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6章 ライゼン・獣人連合編
288話 オウカ・後編
「ようやっと穴蔵から出てきよったか。ならば前衛は予定の通りに後退、奴らを外に逃がしてやれ」
本陣で戦況を眺める族長の、聞こえるはずの無い呟きに呼応するように前衛の蜥蜴人達は間隔を開け、敵騎馬隊の突撃をいなす。
オウカの槍騎兵集団は、不自然なまでに開いたその空間を、しかし後ろから押し寄せる味方の騎兵に押される形でその逃げ道へ誘導されるかたちで馬を走らせた。
──そうして全ての騎兵が城門を越えるころ、今度は蜥蜴人の前衛集団をぐるりと取り囲む形でオウカの騎兵が包囲した状態になる。
「ヒューロ殿! 一体何の──」
何のつもりなのか──? オウカとザーザル族の戦に随伴する二人のヒト種──ライゼンの筆頭剣士ゲンマと、その従者たる戦巫女のシュナ。そのシュナから発せられた言葉に、ヒューロは煩わしいという表情を浮かべることもせず、経験の浅い新兵を諭すよう静かに語る。
「死兵──死を覚悟した輩ほど厄介なものはおらんでな……特に集団となるとの」
死を最も身近に感じられる戦場においてすら、人は自らの死を受け入れる事は無い。
いつだって、自分は死なず、相手を殺す──その事に心を傾け、生き延びる事に腐心する。
人の頭の中を十で分けるなら、五分五分あるいは七三、いずれにしろ、戦いとは常に敵への殺意と自己愛の間を揺れる振り子のようなものだ。
しかしその中で、何があろうと死が免れないと悟った時、もしくは目的の為に己の命を掛ける必要が生じた時、そんな時、人は保身を捨てて純粋な殺意の塊──死兵へと変貌する。
死を受け入れた敵に常識は通じない。攻めれば攻め返す、引けば押してくる、さながらゾンビの如く息の根が絶えるまで敵に向かって武器を振るい殺意を向ける。
どんなに優勢であろうとも、敵をそんなモノに変貌させる訳には行かない。だからこそ、敵を追い詰める事はしない、常に逃げ道を用意し、相手を純粋な殺意の塊に変えることを防ぐ。
マニエル湿原の北部を統べる蜥蜴人、ザーザル族の族長ヒューロは、歴戦の戦士であり指揮官であった。
「騎馬の速度に冬場の蜥蜴人が追いつけるはずもなし──などと考える及び腰の騎兵なぞに包囲されたとて、何ほどの事があろうか……それに」
ヒューロはそこで会話を中断すると、天を仰ぎながら大きく息を吸い込み──
ピョールルルルル──!!
────カッ!!
「眩しっ──!?」
鳥の鳴き声のような甲高い音がヒューロの口から発せられると、それを合図として戦場全域が魔法の明かりに照らされ、まるで昼間のように明るくなる。
「くっ、一体何が……なぁっ!?」
オウカの騎兵部隊は、そこに至ってようやく気付く。蜥蜴人の重装歩兵を取り囲む自分達を、さらに取り囲む槍兵・弓兵部隊の姿を。
そして、そんな兵士の動揺は騎乗する馬にも伝播し、騎馬の足並みが乱れる。そして、その隙を見逃す彼等ではなかった。
「くっ、応戦、総員応戦せよ──ぎゃああ!!」
果たしてどちらに対して? そんな疑問は払拭される事なく、蜥蜴人の巨体が構える大弓の斉射を受け、重装兵の大盾で姿勢を崩されたところを槍で貫かれ、剣や鎚によって止めを刺される。オウカの騎兵部隊は、十分と待たずに壊滅した。
「冬にも拘らず我らが攻めてきた訳、魔法が使えぬ現状の戦力──ワシ等を野蛮なケダモノなどと見下さず、ただ敵として認識しておればあるいは、もう少しマシな戦になったであろうがな。さて、次は門の向こうから出て来ようともせぬ臆病者どもが相手か……」
フンと鼻を鳴らしながら魔槍を担ぐヒューロに、これまで黙っていたゲンマが口を開く。
「じいさん、わかってると思うが、市民の──」
ガシッ!
言葉を遮るようにゲンマの肩を、これまたこの場にそぐわぬ二人の獣人──獅子獣人と熊獣人が掴む。
そんな彼等の動きを背中で感じながら、
「若いの──主らは同胞の命を奪ったばかりか、部族の誇りまで奪おうというのかの? ワシ等は碌な抵抗もできぬ民間人を無残に殺すような蛮族であると?」
「す、すまねえ。そんなつもりじゃ……」
「申し訳ありません!! 我が主の無礼をお詫びいたします!!」
自分の失言に頭を下げるゲンマ、そして並んで頭を下げるシュナだったが、そんな彼女の顔は紅潮し、身体の前で重ねられた両の手はプルプルと震えていた。
──碌な抵抗もできぬ民間人を無残に殺す蛮族。
ヒューロの言葉は果たして一体誰に向けられた言葉であるか……。
「なに、目の前の惨状を見れば危惧するのは当然と言えようて、本気で怒ってはおらぬよ。同胞を殺された怒りは、碌な抵抗もできぬオウカの兵士を無残に殺す事で晴らすとしよう。幸い、現在まともに動けるのは我ら獣人が嫌いな連中ばかりだと、シン殿からは聞いておるしな」
飄々とした口調で物騒な事を口にするヒューロは、嬉しそうに魔槍をクルクルと回すと肩に担ぎ、やや軽い足取りで歩き出す。
そんな姿に苦笑しながら、オルバとガリュウは──
「ところでじいさん、俺達は戦っちゃあいけねえのかよ? いい加減暴れたくてウズウズしてるんだが?」
「悪いがもう少しだけ我慢してくれい。おぬし等四人は、この戦がライゼンと獣人連合のモノではない事と、正当な理由のある弔い合戦である事の証人なのでな。なに、ここが終われば後は存分に暴れてもらうとも」
「そうこなくっちゃな!」
二人の獣人は胸の前で拳をバシンと合わせながら、牙を剥きながら嬉しそうに笑う。この戦は既に終わるものと認識し、来るべき次の戦に思いを馳せているようだった。
──そしてそれを証明するように、都市内に留まっていた残りの部隊は、ヒューロ率いる蜥蜴人軍によってたちまちの内に殲滅された。
その後、北門突破の報を受け、各門で守備にあたっていた部隊は代官を守護するため中央部に殺到するが、集合前で未編成の小集団になっているところを、街路の影から襲い掛かってくる蜥蜴人達に成す術なく全滅させられた──。
「──申し上げます。各門より呼び戻した部隊は全滅……城門も突破された模様です」
「くっ……トカゲふぜいが」
望楼から戦場を見下ろしながらゴウライは、忌々しげに毒づく。
既に最後の砦とも言うべき城門は破壊され、わらわらとまるで湧き出るように溢れてくる蜥蜴人の群れは、易々とオウカの守備隊を蹴散らしてゆく。
そもそもヒト種と獣人、それも大柄の部類に属する蜥蜴人との体格差はいかんともし難い。獣化率の高い者ともなると、その差は大人と子供のそれである。
とはいえ獣人が全てにおいて優れている訳ではない。彼等は、その身体を構成する獣としての因子──つまり獣化率が高ければ高いほど、ベースとなる動物の特性も受け継ぐ。
凶暴なまでの戦闘力を持つものの長時間の戦闘に向かない者がいるかと思えば、肉体的、種族本能的に戦闘に向かない者などさまざまだ。
眼下で暴れまわる蜥蜴人たちも、本来は冬場になると極端に行動が鈍る種族だ。
──ゴウライは獣人が事の他嫌いだった。
ヒト種より肉体的に優れながら本能に抗おうともせず、文字通り獣のような生き方、戦い方をする獣人という人種が。
そして、鍛錬によって肉体のハンデを乗り越え、個々の戦力差を集団戦闘によって補うヒト種こそ、最も優れた種族だと自負していた。
困難を克服する根性や勤勉さを重視するとも言えるし、他者に対する寛容性を持たないとも言える。つまるところ、堅物だった。
そんな男が奸計にはまり国を裏切るのも珍しい事ではあるが……。
「……ワシも出る」
「!! なりませんゴウライ様! 今はまず安全な場所へ。雪辱を果たすのはそれから──」
「敵を前に城を捨て、兵を捨てるような将に先などありはせんわ!! 事ここに至っては、一匹でも多く奴らを屠ってくれる!」
部下の忠言を一蹴し、戦場へ赴こうとその場を後にするゴウライだったが、部屋を出たとたん、その足が止まる。
そこには、
「一人でも多く我らを屠るとのう……残念だがそれは無理じゃの」
「何奴!?」
魔槍を手にしたヒューロ、そしてその背後を守るように全身を重厚な金属鎧でかためたルフトが立っていた。
「ライゼンが都市、オウカの領主たるゴウライ=オウカ殿ですな。ワシは、獣人連合の国境が地、マニエル湿原北部を治めるザーザル族族長、ヒューロと申す。短い間であろうとは思われますが、お見知りおきを」
「フン、トカゲの親玉か」
「……名乗りをあげた敵将に返すのが侮蔑の言葉とはの。はてさて、どちらが下等な生き物やら」
「なんだとキサマ──!!」
「族長、浅薄皮相の輩は自己肯定感が強く、事実を指摘されると逆上する不可解な生き物です。言葉遣いにはご注意を」
「なんと、ヒト種の社会ではそんな愚物が城主に成れるのか?」
己を煽るルフトとヒューロの会話に、ゴウライの顔は赤を通り越してどす黒くなるほどであったが、それでも剣に手をかけない。
ヒューロの持つ魔槍の射程に不用意に入り込んでしまったゴウライの失態ではあったが、同時にそれに気付かせる事なく近付くヒューロの実力に、不用意な行動はできないと頭の中では素早く計算していた。
「……何をしに、と聞くのは今更か」
「むしろこちらが聞きたいのう……ワシ等の集落を襲った訳を」
「人に仇なす害獣を駆除するのは当然の事。特に、子を殺された親であればなおさら」
「サモンか。逆恨みもいいところだな──」
「よい、ルフト」
会話に割って入るルフトを言葉だけで制したヒューロは、そのまま後ろへ下がりゴウライをヴリトラの魔槍の間合いから外す。
そして改めて槍を腰だめに構え、ゴウライの顔を真っ直ぐ睨みながら静かに告げる。
「族長にとって集落の民はみな我が子。なればワシの怒りも解ろうというもの……抜け、丸腰の雑魚を狩ったところで武功にはならん」
「ほざけ!! くらえ、風烈斬!!」
ブォン──!
ゴウライの剣から放たれた風の刃は、逃げ道の無い直線の通路を二つに切り裂くように走り、そのままヒューロに向かって襲い掛かる!
ヒューロはしかし、臆する事無く前方へダッシュ、風の刃をまともに受ける。
ブシュッ──!!
鎧に保護されていない右太腿、そして二の腕が切り裂かれ鮮血を拭くヒューロだったが突進は止まらず、技を出した直後、剣を振り下ろした姿勢のままのゴウライに肉薄。そして──
ドスッ!
「ぐ……むぅ……」
技でも何でも無い。ただ心臓目掛けて突き出された槍の穂先は、魔槍の鋭さによって鎧を易々と貫き、ゴウライを串刺しにしとめる。
「フン、剣を持ちながら遠くからチマチマと。貴様の底が見えたわ」
「ぬか、せ……トカゲふぜい……が」
「この期に及んで、我等に詫びる気もなし、か?」
「誰が、キサ……ま……ら」
「…………」
ブン────ズシャッ
槍を振り、事切れたゴウライを床に打ち捨てたヒューロは、そのままルフトを伴い奥の部屋に入ると、その場に残っていた者を全て打ち倒し、ようやく全身の力を抜いた。
「ふ~やれやれ。年には勝てぬのう……」
「どの口が──いえ、なんでもありません。それにしても……」
「ん?」
「いえ、誰一人、最後まで詫びの一言もありませんでしたな」
ゴウライをはじめ、その場に横たわる骸を眺めながらルフトは悲しそうな表情を浮かべる。
自分達の愚かな行為をなんら恥じる事無く死んだ彼等に、せめて後悔の念を感じる程度の良心を持って欲しかった──そんなルフトの思いにヒューロは
「なんの、此奴らはこれでよい。むしろ、この者共が己の行状を恥じるなど、人間らしい振る舞いなどさせてなるものかよ」
愚物は愚物らしく、最後まで愚かな魂を引きずって死ぬのが似合いじゃ──そう言って笑うヒューロの言葉にルフトは肩をすくめ、外の様子を眺める。
城門付近ではいまだ戦闘は続いているが、情勢は明らかで万が一にも負けることは無いだろう。
とはいえ無駄に犠牲を払うことも無いと、ヒューロに勝ち名乗りをしてもらおうと話を振ったのだが、
「あん? スマンのう、耳が遠くてよう聞こえん」
「ですから、すでに敵将は討ち取っているのですから、さっさと戦闘を終わらせましょう!」
「ルフトよ……この状況でワシ等のほうに被害が出ると思うか?」
「いえ、多少怪我はするでしょうが、死に至る様な事は万が一にも」
それを聞いたヒューロは手をヒラヒラさせながら、
「だったら続けさせればええ──捕虜を殺すのは御法度じゃしのう」
「……………………」
ルフトは肩を落とすと、大きく溜め息をついた……。
本陣で戦況を眺める族長の、聞こえるはずの無い呟きに呼応するように前衛の蜥蜴人達は間隔を開け、敵騎馬隊の突撃をいなす。
オウカの槍騎兵集団は、不自然なまでに開いたその空間を、しかし後ろから押し寄せる味方の騎兵に押される形でその逃げ道へ誘導されるかたちで馬を走らせた。
──そうして全ての騎兵が城門を越えるころ、今度は蜥蜴人の前衛集団をぐるりと取り囲む形でオウカの騎兵が包囲した状態になる。
「ヒューロ殿! 一体何の──」
何のつもりなのか──? オウカとザーザル族の戦に随伴する二人のヒト種──ライゼンの筆頭剣士ゲンマと、その従者たる戦巫女のシュナ。そのシュナから発せられた言葉に、ヒューロは煩わしいという表情を浮かべることもせず、経験の浅い新兵を諭すよう静かに語る。
「死兵──死を覚悟した輩ほど厄介なものはおらんでな……特に集団となるとの」
死を最も身近に感じられる戦場においてすら、人は自らの死を受け入れる事は無い。
いつだって、自分は死なず、相手を殺す──その事に心を傾け、生き延びる事に腐心する。
人の頭の中を十で分けるなら、五分五分あるいは七三、いずれにしろ、戦いとは常に敵への殺意と自己愛の間を揺れる振り子のようなものだ。
しかしその中で、何があろうと死が免れないと悟った時、もしくは目的の為に己の命を掛ける必要が生じた時、そんな時、人は保身を捨てて純粋な殺意の塊──死兵へと変貌する。
死を受け入れた敵に常識は通じない。攻めれば攻め返す、引けば押してくる、さながらゾンビの如く息の根が絶えるまで敵に向かって武器を振るい殺意を向ける。
どんなに優勢であろうとも、敵をそんなモノに変貌させる訳には行かない。だからこそ、敵を追い詰める事はしない、常に逃げ道を用意し、相手を純粋な殺意の塊に変えることを防ぐ。
マニエル湿原の北部を統べる蜥蜴人、ザーザル族の族長ヒューロは、歴戦の戦士であり指揮官であった。
「騎馬の速度に冬場の蜥蜴人が追いつけるはずもなし──などと考える及び腰の騎兵なぞに包囲されたとて、何ほどの事があろうか……それに」
ヒューロはそこで会話を中断すると、天を仰ぎながら大きく息を吸い込み──
ピョールルルルル──!!
────カッ!!
「眩しっ──!?」
鳥の鳴き声のような甲高い音がヒューロの口から発せられると、それを合図として戦場全域が魔法の明かりに照らされ、まるで昼間のように明るくなる。
「くっ、一体何が……なぁっ!?」
オウカの騎兵部隊は、そこに至ってようやく気付く。蜥蜴人の重装歩兵を取り囲む自分達を、さらに取り囲む槍兵・弓兵部隊の姿を。
そして、そんな兵士の動揺は騎乗する馬にも伝播し、騎馬の足並みが乱れる。そして、その隙を見逃す彼等ではなかった。
「くっ、応戦、総員応戦せよ──ぎゃああ!!」
果たしてどちらに対して? そんな疑問は払拭される事なく、蜥蜴人の巨体が構える大弓の斉射を受け、重装兵の大盾で姿勢を崩されたところを槍で貫かれ、剣や鎚によって止めを刺される。オウカの騎兵部隊は、十分と待たずに壊滅した。
「冬にも拘らず我らが攻めてきた訳、魔法が使えぬ現状の戦力──ワシ等を野蛮なケダモノなどと見下さず、ただ敵として認識しておればあるいは、もう少しマシな戦になったであろうがな。さて、次は門の向こうから出て来ようともせぬ臆病者どもが相手か……」
フンと鼻を鳴らしながら魔槍を担ぐヒューロに、これまで黙っていたゲンマが口を開く。
「じいさん、わかってると思うが、市民の──」
ガシッ!
言葉を遮るようにゲンマの肩を、これまたこの場にそぐわぬ二人の獣人──獅子獣人と熊獣人が掴む。
そんな彼等の動きを背中で感じながら、
「若いの──主らは同胞の命を奪ったばかりか、部族の誇りまで奪おうというのかの? ワシ等は碌な抵抗もできぬ民間人を無残に殺すような蛮族であると?」
「す、すまねえ。そんなつもりじゃ……」
「申し訳ありません!! 我が主の無礼をお詫びいたします!!」
自分の失言に頭を下げるゲンマ、そして並んで頭を下げるシュナだったが、そんな彼女の顔は紅潮し、身体の前で重ねられた両の手はプルプルと震えていた。
──碌な抵抗もできぬ民間人を無残に殺す蛮族。
ヒューロの言葉は果たして一体誰に向けられた言葉であるか……。
「なに、目の前の惨状を見れば危惧するのは当然と言えようて、本気で怒ってはおらぬよ。同胞を殺された怒りは、碌な抵抗もできぬオウカの兵士を無残に殺す事で晴らすとしよう。幸い、現在まともに動けるのは我ら獣人が嫌いな連中ばかりだと、シン殿からは聞いておるしな」
飄々とした口調で物騒な事を口にするヒューロは、嬉しそうに魔槍をクルクルと回すと肩に担ぎ、やや軽い足取りで歩き出す。
そんな姿に苦笑しながら、オルバとガリュウは──
「ところでじいさん、俺達は戦っちゃあいけねえのかよ? いい加減暴れたくてウズウズしてるんだが?」
「悪いがもう少しだけ我慢してくれい。おぬし等四人は、この戦がライゼンと獣人連合のモノではない事と、正当な理由のある弔い合戦である事の証人なのでな。なに、ここが終われば後は存分に暴れてもらうとも」
「そうこなくっちゃな!」
二人の獣人は胸の前で拳をバシンと合わせながら、牙を剥きながら嬉しそうに笑う。この戦は既に終わるものと認識し、来るべき次の戦に思いを馳せているようだった。
──そしてそれを証明するように、都市内に留まっていた残りの部隊は、ヒューロ率いる蜥蜴人軍によってたちまちの内に殲滅された。
その後、北門突破の報を受け、各門で守備にあたっていた部隊は代官を守護するため中央部に殺到するが、集合前で未編成の小集団になっているところを、街路の影から襲い掛かってくる蜥蜴人達に成す術なく全滅させられた──。
「──申し上げます。各門より呼び戻した部隊は全滅……城門も突破された模様です」
「くっ……トカゲふぜいが」
望楼から戦場を見下ろしながらゴウライは、忌々しげに毒づく。
既に最後の砦とも言うべき城門は破壊され、わらわらとまるで湧き出るように溢れてくる蜥蜴人の群れは、易々とオウカの守備隊を蹴散らしてゆく。
そもそもヒト種と獣人、それも大柄の部類に属する蜥蜴人との体格差はいかんともし難い。獣化率の高い者ともなると、その差は大人と子供のそれである。
とはいえ獣人が全てにおいて優れている訳ではない。彼等は、その身体を構成する獣としての因子──つまり獣化率が高ければ高いほど、ベースとなる動物の特性も受け継ぐ。
凶暴なまでの戦闘力を持つものの長時間の戦闘に向かない者がいるかと思えば、肉体的、種族本能的に戦闘に向かない者などさまざまだ。
眼下で暴れまわる蜥蜴人たちも、本来は冬場になると極端に行動が鈍る種族だ。
──ゴウライは獣人が事の他嫌いだった。
ヒト種より肉体的に優れながら本能に抗おうともせず、文字通り獣のような生き方、戦い方をする獣人という人種が。
そして、鍛錬によって肉体のハンデを乗り越え、個々の戦力差を集団戦闘によって補うヒト種こそ、最も優れた種族だと自負していた。
困難を克服する根性や勤勉さを重視するとも言えるし、他者に対する寛容性を持たないとも言える。つまるところ、堅物だった。
そんな男が奸計にはまり国を裏切るのも珍しい事ではあるが……。
「……ワシも出る」
「!! なりませんゴウライ様! 今はまず安全な場所へ。雪辱を果たすのはそれから──」
「敵を前に城を捨て、兵を捨てるような将に先などありはせんわ!! 事ここに至っては、一匹でも多く奴らを屠ってくれる!」
部下の忠言を一蹴し、戦場へ赴こうとその場を後にするゴウライだったが、部屋を出たとたん、その足が止まる。
そこには、
「一人でも多く我らを屠るとのう……残念だがそれは無理じゃの」
「何奴!?」
魔槍を手にしたヒューロ、そしてその背後を守るように全身を重厚な金属鎧でかためたルフトが立っていた。
「ライゼンが都市、オウカの領主たるゴウライ=オウカ殿ですな。ワシは、獣人連合の国境が地、マニエル湿原北部を治めるザーザル族族長、ヒューロと申す。短い間であろうとは思われますが、お見知りおきを」
「フン、トカゲの親玉か」
「……名乗りをあげた敵将に返すのが侮蔑の言葉とはの。はてさて、どちらが下等な生き物やら」
「なんだとキサマ──!!」
「族長、浅薄皮相の輩は自己肯定感が強く、事実を指摘されると逆上する不可解な生き物です。言葉遣いにはご注意を」
「なんと、ヒト種の社会ではそんな愚物が城主に成れるのか?」
己を煽るルフトとヒューロの会話に、ゴウライの顔は赤を通り越してどす黒くなるほどであったが、それでも剣に手をかけない。
ヒューロの持つ魔槍の射程に不用意に入り込んでしまったゴウライの失態ではあったが、同時にそれに気付かせる事なく近付くヒューロの実力に、不用意な行動はできないと頭の中では素早く計算していた。
「……何をしに、と聞くのは今更か」
「むしろこちらが聞きたいのう……ワシ等の集落を襲った訳を」
「人に仇なす害獣を駆除するのは当然の事。特に、子を殺された親であればなおさら」
「サモンか。逆恨みもいいところだな──」
「よい、ルフト」
会話に割って入るルフトを言葉だけで制したヒューロは、そのまま後ろへ下がりゴウライをヴリトラの魔槍の間合いから外す。
そして改めて槍を腰だめに構え、ゴウライの顔を真っ直ぐ睨みながら静かに告げる。
「族長にとって集落の民はみな我が子。なればワシの怒りも解ろうというもの……抜け、丸腰の雑魚を狩ったところで武功にはならん」
「ほざけ!! くらえ、風烈斬!!」
ブォン──!
ゴウライの剣から放たれた風の刃は、逃げ道の無い直線の通路を二つに切り裂くように走り、そのままヒューロに向かって襲い掛かる!
ヒューロはしかし、臆する事無く前方へダッシュ、風の刃をまともに受ける。
ブシュッ──!!
鎧に保護されていない右太腿、そして二の腕が切り裂かれ鮮血を拭くヒューロだったが突進は止まらず、技を出した直後、剣を振り下ろした姿勢のままのゴウライに肉薄。そして──
ドスッ!
「ぐ……むぅ……」
技でも何でも無い。ただ心臓目掛けて突き出された槍の穂先は、魔槍の鋭さによって鎧を易々と貫き、ゴウライを串刺しにしとめる。
「フン、剣を持ちながら遠くからチマチマと。貴様の底が見えたわ」
「ぬか、せ……トカゲふぜい……が」
「この期に及んで、我等に詫びる気もなし、か?」
「誰が、キサ……ま……ら」
「…………」
ブン────ズシャッ
槍を振り、事切れたゴウライを床に打ち捨てたヒューロは、そのままルフトを伴い奥の部屋に入ると、その場に残っていた者を全て打ち倒し、ようやく全身の力を抜いた。
「ふ~やれやれ。年には勝てぬのう……」
「どの口が──いえ、なんでもありません。それにしても……」
「ん?」
「いえ、誰一人、最後まで詫びの一言もありませんでしたな」
ゴウライをはじめ、その場に横たわる骸を眺めながらルフトは悲しそうな表情を浮かべる。
自分達の愚かな行為をなんら恥じる事無く死んだ彼等に、せめて後悔の念を感じる程度の良心を持って欲しかった──そんなルフトの思いにヒューロは
「なんの、此奴らはこれでよい。むしろ、この者共が己の行状を恥じるなど、人間らしい振る舞いなどさせてなるものかよ」
愚物は愚物らしく、最後まで愚かな魂を引きずって死ぬのが似合いじゃ──そう言って笑うヒューロの言葉にルフトは肩をすくめ、外の様子を眺める。
城門付近ではいまだ戦闘は続いているが、情勢は明らかで万が一にも負けることは無いだろう。
とはいえ無駄に犠牲を払うことも無いと、ヒューロに勝ち名乗りをしてもらおうと話を振ったのだが、
「あん? スマンのう、耳が遠くてよう聞こえん」
「ですから、すでに敵将は討ち取っているのですから、さっさと戦闘を終わらせましょう!」
「ルフトよ……この状況でワシ等のほうに被害が出ると思うか?」
「いえ、多少怪我はするでしょうが、死に至る様な事は万が一にも」
それを聞いたヒューロは手をヒラヒラさせながら、
「だったら続けさせればええ──捕虜を殺すのは御法度じゃしのう」
「……………………」
ルフトは肩を落とすと、大きく溜め息をついた……。
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