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七・王子様と瞳色のドレス
036. 聖夜祭の日、纏うのは
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イラリアが言っていた「贈り物」が何だったのかがわかったのは、十二月の初め頃のことだった。
――どうしろって言うのよ。これ……
郵送でやってきたそれを見て、私は頭を抱える。添えてあったカードの文言を見て、さらに困らせられることになる。
イラリアから送られてきたのは、ドレスだった。それも、ピンク色の。
赤みを帯びた金色の金属でできた、イヤリングやバレッタなどのアクセサリーまで一緒だ。こちらについている石はブルートパーズやアクアマリンと、もう誰がどう見ても完全にイラリアの色で揃えてある。
しかも彼女は、これを聖夜祭の日に着てきてほしいと言っている。
王城でのパーティーに出席はする予定だったが、私は礼服を着ていくつもりでいた。
ゲルト・ヒビスクスとのお見合いの後からは、いつも男性物の服を着ていたので、いまさらドレスなんかを身に纏うのは、ものすごく勇気がいる。
そもそも彼女から贈られなければ、ドレスを着ることなんて考えもしなかった。こんなドレス、とても着られない。
――でも、私が着ていけば、イラリアは喜んでくれるはずよね。
私のためにいろんなところで節約をして、彼女はこのドレスを用意してくれたようである。これを着ずに箪笥の肥やしにしてしまうのは、彼女に申し訳ない気がした。
彼女のことを思えば、私はこのドレスを着ていくべきだ。が、私がピンク色のドレスを着るなんて、本当に長い間していないこと。
イラリアがハイエレクタム家に来て、彼女と自分との美しさの差を知ってから―― 一度目の人生の幼少期から、私はピンク色のドレスを望まなくなった。水色のドレスも同様だ。
女の子がよく好む色だったうえに、彼女の髪と瞳を想起させる色だったから。イラリアより可愛くない私には、着ることが許されない色な気がしたのだ。
この色を着ても、彼女と比べて馬鹿にされると思った。彼女の色を自分の体に触れさせるのが、嫌だった。
――私が、ピンク色のドレスなんて。……でも、イラリアがくれたドレスだから。
私なんかがドレスを着ていけば、みんなきっとあざ笑うわ。……でも、イラリアは喜んで、可愛らしく笑ってくれるのかしら。
私は可愛くないんだから、私には似合わないのよ――……
毎日ドレスとアクセサリーを眺めては、悩みに悩んでため息をつく。
彼女は「姉さまのしたいようにしてください」と言って、私が決意するのを手伝ってはくれなかった。
きっとこれは、私が自分の意思で決めなければならないことなのだろう。私は、ドレスを着たいのか、否か。
あまりにも悩んでしまって眠れそうにない日には、薔薇の香水の匂いで心を落ち着ける。
――私に足りないのは、覚悟。いつも、そう。
これは、逃げているだけなのだ。馬鹿にされることを恐れて、私のなりたい姿になれないでいる。
私が望むことが何なのか、私はわかっているはずだ。
誰に何と言われても、私は私。なんて割り切ることが、簡単にできるわけじゃない。でも、決めないといけない。
聖夜祭の当日まで、私は悩み続けた。
イラリアは父であるハイエレクタム伯爵からの命令で、家からパーティーに行くことになっていたので、私たちは会場に行ってから会うことにしていた。
夕方になっても、まだ決められなかった。
薔薇の香水を手首に吹き付けて、匂いを吸い込む。イラリアからのメッセージカードを見て、アクセサリーを手でもてあそぶ。
クローゼットを開けてドレスを見て、礼服を見た。
――礼服を着れば、きっと誰も私をあざ笑わない。いつも通りのオフィーリア・フロイド・グラジオラスの姿に、誰も疑問を抱かない。
女の子たちは、きっと私をかっこいいと言って褒めてくれるわ。それが、今の私の当たり前の姿なのだから。
無難なのは、礼服だ。私が楽に着られるのも、礼服。
私は黒色のそれに、手を伸ばす。掴みかけて、ぴたりと止まる。
――でも、私が喜んでほしいのは、褒めてほしいのは。かっこいい私にはしゃぐ、たくさんの女の子たちじゃない。私が笑顔を見たい人は、たったひとり。
私は大きく息を吸う。窓から茜色の光がさして、空はもうじき日が暮れることを告げている。
もう一度、ドレスと礼服を眺めた。
――私が、着たいのは……
イラリアの言葉を思い出す。「姉さまのしたいようにしてください」とあの子は言ってくれた。私は純粋に、自分の望み通りに選ぶべきなのだ。
私は意を決して、今宵の自分が身に纏う服を手に取った。
うだうだと迷っていたら、かなり遅くなってしまった。
私は寮の前で待たせていた御者に謝って、馬車へと乗り込む。あたりはもう暗くなっている。
緊張で心臓が暴れまわっていて、ひどく落ち着かなかった。
過去二回の人生では、この一年前の聖夜祭の日に、バルトロメオ王太子に婚約破棄された。
けれど今は婚約関係にある人はいないから、その心配がないのだと考えれば、少しだけ心が楽になるような気がする。
私はそうして、なかなか冷静になれない自分の気持ちを抑えようとした。
王城に着いて、パートナーのいない私はひとりでパーティー会場へと入場する。
「レグルシウス国グラジオラス辺境伯家……ご令嬢。オフィーリア・フロイド・グラジオラス様、ご入場」
過去の人生の時と同じように、私が登場すると、多くの人の視線が集まった。
会場の真ん中にいるふたりの男女を見て、私は一瞬、呼吸の仕方を忘れた。そのくらいに動揺した。
――なぜ、イラリアがバルトロメオ殿下と一緒にいるの?
まるで過去のあの日と同じように、イラリアはバルトロメオの隣にいた。
バルトロメオは彼女と手を繋いで、ニヤリと笑ってこちらを見る。
「ようやく来たか、オフィーリア。そなたのことを待っていた。まさか……ドレスを着てくるとは思っていなかったな」
「こんばんは、バルトロメオ王太子殿下。妹からもらったものです」
「はっ、イラリアがか。お優しいことだ。――イラリア。君にひとつ忠告しておこう。人には向き不向きがあり、似合うものと似合わないものがある。
この女……いや、これには、このようなピンク色のドレスは似合わない。君が着れば美しいだろうが、こいつが着ても滑稽なだけだ」
バルトロメオは、今回も私のことを馬鹿にしたいらしい。やはり彼のこういうところは、時を巻き戻ってやり直しても変わらないのだ。
しかし、前とは違うことがひとつある。それは、彼の言葉に周囲の人々が賛同しなかったことだ。
私を嘲笑するものが、今回はいない。
私がドレスを着ていることに戸惑っているらしい表情を浮かべている令嬢はいても、滑稽だと笑うような人は、バルトロメオ以外にはいない。
袖を通した時、私は気づいた。このドレスは、私に似合うように作られているのだと。
たしかにピンク色と言うと、可愛らしいイラリアによく似合う色だ。
奥様やアンナと服を仕立てる時も、私はピンク色を選ぶことは一度もなく、大抵は彩度が低い色や暗めの色、寒色系の色の中から選んでいた。
自分の成人のパーティーの時にさえ紺色のドレスを選んだ私なら、自ら選ぶことは絶対にないはずの色。それがピンク色だ。
他の人だって、私にピンク色が似合うとは思わなかったのだろう。交際を求めてきた人たちが私に贈ろうとしたものの色は、青や黒や白が多かった。
私は相変わらず胸の大きさには自信がないし、全体的に丸みがない。いわゆる女らしいと言われる体型とは程遠い。
それでも、幼い頃から本当は憧れていたのだ。イラリアが着て、みんなから褒められるような、可愛らしいピンク色のドレスに。
このドレスを纏った自分の姿を鏡で見て、私は初めて、純粋に自分のことを美しいと思った。
大輪の薔薇姫と謳われるイラリアと比べたら勝てはしないけれど、自分もひとりの美しい女であることができるのだと思えた。
それが、とても嬉しかった。
濃淡の異なる数種類のピンク色のサテン生地で作られた、大小さまざまな立体的な薔薇の花が、ドレスの胸元からウエストにかけてを華やかに飾る。
スカートはシンプルに一色のチュール生地が何枚も重ねられ、ふんわりとやわらかに広がった。
イラリアを前にすると、この色が彼女の髪の色と一緒であることが、よくわかる。
そして彼女が纏うドレスを見て、私は驚いた。
それが私とまるきり同じデザインの、灰色のものだったからだ。私の瞳と同じ色のドレスだったのだ。
彼女はもちろん、今宵も美しく愛らしい。けれど彼女に似合うデザインと私に似合うデザインは、違うもののはずだった。
私は高身長で細身だが、彼女はまさにみんなの憧れの的となるような女の子。
守りたくなるような小さな背をしていて、胸や腰には女を感じさせる色気と丸みがある、そういう女なのだ。
だから彼女は胸元を花で飾らずとも、シンプルなデザインで人を惹きつけることもできた。
むしろ下手な飾りをつけずにありのままを見せた方が、彼女の魅力を存分に出せていたかもしれない。
それでも彼女は、私と同じデザインのドレスを身に纏った。
彼女を殺した過去の私なら、このことを、私と比べて彼女が美しいことを人々に見せつける、私への当てつけや嫌がらせだと思ったことだろう。
同じデザインのドレスを着ていれば、当然周りの人々は両者を比べる。
けれど今の私は、彼女はそういう意図で同じデザインにしたのではないと思った。これは彼女からの愛であり、優しさなのだ。
私がこのドレスを着るのに、大きな勇気を必要とすることを、彼女はわかっていた。
私がドレスを着て人前に出るのを、怖いと思うかもしれないことも、きっと彼女は考えていた。
だから、彼女はこうしたのだ。
イラリアとおそろいのドレスなら、一緒なら――私は、安心できる。
このドレスのことも、それを纏った私のことも、ひとりの時よりももっと自信を持って、好きになることができる。
前の人生の時とは違って、今回はふたりともネックレスはつけていない。
私の耳を飾るイヤリングには空色の宝石が、彼女のものには朽葉色の宝石がついている。
私の髪に留まるバレッタは、何種類もの空色の宝石で、一羽の蝶々の形がつくられているものだった。
そして彼女の髪につけられているのは、私がレグルシウス国にいたときに彼女に贈った、薔薇とペンペン草の簪であった。
隅から隅まであらためてイラリアを見ると、彼女は過去の人生のように今宵もバルトロメオの隣にいるが、ドレスもアクセサリーも、まったく彼と合わせてありはしない。むしろ完全に私の色のものだった。
先程は動揺してしまったが、冷静に考えてみれば、彼女はバルトロメオに心変わりしているわけでは絶対にないはずだ。つまり、バルトロメオ本人かハイエレクタム伯爵に命じられて、彼の隣にいるということだろう。
私は早くお邪魔虫なバルトロメオに退却していただきたいところなのだが、彼はいつまで彼女を隣に侍らせているつもりなのだろう。
イラリアの表情からは、いまいち感情が読み取れない。なんとなく、何かを我慢しているような顔らしく見えた。
「今宵、私――バルトロメオは、皆に告げることがある」
バルトロメオは、もったいぶってそう言った。なんだか既視感である。
「私は、この春、イラリア・ハイエレクタム伯爵令嬢を我が妻とする!!」
「……はぁ??」
高らかに告げられたその言葉を聞いて、私は思わずそんな声を上げた。
この男、本当に何を言っているのだろう。
――どうしろって言うのよ。これ……
郵送でやってきたそれを見て、私は頭を抱える。添えてあったカードの文言を見て、さらに困らせられることになる。
イラリアから送られてきたのは、ドレスだった。それも、ピンク色の。
赤みを帯びた金色の金属でできた、イヤリングやバレッタなどのアクセサリーまで一緒だ。こちらについている石はブルートパーズやアクアマリンと、もう誰がどう見ても完全にイラリアの色で揃えてある。
しかも彼女は、これを聖夜祭の日に着てきてほしいと言っている。
王城でのパーティーに出席はする予定だったが、私は礼服を着ていくつもりでいた。
ゲルト・ヒビスクスとのお見合いの後からは、いつも男性物の服を着ていたので、いまさらドレスなんかを身に纏うのは、ものすごく勇気がいる。
そもそも彼女から贈られなければ、ドレスを着ることなんて考えもしなかった。こんなドレス、とても着られない。
――でも、私が着ていけば、イラリアは喜んでくれるはずよね。
私のためにいろんなところで節約をして、彼女はこのドレスを用意してくれたようである。これを着ずに箪笥の肥やしにしてしまうのは、彼女に申し訳ない気がした。
彼女のことを思えば、私はこのドレスを着ていくべきだ。が、私がピンク色のドレスを着るなんて、本当に長い間していないこと。
イラリアがハイエレクタム家に来て、彼女と自分との美しさの差を知ってから―― 一度目の人生の幼少期から、私はピンク色のドレスを望まなくなった。水色のドレスも同様だ。
女の子がよく好む色だったうえに、彼女の髪と瞳を想起させる色だったから。イラリアより可愛くない私には、着ることが許されない色な気がしたのだ。
この色を着ても、彼女と比べて馬鹿にされると思った。彼女の色を自分の体に触れさせるのが、嫌だった。
――私が、ピンク色のドレスなんて。……でも、イラリアがくれたドレスだから。
私なんかがドレスを着ていけば、みんなきっとあざ笑うわ。……でも、イラリアは喜んで、可愛らしく笑ってくれるのかしら。
私は可愛くないんだから、私には似合わないのよ――……
毎日ドレスとアクセサリーを眺めては、悩みに悩んでため息をつく。
彼女は「姉さまのしたいようにしてください」と言って、私が決意するのを手伝ってはくれなかった。
きっとこれは、私が自分の意思で決めなければならないことなのだろう。私は、ドレスを着たいのか、否か。
あまりにも悩んでしまって眠れそうにない日には、薔薇の香水の匂いで心を落ち着ける。
――私に足りないのは、覚悟。いつも、そう。
これは、逃げているだけなのだ。馬鹿にされることを恐れて、私のなりたい姿になれないでいる。
私が望むことが何なのか、私はわかっているはずだ。
誰に何と言われても、私は私。なんて割り切ることが、簡単にできるわけじゃない。でも、決めないといけない。
聖夜祭の当日まで、私は悩み続けた。
イラリアは父であるハイエレクタム伯爵からの命令で、家からパーティーに行くことになっていたので、私たちは会場に行ってから会うことにしていた。
夕方になっても、まだ決められなかった。
薔薇の香水を手首に吹き付けて、匂いを吸い込む。イラリアからのメッセージカードを見て、アクセサリーを手でもてあそぶ。
クローゼットを開けてドレスを見て、礼服を見た。
――礼服を着れば、きっと誰も私をあざ笑わない。いつも通りのオフィーリア・フロイド・グラジオラスの姿に、誰も疑問を抱かない。
女の子たちは、きっと私をかっこいいと言って褒めてくれるわ。それが、今の私の当たり前の姿なのだから。
無難なのは、礼服だ。私が楽に着られるのも、礼服。
私は黒色のそれに、手を伸ばす。掴みかけて、ぴたりと止まる。
――でも、私が喜んでほしいのは、褒めてほしいのは。かっこいい私にはしゃぐ、たくさんの女の子たちじゃない。私が笑顔を見たい人は、たったひとり。
私は大きく息を吸う。窓から茜色の光がさして、空はもうじき日が暮れることを告げている。
もう一度、ドレスと礼服を眺めた。
――私が、着たいのは……
イラリアの言葉を思い出す。「姉さまのしたいようにしてください」とあの子は言ってくれた。私は純粋に、自分の望み通りに選ぶべきなのだ。
私は意を決して、今宵の自分が身に纏う服を手に取った。
うだうだと迷っていたら、かなり遅くなってしまった。
私は寮の前で待たせていた御者に謝って、馬車へと乗り込む。あたりはもう暗くなっている。
緊張で心臓が暴れまわっていて、ひどく落ち着かなかった。
過去二回の人生では、この一年前の聖夜祭の日に、バルトロメオ王太子に婚約破棄された。
けれど今は婚約関係にある人はいないから、その心配がないのだと考えれば、少しだけ心が楽になるような気がする。
私はそうして、なかなか冷静になれない自分の気持ちを抑えようとした。
王城に着いて、パートナーのいない私はひとりでパーティー会場へと入場する。
「レグルシウス国グラジオラス辺境伯家……ご令嬢。オフィーリア・フロイド・グラジオラス様、ご入場」
過去の人生の時と同じように、私が登場すると、多くの人の視線が集まった。
会場の真ん中にいるふたりの男女を見て、私は一瞬、呼吸の仕方を忘れた。そのくらいに動揺した。
――なぜ、イラリアがバルトロメオ殿下と一緒にいるの?
まるで過去のあの日と同じように、イラリアはバルトロメオの隣にいた。
バルトロメオは彼女と手を繋いで、ニヤリと笑ってこちらを見る。
「ようやく来たか、オフィーリア。そなたのことを待っていた。まさか……ドレスを着てくるとは思っていなかったな」
「こんばんは、バルトロメオ王太子殿下。妹からもらったものです」
「はっ、イラリアがか。お優しいことだ。――イラリア。君にひとつ忠告しておこう。人には向き不向きがあり、似合うものと似合わないものがある。
この女……いや、これには、このようなピンク色のドレスは似合わない。君が着れば美しいだろうが、こいつが着ても滑稽なだけだ」
バルトロメオは、今回も私のことを馬鹿にしたいらしい。やはり彼のこういうところは、時を巻き戻ってやり直しても変わらないのだ。
しかし、前とは違うことがひとつある。それは、彼の言葉に周囲の人々が賛同しなかったことだ。
私を嘲笑するものが、今回はいない。
私がドレスを着ていることに戸惑っているらしい表情を浮かべている令嬢はいても、滑稽だと笑うような人は、バルトロメオ以外にはいない。
袖を通した時、私は気づいた。このドレスは、私に似合うように作られているのだと。
たしかにピンク色と言うと、可愛らしいイラリアによく似合う色だ。
奥様やアンナと服を仕立てる時も、私はピンク色を選ぶことは一度もなく、大抵は彩度が低い色や暗めの色、寒色系の色の中から選んでいた。
自分の成人のパーティーの時にさえ紺色のドレスを選んだ私なら、自ら選ぶことは絶対にないはずの色。それがピンク色だ。
他の人だって、私にピンク色が似合うとは思わなかったのだろう。交際を求めてきた人たちが私に贈ろうとしたものの色は、青や黒や白が多かった。
私は相変わらず胸の大きさには自信がないし、全体的に丸みがない。いわゆる女らしいと言われる体型とは程遠い。
それでも、幼い頃から本当は憧れていたのだ。イラリアが着て、みんなから褒められるような、可愛らしいピンク色のドレスに。
このドレスを纏った自分の姿を鏡で見て、私は初めて、純粋に自分のことを美しいと思った。
大輪の薔薇姫と謳われるイラリアと比べたら勝てはしないけれど、自分もひとりの美しい女であることができるのだと思えた。
それが、とても嬉しかった。
濃淡の異なる数種類のピンク色のサテン生地で作られた、大小さまざまな立体的な薔薇の花が、ドレスの胸元からウエストにかけてを華やかに飾る。
スカートはシンプルに一色のチュール生地が何枚も重ねられ、ふんわりとやわらかに広がった。
イラリアを前にすると、この色が彼女の髪の色と一緒であることが、よくわかる。
そして彼女が纏うドレスを見て、私は驚いた。
それが私とまるきり同じデザインの、灰色のものだったからだ。私の瞳と同じ色のドレスだったのだ。
彼女はもちろん、今宵も美しく愛らしい。けれど彼女に似合うデザインと私に似合うデザインは、違うもののはずだった。
私は高身長で細身だが、彼女はまさにみんなの憧れの的となるような女の子。
守りたくなるような小さな背をしていて、胸や腰には女を感じさせる色気と丸みがある、そういう女なのだ。
だから彼女は胸元を花で飾らずとも、シンプルなデザインで人を惹きつけることもできた。
むしろ下手な飾りをつけずにありのままを見せた方が、彼女の魅力を存分に出せていたかもしれない。
それでも彼女は、私と同じデザインのドレスを身に纏った。
彼女を殺した過去の私なら、このことを、私と比べて彼女が美しいことを人々に見せつける、私への当てつけや嫌がらせだと思ったことだろう。
同じデザインのドレスを着ていれば、当然周りの人々は両者を比べる。
けれど今の私は、彼女はそういう意図で同じデザインにしたのではないと思った。これは彼女からの愛であり、優しさなのだ。
私がこのドレスを着るのに、大きな勇気を必要とすることを、彼女はわかっていた。
私がドレスを着て人前に出るのを、怖いと思うかもしれないことも、きっと彼女は考えていた。
だから、彼女はこうしたのだ。
イラリアとおそろいのドレスなら、一緒なら――私は、安心できる。
このドレスのことも、それを纏った私のことも、ひとりの時よりももっと自信を持って、好きになることができる。
前の人生の時とは違って、今回はふたりともネックレスはつけていない。
私の耳を飾るイヤリングには空色の宝石が、彼女のものには朽葉色の宝石がついている。
私の髪に留まるバレッタは、何種類もの空色の宝石で、一羽の蝶々の形がつくられているものだった。
そして彼女の髪につけられているのは、私がレグルシウス国にいたときに彼女に贈った、薔薇とペンペン草の簪であった。
隅から隅まであらためてイラリアを見ると、彼女は過去の人生のように今宵もバルトロメオの隣にいるが、ドレスもアクセサリーも、まったく彼と合わせてありはしない。むしろ完全に私の色のものだった。
先程は動揺してしまったが、冷静に考えてみれば、彼女はバルトロメオに心変わりしているわけでは絶対にないはずだ。つまり、バルトロメオ本人かハイエレクタム伯爵に命じられて、彼の隣にいるということだろう。
私は早くお邪魔虫なバルトロメオに退却していただきたいところなのだが、彼はいつまで彼女を隣に侍らせているつもりなのだろう。
イラリアの表情からは、いまいち感情が読み取れない。なんとなく、何かを我慢しているような顔らしく見えた。
「今宵、私――バルトロメオは、皆に告げることがある」
バルトロメオは、もったいぶってそう言った。なんだか既視感である。
「私は、この春、イラリア・ハイエレクタム伯爵令嬢を我が妻とする!!」
「……はぁ??」
高らかに告げられたその言葉を聞いて、私は思わずそんな声を上げた。
この男、本当に何を言っているのだろう。
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