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猫又様との同居が決まりました
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「茉優ー? 邪魔していいかー?」
玄関から届いて声に、はっと思考を切る。
マオの声だ。気付けば一階の畳は拭き終えている。考えながらのほうが捗る性質だ。
私は急いでバケツに雑巾を入れて、玄関まで小走りで向かう。
なんだがドサドサと、重い荷物を置く音がするような……?
「いやあ、遅くなって悪かったな、茉優。ひとまず今日の仕事は済んだから、この後は俺も動けるぞ」
和服ではない、よく見るカジュアルな服装のマオの周囲には、雑多に詰められた箱やら大きなショルダーバッグが置かれている。
「お仕事で使ったものですか? 私も運びます」
もしかしたら、この広すぎる離れを私の居候場所兼、仕事の物置に活用することになったのかもしれない。
納得の心地で箱のひとつを手にしようとすると、マオは「あ、ならこっちを頼んでいいか?」と黒い布地の手提げを手渡してきた。
……軽い。
不満が顔に出ていたのか、マオは小さく噴き出すと、「ならこれも頼む」とショルダーバッグを差し出してくれる。
うん。これなら少しは役に立てるかも。
「仕事のモノもあるけれど、主に俺の私物だな」
よいせと箱を抱えあげたマオに、首を傾げる。
「……なるほど、マオさんの物置部屋を作られるのですね」
「いや? 俺もこっちに住むから、必要な荷物の移動をだな」
「…………はい?」
(いま、とんでもない幻聴が聞こえたような?)
マオはスタスタと歩を進めながら、
「家事は分担制、当番制のどっちがいい? もちろん、一緒にって選択肢も大歓迎だぞ。ただちょっと親父の仕事の関係で俺だけ抜けなきゃな時もあるだろうから、その時は都度相談させてもらうってことで……」
「ま、待ってくださいマオさん! どうしてマオさんまでこちらに!?」
「どうしてって、茉優を一人になんて出来ないだろ。あ、心配するな。俺は紳士だから絶対、ぜーったいやましい事は一切しない! から! なんなら誓約書を作るか?」
「いりません。そういった心配はしていませんし、それよりも、本当に私はひとりで……」
「俺が心配なんだ」
苦笑を浮かぶるマオに、思わず息を飲み込む。
「ウチの連中は信用のおける奴らだがな、ここは"あやかし"の家だ。時には外部の奴らが出入りすることもある。まあ、元々その関係でこの離れが建てられたんだがな。加えて表向きには、盛大な屋敷でもあるだろ? 人間の侵入者だって、ないとは言い切れない。可能な限りの手は打っているが、例の不届き者がここを嗅ぎつけないとも言い切れないしな」
「…………」
「事が起きてから後悔するのは、嫌なんだ。目の届く位置で、すぐに動ける距離で、茉優の平穏を共有したい。悪いが、こればっかりは茉優の願いを聞いてはやれない」
「マオさん……」
告げる表情があまりに紳士で、届く声が、あまりに切なくて。
いま、彼の目には、果たして"どちら"が映っているのだろう、なんて。
刹那、「とまあ」とマオが笑みを作る。
私のよく知る、からりとした声。
「やましいことは誓ってしないが、正直なところ、下心はあるといったらあるんだけどな。茉優と二人、ひとつ屋根の下で生活できるんだ。なんてこの上ない幸運……じゃなくて、つまり俺にとってはアピールだってし放題ってことだろ? 茉優に俺を旦那にしてもいいかなーと思ってもらえるよう、距離を縮めるまたとないチャンスってな」
「な……っ!? マオさん、それは……っ」
「なあに、心配せずともアピールといったって、ちゃんと茉優の負担にならないよう程度は気を付ける。まずは、茉優にここで心地よく生活してもらう。それと、家政婦派遣サービスの仕事に慣れてもらう。この二つが優先事項だからな」
ということで、よろしくな。
そう言って綺麗なウインクをひとつパチリと飛ばすマオに、私は面食らうしかなくて。
マオの持ちこんだ荷物を、二階に運ぶ。
マオの部屋は私の隣だった。どうりで、ベッドマットが新しくなっているわけだ。
「いったん、小休止としよう。うまいの持ってきたぜ」
にっと笑んで掲げられた小箱。どうやらスイーツを持ってきてくれたらしい。
二人で台所に降りて、マオは小皿とフォークの用意を、私はティーカップを並べ、ポットで紅茶を蒸らす。
その間に選ぶかと、マオが小箱を開けた。
収められていたのは、ひとつひとつ透明な小袋に包まれた、カット済みのシフォンケーキが四つ。
優しい卵色に、うっすら茶色かがったもの。チョコレート色のものに、マーブル模様と見た目も可愛らしい。
「鎌倉しふぉんって聞いたことあるか? レンバイ……鎌倉駅東口からすぐの、鎌倉農協連即売所ってとこに入っているんだがな、これがまた幽世でも大人気なもんで、定期的に卸してんだ」
マオはシフォンケーキをひとつずつ指さし、
「こっちが定番のプレーン、んで、人気の高いロイヤルミルクティー。こっちはチョコレートで、この模様になっているのはコーヒーだ」
どれにする? と首を傾げるマオを見上げ、
「私が選んでいいんですか?」
「ああ、何個でもどうぞ。全部だって構わないぞ?」
「いえ、さすがにそれは」
フルフルと首を振ると、マオは「そうか」とおかしそうに笑う。
(優しいな……)
玄関から届いて声に、はっと思考を切る。
マオの声だ。気付けば一階の畳は拭き終えている。考えながらのほうが捗る性質だ。
私は急いでバケツに雑巾を入れて、玄関まで小走りで向かう。
なんだがドサドサと、重い荷物を置く音がするような……?
「いやあ、遅くなって悪かったな、茉優。ひとまず今日の仕事は済んだから、この後は俺も動けるぞ」
和服ではない、よく見るカジュアルな服装のマオの周囲には、雑多に詰められた箱やら大きなショルダーバッグが置かれている。
「お仕事で使ったものですか? 私も運びます」
もしかしたら、この広すぎる離れを私の居候場所兼、仕事の物置に活用することになったのかもしれない。
納得の心地で箱のひとつを手にしようとすると、マオは「あ、ならこっちを頼んでいいか?」と黒い布地の手提げを手渡してきた。
……軽い。
不満が顔に出ていたのか、マオは小さく噴き出すと、「ならこれも頼む」とショルダーバッグを差し出してくれる。
うん。これなら少しは役に立てるかも。
「仕事のモノもあるけれど、主に俺の私物だな」
よいせと箱を抱えあげたマオに、首を傾げる。
「……なるほど、マオさんの物置部屋を作られるのですね」
「いや? 俺もこっちに住むから、必要な荷物の移動をだな」
「…………はい?」
(いま、とんでもない幻聴が聞こえたような?)
マオはスタスタと歩を進めながら、
「家事は分担制、当番制のどっちがいい? もちろん、一緒にって選択肢も大歓迎だぞ。ただちょっと親父の仕事の関係で俺だけ抜けなきゃな時もあるだろうから、その時は都度相談させてもらうってことで……」
「ま、待ってくださいマオさん! どうしてマオさんまでこちらに!?」
「どうしてって、茉優を一人になんて出来ないだろ。あ、心配するな。俺は紳士だから絶対、ぜーったいやましい事は一切しない! から! なんなら誓約書を作るか?」
「いりません。そういった心配はしていませんし、それよりも、本当に私はひとりで……」
「俺が心配なんだ」
苦笑を浮かぶるマオに、思わず息を飲み込む。
「ウチの連中は信用のおける奴らだがな、ここは"あやかし"の家だ。時には外部の奴らが出入りすることもある。まあ、元々その関係でこの離れが建てられたんだがな。加えて表向きには、盛大な屋敷でもあるだろ? 人間の侵入者だって、ないとは言い切れない。可能な限りの手は打っているが、例の不届き者がここを嗅ぎつけないとも言い切れないしな」
「…………」
「事が起きてから後悔するのは、嫌なんだ。目の届く位置で、すぐに動ける距離で、茉優の平穏を共有したい。悪いが、こればっかりは茉優の願いを聞いてはやれない」
「マオさん……」
告げる表情があまりに紳士で、届く声が、あまりに切なくて。
いま、彼の目には、果たして"どちら"が映っているのだろう、なんて。
刹那、「とまあ」とマオが笑みを作る。
私のよく知る、からりとした声。
「やましいことは誓ってしないが、正直なところ、下心はあるといったらあるんだけどな。茉優と二人、ひとつ屋根の下で生活できるんだ。なんてこの上ない幸運……じゃなくて、つまり俺にとってはアピールだってし放題ってことだろ? 茉優に俺を旦那にしてもいいかなーと思ってもらえるよう、距離を縮めるまたとないチャンスってな」
「な……っ!? マオさん、それは……っ」
「なあに、心配せずともアピールといったって、ちゃんと茉優の負担にならないよう程度は気を付ける。まずは、茉優にここで心地よく生活してもらう。それと、家政婦派遣サービスの仕事に慣れてもらう。この二つが優先事項だからな」
ということで、よろしくな。
そう言って綺麗なウインクをひとつパチリと飛ばすマオに、私は面食らうしかなくて。
マオの持ちこんだ荷物を、二階に運ぶ。
マオの部屋は私の隣だった。どうりで、ベッドマットが新しくなっているわけだ。
「いったん、小休止としよう。うまいの持ってきたぜ」
にっと笑んで掲げられた小箱。どうやらスイーツを持ってきてくれたらしい。
二人で台所に降りて、マオは小皿とフォークの用意を、私はティーカップを並べ、ポットで紅茶を蒸らす。
その間に選ぶかと、マオが小箱を開けた。
収められていたのは、ひとつひとつ透明な小袋に包まれた、カット済みのシフォンケーキが四つ。
優しい卵色に、うっすら茶色かがったもの。チョコレート色のものに、マーブル模様と見た目も可愛らしい。
「鎌倉しふぉんって聞いたことあるか? レンバイ……鎌倉駅東口からすぐの、鎌倉農協連即売所ってとこに入っているんだがな、これがまた幽世でも大人気なもんで、定期的に卸してんだ」
マオはシフォンケーキをひとつずつ指さし、
「こっちが定番のプレーン、んで、人気の高いロイヤルミルクティー。こっちはチョコレートで、この模様になっているのはコーヒーだ」
どれにする? と首を傾げるマオを見上げ、
「私が選んでいいんですか?」
「ああ、何個でもどうぞ。全部だって構わないぞ?」
「いえ、さすがにそれは」
フルフルと首を振ると、マオは「そうか」とおかしそうに笑う。
(優しいな……)
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