼓動が急に早くなった。

「イリア!」

 アイリスはミラの横に立っているイリアを見て、慌てて声をかけた。

「ごきげんよう、アイリス様」

 イリアは軽く頭を下げ、無表情で挨拶した。

 アイリスは状況を察し、肩を落とす。
 その様子を見たアレックスは、アイリスの手をぎゅっと握る。

 ——アレックス、ありがとう。心強いよ。


 ミラはアレックスの方へ頭を深く下げた。

「アレックス様、ご足労いただきありがとうございます。この子が新しいイリアです」

 アレックスは頷いた。

「圭人、あなたがお世話係よ。知識は有り余るほどあるけど、感情はまだないからいろいろ経験させてあげて。そのうちに自我を形成していくから。そうすれば、普通に生活できるようになる。イリア、2人に挨拶して」
「はい、ミラ」

 イリアは2人に向かって深々と頭を下げた。

「ごきげんよう、アレックス様、アイリス様。私はアレックス様の第2夫人、イリアです」

 イリアの抑揚がない機械的な話し方に、2人は違和感を覚えた。

 ——圭人とは呼んでくれないんだな……。わかっていたけど、この子は俺の知ってるイリアじゃない……。でも、やっぱり愛おしい気持ちは変わらない。俺の想いをこの子は受け入れてくれるだろうか? 嫌われたらどうしよう……。

 不安に押しつぶされそうだったアイリスは、アレックスの手を握りしめた。
 アレックスは『僕がその不安を分かち合うよ』という想いを手に込め、強く握り返す。

「ミラ、イリアが1人で問題なく行動できるまでにどれくらいかかるんだい?」
「平均は半年です」
「そうか……。それ以降、予定通り学院の魔術コースの教員になってもらうつもりでいいんだね?」
「ええ、構いません。圭人もいますから、問題ないでしょう」

 アレックスはアイリスの顔を覗き込んだ。

「圭人、できるかい?」

 アイリスは無理に口角を上げ、頷いた。

「では、イリアの件は以上です。アレックス様、これを見てくれませんか?」

 ミラは、横の実験台に置かれた10本の試験管を指し示した。

 アレックスは腰を曲げて覗き込む。
 液体の中で手足を曲げた半透明の生き物が浮いていた。
 体に細い管が繋がれており、すぐ横の機械とつながっている。

「ミラ、これはもしかして?」
「はい。私とマシューの子供です」

 気を落として俯いていたアイリスは、慌てて顔を上げ、覗き込んだ。

「人工授精後、この中で育てています。全て魔術因子を持った子供がですよ」
「全員、成長できそう?」
「まだわかりません。この方法でうまくいかない場合、私が妊娠する予定です」
「——ミラさんはそれでいいんですか?」

 アイリスは思わず聞いてしまった。

「別に気にしないわ。いろいろ経験した方がいいでしょ? マシューも同意してるから、なんの問題もないわ」
「そうですか……」

 ——俺がいろいろと考えすぎなのか? 新しいイリアにどう接するべきか迷ってたけど……難しく考える必要はないかもな……。

「ふっ……」

 アイリスはそう考えた瞬間、軽く吹き出した。
 ここ数日抱えていた不安の重しがすっと消えていくようだった。

「なに?」

 ミラは怪訝な表情を浮かべていた。

「ミラさんの考え方はいいな、と思っただけです」
「なにそれ?」

 ミラは不機嫌そうに首を傾げた。
 
「圭人はさすがだね」

 アレックスはアイリスの言葉の意味を理解し、笑顔を浮かべる。

「アレックス様、圭人の意図を理解したんですか?」
「もちろんだよ。僕は圭人のことを愛しているからね」

 ミラは目を丸くした。

「アレックス様……『愛』とは何ですか? 私には理解できません」
「人それぞれだと思うから、僕の言うことが正解ではないけれど……。僕の場合、圭人のためなら命を投げ出してもいい、と思えるくらいに圭人のことが好きなんだ。それを一言で表すと、『愛』だよ」
「なるほど……。私には縁のない話かもしれませんね」
「イリアさんは研究を愛している、と言ってもいいのでは? 愛は人だけが対象じゃないと思いますよ」
「圭人、いいこと言うね」

 アイリスの言葉を聞いたミラはため息をついた。

「圭人に言われたことに納得できないのは、一体なぜでしょう?」
「ミラさん……きついこと言いますね……」

 アイリスは苦笑した。

「こういう憎まれ口もまた、愛情の裏返しかもしれないよ? ミラはなんだかんだ、圭人のことは気に入っているからね」

 アレックスはミラに悪戯な笑みを浮かべた。

「アレックス様!? 私は圭人を見るとイライラするだけで……別に……」

 ——イライラするんだ……。アレックス、きっと思い違いだよ……。

 アイリスは再び苦笑した。

「ミラは人と接する機会が少ないから、よくわかっていないだけだよ。マシューと今後深い仲になる予定なんだから、感情の動向を分析してみたらどうだい? それも面白い研究だと思うよ」
「そうですね。試してみます」

 ——ミラさんは、アレックスの言うことには素直に聞くよな……。まあ、王子だからなんだろうけど……。

 アイリスは、自分だけが冷たくされることに不満を抱かずにはいられなかった。
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