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第13話「監禁は愛情だ」

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 オデルside

 寝台で浅く呼吸を繰り返すシルディアの横に跪く。
 一週間経っても意識を取り戻さない彼女の手をオデルは握った。

「シルディア……」

 頭に彼女の手を引き寄せて祈る。

「守るつもりだったのに……。結局、俺は君を傷付けてしまった」

 皇国でつがいとは、特別な意味を持つ。
 つがいでなければ皇妃にはなれない。
 なぜなら、そう法で決まっているからだ。

 法ができた理由は、その昔、つがいでない人間を娶った皇王が無残な死を遂げたからだ。
 上皇夫妻が不慮の事故で亡くなり、幼かった皇王が即位した。
 その後、すぐにつがいを探し始めた彼だったが、つがいは世界中探しても見つからなかった。
 つがいでない者を娶った時から、悲劇は加速する。
 暴走する魔力は制御できず、皇王は何度も魔力暴走を繰り返すようになった。
 そして、最期には魔力暴走で己の身を滅ぼした。国の半分を巻き込んで。

 その教訓から、皇妃はつがいのみという法ができた。

「俺のつがいはシルディアだ。自覚がなくても、つがいの証がなくても……。でも、証のないシルディアを外に出せなかった。ごめん、シルディア……」

 みっともなく震える声で懺悔する。
 早く目を覚ましてほしい。その声で名前を呼んでほしい。

「ははっ。身勝手だな」

 後悔してもしきれない。
 傷つけないために囲った。だというのに、傷つけ続けていたことにも気が付かなかった。

「君を守るために監禁してたのに、最も君を危険に晒したのは俺だったんだから……」
『だから言ったんだ。閉じ込めるだけでは不十分だと。足の骨を折り、鎖に繋げば逃げられることもなかったというのに。今からでも遅くはない。繋いでしまえ』

 内側から囁く竜の王の声。
 竜の王になる者につきまとう亡霊だ。何百、何千年経っても色褪せず存在を主張する、哀れな妄執。
 悪魔のように囁くソレにどれだけの皇王が惑わされてきたことか。

「俺はそんなことしない」
『君はぼくだ。同じ穴の狢だ。知っているだろう?』
「俺はお前じゃない。俺はオデル・ガルズアースだ。違う人格で、絶対にお前の手に堕ちたりはしない」
『強情だな』
「今まで何人の皇王が乗っ取られたと思ってる」
『ふむ。何人だったかな? まぁそんなことどうでもいいじゃないか。問題は、ぼくのつがいが見つからないことだよ』
「はっ! 寝言は寝て言え。お前のつがいはもう何千年も前に死んでいるだろうが。いつまでも死人を追いかけてんじゃねぇよ」
『君のその口調を聞くのは久しぶりだね。この子の前では猫かぶりしているのか』
「好いた相手に優しく接するのは当たり前のことだ。俺は、お前とは違う。好いた相手を加害しないと気の済まないお前とは、同じになんてならない」
『首筋に噛みついていただろう? 自分の行いを棚に上げるのはよくないね』

 ぎりっと奥歯の鳴る音がする。
 無意識に噛みしめていたらしい。

「それはお前が一瞬体を乗っ取ったからだろ」
『奪い取られるのが悪い』
「ちっ。くそ野郎が」
『あははっ! その本性を見たら彼女はどうなるかな? 幻滅されるんじゃない?』
「彼女はこんなことで幻滅なんてしない」
『じゃあなぜその姿を見せていないのかな? それがすべての答えじゃないか。臆病者』
「つがいすら見つけられないお前に言われたくもないな」
『威勢を張れるのも今のうちだけだよ。君が無様にフラれることを心から願っている』
「あ?」
『それに、君の魔力暴走はもうすぐそこだしね。気長に待つよ。それじゃあね』

 勝手に出てきたと思えば、勝手にいなくなる。
 それが竜の王の亡霊。またの名を初代皇王ニエルドという。
 ニエルドは普段表に出てくることはない。だが、ごくまれにこうして喋りかけてくるのだ。

「都合のいい時ばかり出てきやがって。はぁ。それだけ俺が弱ってるってことか……」

 心が弱れば、隙が生まれてしまう。
 そして、その綻びから蛇のようにぬるりと這い、じわじわと心を締め付けていく。
 すべては体を支配し、オデルという存在を消すためだ。

 ニエルドに言われなくとも、魔力暴走がすぐそこまで迫っているのは理解していた。
 本来であれば二十歳までにつがいを得られなければ、体を乗っ取られる。
 オデルが二十五まで乗っ取られずいるのは、シルディアのお陰だ。
 幼い彼女に出会い、一時でも心を通わせることができたから生き長らえている。

「俺が擦り切れる前に、早く、早く目を覚ましてくれ。お願いだ。もう一度、女神のような笑顔を見たいだとかそんな事、もうどうでもいい。シルディアさえ生きていれば、それで……」

 滑らかだったはずのシルディアの頬は、この一週間で潤いが無くなってきていた。
 身を乗り出し、指先で彼女の少しかさつく唇をなぞる。当たり前だが反応は返ってこない。

「守ってやれなくてごめん」

 もう一度シルディアの手を握りしめた、その時。
 彼女の指がピクリと動いた。

「! シルディア!」
「ん……」

 小さなうめき声と共にうっすらと目を開けたシルディアを抱きしめようとして、理性を働かせる。
 オデルの奇妙な行動に困惑を宿す青空のような瞳に、安心してほしくて笑いかけた。

「よかった。シルディア! ごめんね」

 返事をしようと口を開けたシルディアだったが、水分の足りてない喉では声が出なかったのだろう。
 彼女を優しく抱き起し、用意していた水を差し出す。
 グラスを受け取り、ゆっくりと水を飲み込んだ彼女が改めてオデルに目を向けた。

「なんか、今日は大人しいね……?」
「一週間も目を覚まさなかった女の子に無理を強いるような、不誠実な男には成り下がりたくないからね」
「えっ。わたし、一週間も寝ていたの?」
「うん。そうだよ」
「どうりで体が重いと思った……」
「ゆっくり、リハビリしていこう。最初は重湯から、ね?」
「……そうね」

 シルディアが寂しげに笑う。

(そんな顔をさせたいわけではないんだが……)

 オデルは真剣な顔で、シルディアに向き直る。

「シルディアを危険に晒すつもりはなかったんだ。すまない」
「……言うことはそれだけ?」

 試すような視線にオデルは力なく笑う。

「これからはできる範囲でシルディアの希望を聞くよ」
「聞くだけ?」
「ちゃんと要望を叶える。譲歩できないところは話し合う。約束する」
「うん。強硬手段に出る前に気付いてくれたらもっと良かったんだけど……」
「あはは……。ごめん」
「でも、気付いてくれたから、それでいい」

 シルディアがオデルの手を取った。
 彼女からの初めての触れ合いにオデルは目を見開く。

「もう二度と、しないで。夫婦は話し合って、お互いを尊重し合うものよ」

 手を握り返し、オデルは頷いた。

「そうだね。もうしない」
「約束だからね!」
「もちろん」
「なら許す」
「ありがとう。やっぱり、シルディアが一番だ。愛してる」

 思わず口に出てしまった言葉に、シルディアは顔を真っ赤に染めた。
 今までにない反応。

(え、なに。この可愛い生き物)

 赤くなった指先に口づけを落とす。
 驚いて引こうとした手に、自身の手を絡めた。
 追い打ちをかけるように甘い言葉をシルディアに贈る。

「俺はね、ずっとシルディアだけを見てきたんだ。それだけは知っていてほしい」
「ずっと……?」
「そう、ずっと。俺はシルディアと出会ってから、心が満たされる幸せを知った。俺がシルディアと出会って救われたように、俺もシルディアを救いたかった」
「別にわたしは不自由していないわよ?」
「でもずっと妖精姫の影武者をしていたよね? そんなことをし続ければ、俺の好きなシルディアがいなくなる気がしたんだ」
「フロージェとして振舞っていても、わたしはわたしだわ」
「うん。俺の杞憂だったね。強気で優しいまま、美しく成長していた」
「わたしが美しいのではなくて、フロージェが美しいのよ。わたしはフロージェの生き写しだもの」
「自己肯定感が低いのもいいけど、俺のシルディアは世界で一番綺麗だよ」

 顔色の悪いシルディアの肩を軽く押せば、ぽすんと寝台に倒れ込んだ。
 薄い水色の瞳が大きく見開かれ、警戒心を露わにする。

「なにを……」
「しんどいなら寝転んで話そう? 我慢は良くないよ」

 名残惜しさを感じつつも繋いだ手を離した。
 優し手つきを心掛け、シルディアの顔にかかった絹のような白髪を横に流してやる。
 すると大きく見開かれた目が今度は困惑を宿した。

「正直、わたしにはオデルに大切にされる心当たりがないわ」
「俺はシルディアを愛している。それ以外に理由が必要?」
「……そこはつがいとか、理由があるものだと思っていたのだけど違うのね」
「つがいって言葉は確かに便利だね。でも俺はシルディアがつがいでなくても手放さないし、好きになっていたと断言できるよ」
「すごい自信」
「そうだ。第一回目の話し合いをしたいんだけど、いいかな?」
「? なぁに?」

 こてんと首を傾げるシルディアに、意を決して口を開く。

「一ヶ月後、いや、もう三週間後か。シルディアのお披露目パーティーが決定した」
「え? わたしを外に出したくなかったんじゃ……」
「シルディアが飛び降りた時、上皇夫妻に勘付かれてしまってね。紹介しろってせっつかれてしまったんだ」
「それでお披露目パーティー……」
「嫌なら今からでも取り止める。シルディアはどうしたい?」
「もちろん参加するわ」
「はぁぁあ。……だよねぇ」

 シルディアに不参加という選択肢はない。
 返答は最初から分かっていた。
 シルディアは存外パーティーや茶会が好きだ。
 華やかな場所が好きなのか、非現実的な空間が好きなのか定かではない。
 しかし、彼女の生い立ちを思えば人と触れ合える機会はそのような場所でしかなかったのだろう。

(仕方ない。俺がどれだけ嫌だと思っても、これはケジメだ)

 話し合いをしたいと言った彼女の意見を尊重しなければならない。

「わたしは参加したいと思っているけれど、きっとオデルは嫌なんでしょうね」
「……そうだね。でも、参加しよう」
「え?」
「シルディアを傷付けてしまったお詫びだと思って、今回は何も言わない」
「……わかった。じゃあ次はちゃんと二人の落としどころを見つけよ?」
「あぁ。約束しよう」

 オデルが頷けば、シルディアが初めてふにゃりと気の抜けた笑顔を見せた。
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