転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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5章 イズナバール迷宮編

192話 仲間

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 ……最初に違和感を覚えたのは果たして誰だったか。

 かなりの手練らしい新人パーティを潰すため集められたコミュニティ「森羅万象」に所属しているメンバー40人余、彼等は今のところ訓練と称して20層のアーミーバット相手にチマチマ戦闘を仕掛けながら、アーミーバットの素材を入手しようとしている件の探索者パーティに妨害を仕掛けている。
 たかが新人相手に大掛かり過ぎるとの声も上がったが、相手の中にとんでもなくヤバイメンバーがいるとの情報を受けこうやって、地味だがこちらの人的被害を出さずかつ、地味に相手を締め上げる方法で妨害を仕掛けていた。
 当然この人数で1週間迷宮内で留まっていれば物資は大量に必要になる。事実、3日を待たずに食料が底をつきそうな為ポーターに食料の配達を頼んだのだが、予定通りなら戻って来てもいい時間なのに彼等は戻ってこない、護衛につけたメンバーもだ。
 しかし、作戦開始から3日が過ぎた朝になっても3人は戻ってこない。
 そして、

「……様子を見てくる」

 最後尾についていた6人組のパーティは19層を戻ってゆき、それ・・を発見する──。


「……なんだよこりゃあ?」
「──通路が、燃えてる?」

 彼等が見たのは、階層を繋ぐ通路一面を覆う炎の姿だった。
 何の冗談かと思った彼等だったが、これではポーターが降りてこれるはずが無いとも納得し、たまたま・・・・横に湧いている泉の水を桶で汲んで炎に向かってぶっかける。

 ブホワッ──!!

「うをっ!!」

 かけた水は瞬時に蒸発し、膨張した蒸気が周囲を熱気で包む。

「熱っつつ! バカ、気をつけろ!!」
「す、すまねえ! まさかこんなに勢いよく──」
「それだけ高熱って事だろう。オイ、魔法で何とかならねえか?」
「チョット下がってろ────”水球ウォーターボール”! ……ダメだ、消えるどころか勢いが弱まる気配も見えない」

 魔道士の言葉には悔しげな感情がこもるが、パーティリーダーの心境はそれどころではない。
 上層と分断された──つまり補給線を断たれたと言う事に他ならない。

(一体誰が? イヤ、ウチの魔道士でも消せない特殊な炎が果たして人為的なものなのか? まさか長期間同じ階層に留まっていると発生する罠の一つなのか?)

「クソったれ!!」

 ヤケになったメンバーが再度、泉から汲んだ水をかけるが、やはり周囲を蒸気が覆うだけで変化は無い……。

「とにかく皆の所に戻るぞ。この事を報告しないとならん」
「……ったく、昨夜からたいしたモン食ってないのにまたあのトラップを進まなきゃいけねえのかよ」

 ぼやく仲間を宥めながら階層の奥に進む足取りはやけに重く、彼等はそれを空腹のせいだと信じて疑わなかった──。


──────────────
──────────────


「──なんだと、上と分断されてる!?」

 仲間の元に戻った彼等は、入り口で見た異様な光景をリーダー格の男に伝える。

「ああ、通路一面火の海になってて水をかけても魔法をぶつけても消えやしない、あんな罠はじめて見たぜ」
「罠か……それで、まさかとは思うがその炎が階層全体に広がるなんてことは無いだろうな?」

 その質問に対して男はかぶりを振る。そこまで長く滞在したわけではない、検証よりも報告を優先したためだ。

「そうか……それにしてもお前達、やけにボロボロだがどうした?」

 見れば偵察から戻ったパーティはみな、鎧は薄汚れ顔には疲労の色が伺える。満身創痍と言うほどではないが、あまり良い状態には見えない。

「これか? まあ碌にメシを食わずにココまで来るとな……慣れてても油断すればこうもなるみたいだ」

 身体は重く、判断力は鈍る、トラップに引っ掛かるのも当然と言えた。

「──オイ、ポーションと傷薬を出せ。とにかく治療だ」
「!! 話を聞いてなかったのか? 上との連絡が途絶えてる、補給が来ないんだぞ!?」
「だからこそだ。俺達は入り口の炎が消える可能性を考えてギリギリまでここで待つ、無理だった場合は20層を全員で越える。その時に怪我が元で地上に返れないなんてことにはしたくないからな」
「隊長……」
「下の連中も一旦引き上げるように連絡しとけ! 今は戦力を温存しておく」

 入り口を炎が邪魔しているのであれば例のやつ等もここには来れない、無駄に疲労や負傷をしてもしもの時に犠牲者を出したくは無い。
 「森羅万象」、敵対するコミュニティや自分達になびかない者達にはどんな手段も厭わないが、一度コミュニティに入ればその結束力は強く、他者への過激な妨害は、身内の利益を最優先に考えての行動なのだと彼等・・は理解・納得する。
 そう、彼等は身内をとても大事にする。
 だからもし、仲間が誰かの手によって害されたのであれば、いかなる方法を用いても報復をする過激な集団である──。


 ──さらに2日が過ぎた。

 非常食で細々と食い繋ぎながら極力身体を動かさず時間が過ぎるのを耐え忍ぶ。
 幸い19層は魔物がおらず、また近くに水場があったために餓死者は出なかったものの、「森羅万象」のメンバー達は疲労と空腹でボロボロであった。

「結局上とは寸断されたままだったな……」
「──みんな、今日は6日目だが外はもうすぐ陽も落ちる頃だ、アイツらがどんなに頑張っても依頼が成功する事は無い!」

 かりに今から彼等が20層をクリアしたとして、ジンたちが必要とするアーミーバットの翼膜を90枚手に入れるためには、20層の入り口が開くまでの待ち時間が合計24時間、ギルドの依頼受け付けは概ね夜10時前後だが、今から彼等が20層を突破するのに必要な時間とジンたちが倒したアーミーバットを解体するのに要する時間、これを計算に入れるとおそらく時間は足りない。
 彼等の粘り勝ちだった──。

「これから俺達は全員で20層突破を目指す、いいな!?」
「……隊長、俺らは置いて行ってください」

 4日目に様子見に19層の入り口まで戻ったパーティのリーダーだった。
 彼等は当初、ただの空腹から来る疲労と罠にかかった際に受けた負傷だと思っていたが、どうやら罠にかかった時に毒を受けたらしく、昨日全員が倒れた。
 持ち合わせの毒消し薬で毒は解除されたものの、落ちた体力まで回復するわけでは無く、動くだけでも億劫おっくうそうだ。

「馬鹿な事を言うな、確かにここは安全地帯だが入り口の炎がいつ消えるかどうか解らん状況でお前等をおいて行くなど出来ん! 後方で座っているだけで構わんから一緒に20層を突破するぞ」
「隊長……」
「みんなもいいな、俺達は全員無事に20層を突破する! 軍隊コウモリアーミーバットはこのエリアのボスとなってはいるが、しょせん単体ではEランクモンスターだ、こっちも大人数で当たれば怖い相手じゃあない! いいな、全員だ、全員一緒に地上に戻るぞ!!」

 オオオオオ────!!

 自分を、そして仲間を奮い立たせるように隊長は宣言し、また皆もそれに応える。
 それだけを見れば彼等はとても理想的なコミュニティだった。

「よし、それでは行くぞ──!!」
「応──!!」


──────────────
──────────────


 突入から2時間──。

「──お前等! 無事だったか!?」

 20層の出口をヨロヨロとした足取りで出てくる、コミュニティ「森羅万象」のメンバー達を、地上への通路で待ち構えていた幹部メンバーが駆け寄る。

 ……ドサッ。

 見知った顔に出会った先頭の男──妨害部隊の隊長は気が緩んだのかその場に崩れ落ち、しかしそれを前から走ってきた男が受け止める。

「オイ! しっかりしろ!!」
「大丈夫……全員……ボロボロになっちゃあいますが、生きてます」
「ああ、よくやった!」
「……これでアイツら、依頼失敗に追い込めましたかね……」
「いいから休め! すぐに本部に連れて行ってやるから」

 見れば彼等の周りには、当初いた見張り以外にも大勢のメンバーが待機しており、ボロボロになった仲間たちに肩を貸している。
 それを見た隊長は、緊張の糸が切れたのは眠るように気を失う。

「よくやった、よく頑張ったぞ……」

 何度もそう呟いた男は、隊長を肩に担ぎ地上への通路を進む。
 その口はキツく閉じ、中からは歯軋りをする音が聞こえた──。


 ──迷宮の入り口からゾロゾロと集団が担ぎ出され、近くの建物──「森羅万象」が活動拠点としている屋敷──へ向かって歩くのを眺めていたジンたちは、

「おや、出てきたみたいですぜ、若さん」
「みたいだねえ……どうする、今から迷宮に潜るの?」
「明日でいいのでは? 今日はもう遅いですし」

 暢気な口調で会話をしながら屋台で購入した焼き魚をパクつく。
 その顔には、依頼の期限が迫っているはずなのに焦りの色は無い。

「まあ、今からギルドに迷宮に潜る連絡をするのも面倒だし、明日の朝イチで潜るとしましょうかね」

 ジンの提案に残りの2人は頷く。

「それにしても結構粘りましたね」
「そうだな、根性だけ・・は認めてやろうか」
「頑張ったよねえ……無駄な事に」

 暫く彼等を眺めていたジンは、2人から離れると軽い足取りで歩き出す。
 そして、飢えと戦いながらも作戦を遂行した彼等に肩を貸す行列とすれ違いながら、

「あ~食った食った。腹いっぱいでもう食えねえわ♪」

 骨だけになった焼き魚が刺さった串を咥えながら、陽気に闊歩する。

 キッ──!!

 肩を貸す探索者の多くが、そんなジンの姿を憎々しげに睨みながら、しかし揉め事を起こした際の不利益を考えてグッと堪える。
 彼等に出来る事は、鼻歌交じりに歩くジンの後姿を睨み付ける事だけだった──。
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