転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
197 / 231
6章 ライゼン・獣人連合編

260話 家族?

しおりを挟む
 時は帝国暦九百八十六年、九月の初頭。
 人と魔族の全面衝突が、その身の不利を覚った魔王によって張られた大結界によって一時中断したのは実に九百八十八年も昔の話。
 しかしその大結界は十一年後に消失する──不都合な真実を知る一握りの連中を除き、世界はおおむね平和に流れている。
 それは、こんな絶海の孤島にあっても──。


 ピョールルルーーーー。

 頭上を優雅に飛ぶ水鳥たちの鳴き声が周囲に響き渡る──。
 今年ももう九月、季節は秋を迎えはしたものの、南大陸に位置する我が家・・・はまだまだ日差しも強く、暑い毎日は夏の終わりを微塵みじんも感じさせない。
 こんな日は、いっそ裸で海に飛び込んでしまえば心も身体も気持ちよかろう。
 ──まあ今は無理なんだが……。

「──シン、引いとるぞ?」
「これはまだエサ・・が暴れてるだけ……糸が8の字に動いてんだろ」

 背後から聞こえる退屈そうな声を適当に流しながら、俺は手元の釣竿を強く握ってアタリを待つ。そう──釣りは忍耐だ。

 ──シュン!

 そんな俺を尻目に、先ほどまで頭上にいた鳥達が海面に向かって次々と飛び込み、そのくちばしに魚を咥えては反転上昇を繰り返す。
 どうやら、海中で暴れているヤツから逃げるために海面までやってきた魚達を狙って、水鳥たちは俺の周りに集まっているらしい。

「……あんまり自分達だけ景気のいい事してると、後ろのヤツに食われるぞ?」
「食う訳が無かろう──あんな身の少なそうなモン」
「デカけりゃ食うのかよ……っと、どうやらお目当てのデカブツのお出ましだ!」

 グゥン──!

 釣竿が大きくしなり、さっきまで8の字を描いていたも、俺の身体を引きずり込もうとビィンと真っ直ぐ伸びて海中へと沈んでゆく。
 俺を海中へ引きずりこもうと言うのか、大海原にポツンと浮かぶカップルボートサイズの小舟の上で踏ん張る俺を、獲物がグイグイと引っ張ってきた。

 ──グラリ

「おい、今揺れたぞ。しっかり制御せんか」
「……分かってるよ!」

 水龍ヴァルナ──水を司る精霊王にして俺の不肖・・の師匠──が、”水流操作ウォーターマニュピレーション”の制御が緩んだのを目ざとく見つけ、叱責する。ウッセーな、こっちだって頑張ってんだよ!
 現在俺は二つの作業を行っている。大まかに言えば、小舟の周囲数メートルの海水を魔法で制御し、凪の状態を作りつつ海水の粘度を操作する事で、海中へ引きずり込もうとする相手から小舟を守る。そして、そんな繊細な作業をしながら大物相手に釣りを行うという変態ぶりだ。

「ったく、訳の分からん修行をさせやがって……」
「何じゃ、一から言うてやらねば理解できぬほど阿呆になったか、なっさけないのう?」

 チッ、ああ言えばこう言う……ええ、ええ分かってますよ! 魔力消費の激しい”領域”および”探知網”に頼らない、周辺空間の観測からの展開予測によって俺の直観力を鍛える修行の一環なんだろ?
 ったく、大物狙いに来てるのに、わざわざ小舟まで用意しやがって。

 グゥゥン──!!

 ……フン、甘ぇよ。
 俺は鎖越しに伝わる相手の呼吸に合わせて釣竿を操ると、ゆっくりゆっくり、リールと言う名のウインチを巻き上げる。その間も、魔法で海面の粘度を制御しながら舟をピクリとも揺らさないよう、慎重に慎重を重ねてだ。

「釣りに出て、何でこんなしんどい思いを……」
「ああ、なんじゃったか……おお、思い出した──「キツくない訓練があるなら俺も知りたい」、はて、誰の言葉じゃったかのう?」
「ちっ……」

 この地獄耳、どこで聞いてやがった。
 ニヤニヤ笑うヴァルナは無視して俺はリールを巻き続ける。そして、獲物が海面にその影を映し出すほどに浮上してきたのを確認すると、

「ど……っせい!! ホラ、仕留めるのは任せたぞ!」
「任せとけい──ほれ」

 パチン──!

 ヴァルナが一度、指を大きく鳴らすと、

「ギュッ──!」

 海面に姿を現した獲物──グレートオーシャンクラブは、くぐもった悲鳴を上げ、

 ズバシャーーーン!!

 そのまま仰け反る様にひっくり返ると、海面を甲羅で激しく一度叩き、その後ピクリとも動かなくなる──。

「……つまらんのう」

 Aランクモンスターを指先一つでダウンさせたヴァルナは、本当につまらなそうに呟く。
 そして、その表情が本当につまらなそうで、俺も思わず呟いてしまう。

「頂点ゆえ、か──」

 張り合う相手がいないと言うのはどんな気分なのだろう? 仮に同格のイグニスと戦ったとして、今の肉体は仮初かりそめの物にすぎない、本格的に戦うのであればそれはただ、己の魔素──精霊としての存在を削り合うだけの消耗戦なのだろう……そんな戦闘では、何かを感じる事など無いだろう。
 ヴァルナもイグニスも、さぞや世界に退屈している事だろう。だからだろうか、この世界におけるイレギュラーの俺に構うのも、俺の頼みを聞いてくれるのも──。

「──何をチンタラしとる、今日のノルマはあと五匹じゃぞ?」

 ……コイツにそんなセンチメンタルを期待した俺がバカだったか。

「五匹って……またエサ釣りから始めるのかよ?」
「あん? エサならそこの・・・を回復してやれば良かろう」
「……ホントに鬼だな」

 グレートオーシャンクラブのハサミに挟まれ、所々直角に折れ曲がってぐったりとしているエサ──シーサーペントを魔法で回復させてやると、元気になったソイツは囚われの状態から逃れようと、急いで海中に没す。
 スマンな、あと五匹釣り終えたらにしてやるからさ。
 ────────────。
 その後、何事も無く合計六匹のカニを捕まえた俺とヴァルナは、転移魔法で家に戻る──。

「ヤレヤレ、結構時間がかかったのう──おーい、いま戻ったぞ」

 俺が小舟を砂浜に接岸させている間にヴァルナは軽やかに跳躍、音も無く砂浜に着地すると、砂浜を見下ろせる位置に建つ俺の家に向かって大声で呼びかけた。

 ──ガタン!

 オープンテラスに置かれたデッキチェアは音を上げながら大きく揺れ、小さな影がバネのように跳ね起きると、テラスから砂浜まで高低差五メートルを飛び降り、砂浜をパサパサと音を立てながら近付いてくる。
 ──その数、二つ。

「「まぁま!」」
「………………………………」

 うん、お前達、まずはそのおぞましい呼び方を改める所から始めようか……。
 みてくれ・・・・だけなら文句無しの美女をママ呼ばわりした、見た目2~3歳くらいの幼児達は、ヴァルナの目の前まで近寄るとその場でピョンピョンと小さくジャンプする。それはまるで、だっこをおねだりするかのようだ。

「やれやれ、甘えん坊じゃのう……ほれ」

 困ったように言いながらもヴァルナはチビ達を優しく抱き上げ、あやす様に小さく揺らす。
 チビ達も嬉しいのか、キャイキャイと甲高い声をあげながら満面の笑みを浮かべる様は、本当に母子にも見えてくるから不思議だ。
 ただ、それよりもなによりも、ヴァルナが俺には決して見せない慈母の様な微笑みを浮かべるのを見ると、胸が締め付けられてしまう。
 それは羨ましいからでも、ましてや妬ましいからでも無い。ただ、俺にとってその笑顔を見るのは何よりも辛い──。

「──なんじゃシン、ボーっと見惚れおってからに。お前もだっこしてやろうか?」
「ふ・ざ・け・ん・な! 考え事をしてただけだ」
「ほうかほうか……ならさっさと荷を引き上げんか!」

 ゲシッ!!

 がふっ──!!
 ……うん、判ってた筈だ、アイツはああいうヤツだと。
 顔面の右半分に砂をまぶしながら俺は、小舟に括りつけたグレートオーシャンクラブ六体とシーサーペント一体を陸揚げする。

「「あー、ごはんー♪」」

 とたんにガキンチョ二人はヴァルナの腕の中からすり抜けると、俺に駆け寄り纏わりつく。
 そうかそうか、おまえ等は食い気第一主義かね。

「ヤレヤレ、文字通りエサで釣るとはこすっからいヤツよのう」
「……回りくどい拗ね方するんじゃねえよ」

 なんで俺が、日頃は仕事ばかりで子育てに参加しないくせに、たまに会社帰りにお土産を買ってきて子供の気を引こうとする、そんなお父様方みたいな真似をせにゃならんのか。

「「ごはんー」」
「……セリアにアトラ、ご飯の前にいう言葉があるだろう、俺にも、アレ・・に対しても」

 俺は、太腿にしがみついてゴハンを連呼する、日の光を浴びて鮮やかに輝くトルコ青ターコイズブルーの髪を生やした小さな男女コンビに向かって、さとす様に話す。

「「! まぁま、おかえりー」」
「うむ」

 ハッと目を丸くしたチビ達が顔だけ振り返って元気良く声を掛けると、それを聞いたヴァルナは力強く頷く──だからママじゃねえんだよ!
 そして今度は、俺を見上げながら満面の笑顔を浮かべ──

「にぃに、おかえりー」
「にーちゃ、おかえりー」
「……はい、ただいま」

 うん、そして俺はお前達の兄でもなければアレ・・の長男でも無いんだ……。
 耳の後ろに、短いながらも竜種の証・・・・である角を生やした二人の子供に向かって俺は、半ば諦めの混じった笑顔を向けて言葉を返す。
 まったく、世の中は想定外にしか動かねえ……。
しおりを挟む
感想 497

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。