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3-1 浮上する黄昏れ

第100話 平凡の凡庸な願望

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 窓から望む見慣れた風景と快晴の澄んだ空が、どこか腰の据わらない旅行気分を払拭するかのように、違和感の無い日常を表現してくれている。
 新鮮に映る街並みや空気、都会的な雰囲気等、未知に身を委ねる高揚感も心躍るものがあったが、それも帰れる"居場所"が存在しての事。
 俺達の為に部屋を空けてくれているシシリーには、唯々感謝の念に尽きる。
 

 帰還した翌日の早朝、ギルドへの諸々の報告を控える俺は、定宿としているカレン亭の食堂でシシリーと朝食を共にしていた。
 
「へぇ~! アロマお香ね」

「うん。詳しくは知らないけど、"香木"っていう薫り高い木材に火をつけて香りを楽しむものだね」

「その香りをかぐと、お客さんがリラックス出来るってこと?」

「そうそう。少し高めの宿は全部備えてるらしいよ。センスバーチでは定番のサービスなんだって」

「ホーホ (ヤマト)」
 両翼を細かく上下させ、楽し気に訴えている。

「はは、そうだなぁ。リーフルも煙浴びて遊んでたぐらいだし、ある程度集客効果はあるんじゃないかな? サウドじゃ他の宿はやってないし、差別化出来ていいかもね」

「なるほど~! でもいくらぐらいするのかしら。うちみたいな細々とやってるところじゃ、そんなにお金はかけられないわ」

「魔導具屋さんが扱ってるって言ってたかな。俺が買って来たこれで、銀貨三枚だったよ」
 見本となるアロマセットを取り出し、テーブルの上に並べる。

「……ホントね~。なんだか心が安らぐような優しい自然の香りがするわ」
 シシリーが香木を鼻に近付け確かめている。
 
 取り出したアロマセットの内容は、薫りの元となる材料の香木が手の平に一盛り程、それに見栄えのする装飾の彫られたガラス製のコップのような器の二つで構成されている。
 使用する際には器に砂を半分程入れ、その上に指で一つまみ程の香木を乗せ、火をつけるというものだ。

 この"セット"自体は土産価格の銀貨二十枚と、随分上乗せされた金額ではあったが、肝心の香木の方は銀貨三枚程度で、客室に一泊分を備える想定ならば十室は賄える量なので、差別化を図るサービス付加価値としては、前向きに考慮できる金額だろう。
 サウドでは宿を利用する客は冒険者や行商人が多い事もあり、センスバーチのように見栄えを意識した高価な器を用意する必要性も薄く、なんなら余っている食器で代用したとしても、評価には影響しないと思われる。
 
「どうかな? 薫りの種類も豊富だって言ってたし、日替わり、もしくは希望に合う物を提供できれば、お客さんは喜びそうかも」

「そうね。ありがとうヤマトさん! お代取ってくるわね──」
 シシリーが立ち上がる。

「──ああ、いいよいいよ。その綺麗な器はシシリーちゃんへのお土産だから。個人的に使ってくれたら嬉しいかな」

「え!? いいの??」

「うん『形に残る物がいい』って言ってたしね」

「やったぁ! 早速今晩試してみよっと!」
 そう言って満面の笑みを浮かべ、両手で柔らかく包み込む器を眺めている。
 そんなシシリーの様子を目にし、俺はホッと胸を撫で下ろす。

「あ、あと、これもあるんだけど──」
 
「えっ! 二つもだなんて!」

「──良く出来てるよね~これ」
 土産物が木製のテーブルに置かれ、小さな鈍い音が響く。

「……え?」

「よく再現されてると思うなぁ! この決めポーズとか、躍動感があって匠の技って感じだよ」

「な、なに──というよりだれ?!」

「"エドワード"さんって言うセンスバーチで有名冒険者アイドルをしてる人なんだ」

「縁あって知り合った仲なんだけど『肉体は一旦距離を置く事となるが──大地の隔たり程度では! 僕達の心を引き裂く事は叶わないっ!』って、その人形と同じポーズを取りながらくれたんだ」

「ず、随分大仰な人なのね……」
 苦笑いを浮かべ、少し頬がひきつっているように見える。

「はは、だよね」

「ホホーホ! (ナカマ!)」
 リーフルが右翼を上に広げ、エドワードの真似をしている。

「そうだなぁリーフル。ホント、助けられたよなぁ」

「へぇ~。冒険者にも色んな人が居るのね~」

「そういえば受付の人も変わってたなぁ。"フライア"さんって言う看板娘さんなんだけど、野心的というか素直性格と言うのか……」

「ふふ……ヤマトさん、なんだか楽しそうね」
 微笑み、エドワード人形を指で揺さぶりながら、優し気な、しかしどこか寂し気にも見える瞳がこちらを眺めている。

「そうかな? まぁ実際良い刺激になったし、ロングの成長もお父さんに披露できたし、行ってよかったと思うよ」

「そっか……」
 
「ヤマトさん、"冒険者"だものね……いつかはここからも……」
 視線を流し、小さく呟く。

「ホホーホ? (ナカマ?)」
 リーフルがシシリーの近くに歩み寄り、首を傾げ訴えている。

「……いや、逆かな?」

「逆って?」

「自覚は無かったんだけど、俺、この街が好きだよ」

「そうなの?」

「上手く説明できないんだけどね。ただ漠然と冒険者として日銭を稼ぐっていうより、サウドへも貢献できる冒険者になりたいと思ったっていうか……」

「大それた事は出来ないし能力も無いけど、俺を拾ってくれたこの街や仲間達に、俺も何か返せる事はないかなって」

 元は地球人である俺が、こうして異世界にやってきても"人生"を送れているのは、紛れもなく街や人々のおかげなのだ。
 立派に成長した姿を両親や村に印象付け、村を救い尊敬を集めたロングや、冒険者として困り事を解消しながらも、自らが有名冒険者アイドルとして街の経済に貢献しているエドワード。
 ギルドからの依頼を捌くだけでなく、街や村の発展にも寄与している二人の冒険者を目の当たりにした事で、"公共の利益"というものにも意識が向いたのが、今回の旅の心得だった。
 
 
「そっかぁ……ふふ」
 
「はは、平凡には似合わない話だったかな?」

「ううん……ヤマトさんの"想い"が聞けて嬉しいわ!」

「──リーフルちゃん、ラビトーのステーキ食べよっか!」
 シシリーが嬉々とした様子で、リーフルにステーキを焼いてくれると言っている。

「ホーホホ! (タベモノ!)」──バサッ
 シシリーの焼くラビトーのステーキが好物のリーフルは、朝からありつけるという事に、翼を広げ大喜びしている。

「──あ、でも、これは遠慮しておくわ……」
 目を細め、エドワード人形を眺めながらそう話す。

「え~? カッコいいのに……」

「ふふ、だって私が応援してる冒険者じゃないんだもん」

「ホ~? (ワカラナイ)」

 こうして慣れ親しんだ人物と風景に、今までと同じ、だが新たな日常は続いてゆく。
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