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エピローグ

044. ふたりの聖女は愛を誓う

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 晴れた日の空の色が好き。
 その色を見ると、大好きな彼女の顔が思い浮かぶから。

 今日は、私と彼女がさいとして歩む、最初の日。

 朝、彼女の隣で目が覚めて、ふたりで窓の向こうの空の色を見た時。一緒に笑い喜んだ。外の世界は明るく輝いていた。

 一昨日まで降っていた雪の表面はお日様に溶かされて、きらきらと美しく煌めく。まるで今日結ばれる私たちを祝福するように。やわらかな雪が反射する光は、純白のドレスを照り映えさせる。

「末永く仲良く、お幸せに」

 結婚式に参列した人々は花を投げ、そう、私たちを祝福した。


「新婦イラリア・ミレイ・リスノワーリュ、貴女はオフィーリア・フロイド・リスノワーリュを妻とし、病めるときも健やかなるときも、悲しみのときも喜びのときも、妻を敬い、慰め合い、ともに助け合い、死がふたりを分かつまで愛し合うことを誓いますか」
「はい、誓います」

 凛とした声で、イラリアは私への愛を誓う。ふたりともヴェールを被っているので、互いの顔はよく見えない。

 ドレスアップした姿は入場前に見せ合っているけれど、式の最中に彼女がどんな顔をしているのかは、やはり気になるもの。私は彼女をちらちらと横目で見ていた。

 いつも美しい彼女は、今日はさらに磨きをかけて、この世界の誰よりも美しい女になっている。私の目には、そう見える。

 彼女の誓いの後は、いよいよ私の番。

「新婦オフィーリア・フロイド・リスノワーリュ、貴女はイラリア・ミレイ・リスノワーリュを妻とし、病めるときも健やかなるときも、悲しみのときも喜びのときも、妻を敬い、慰め合い、ともに助け合い、死がふたりを分かつまで愛し合うことを誓いますか」
「はい、誓います」

 私もイラリアへ、はっきりと、心を込めて愛を誓った。なんだか感慨深くなって、涙がこぼれそうになる。

「次に、指輪の交換を」
「ん!」

 子ども服のタキシードに身を包み、リングボーイとして私たちの指輪を運んでくれていたのはドラコだ。彼もまた可愛らしい。

 私とイラリアは互いの手をとり、左手薬指に指輪をはめる。

 結婚指輪のデザインは、ベースはシンプルなものにした。白金プラチナ製のリングに、一粒の金剛石ダイヤモンドをはめたもの。ふたりらしさを出したのは内側の刻印だ。リングの内側に彫られているのは、薔薇とペンペン草の意匠。私たちと言えば、やっぱりこの花だ。

「次に……誓いの口づけ」

 イラリアが、私のヴェールをはらりと上げた。先程うるっときたせいで、メイクが崩れていたらどうしよう。顔がだらしなく緩んでいたらどうしよう……。そんな不安を抱きながら、私も彼女のヴェールを上げる。

 ――ああ、何度見ても。美しくて、愛おしい。ローズゴールドの髪も空色の瞳も、やわらかい唇も。

「フィフィ」
「……イラリア」

 彼女に優しく口づけられる。きっと一生忘れられない、誓いのキスだった。




 
 イラリアが目覚めた日から、二年の月日が経った。私は二年制の大学院を卒業して、一年間の遅れをとったイラリアも、無事に首席で学院を卒業した。

 そして今日、私たちは結婚式を挙げた。

 こうして式を挙げ、彼女の籍は私のリスノワーリュ家に移しているけれど、まだ法的に結婚が認められたわけではない。
 王城内にある大教会で盛大な式ができたのは、「愛し合うふたりの聖女が、互いの力を高めるため」という名目で、国王陛下が特別にお許しくださったからだ。

 陛下がお許しくださらなかったら、きっと会場はリスノワーリュ侯爵領にある教会で。私たちはバレないようにひっそりと式を挙げていた。それはそれで素敵だったかもしれないけれど。

 元より陛下の姪であり、紆余曲折を経て今では第一姫の身分にある――王族の一員である私が、このような結婚式を挙げた。それが意味するものは大きい。

 陛下には、感謝してもしきれない。もっとも、私に甘い陛下なので、私の望みだから聞き入れてくださった、という節もあっただろう。

 私はイラリアが目覚めた後、現在この国にいるふたりめの聖女として、正式に認められていた。その力を目覚めさせた愛の相手は、イラリアだと公式文書に記録された。

 イラリアの相手はバルトロメオだと記録されていたが、彼女の言葉と今の状況から、私が愛の相手だったと訂正された。かなり無理やり感のある手続きだったが、彼女が嬉しそうにしていたので、まあ良しとする。

 ちなみに父とバルトロメオは、記憶喪失であることに苦戦しながらも、島の現地人から支えてもらって、元気に労働に励んでいるらしい。これからもぜひ頑張ってもらいたいところだ。

 たくさんの人がお祝いの花吹雪を舞わせてくれている中、私とイラリアはブーケトスをした。

 誰が取るかと思ったら、なんとジェームズ先生――ではなく、彼に抱っこされていたドラコだった。ドラコはまだまだ成人年齢に遠いから、これは……そろそろジェームズ先生にも春が来るということかしら。と、ふたりして笑った。


「フロイド、結婚おめでとう」
「お母様、お父様。ありがとうございます」

 グラジオラス家のみんなも、私の結婚を祝いに来てくれた。お母様は涙ぐんでいた。私ももらい泣きしそうになったけれど、メイクのことを考えて、すんでのところで我慢する。

「イラリアさん。……フロイド姉さんのこと、ちゃんと幸せにしてくださいね」
「はいっ! もちろん。レオンくん、私とも仲良くしてくださいね!」
「はい、イラリアさん。フロイド姉さん、幸せになれよ」
「ええ、もちろん。ありがとう、レオン」

 レオンは先日レグルシウス国の貴族学院を卒業して、数年前の私と同じように、次の四月からベガリュタル国の学院の四年生として留学してくることになっていた。
 成長したからか、今度は呼び方が「フロイド姉ちゃん」から「フロイド姉さん」に変わってしまって、ちょっと距離を感じるけれど、可愛い義弟であることは変わらない。彼にも気軽に会えると思うと、けっこう嬉しい。

 グラジオラス家のみんなと話した後、私たちはジェームズ先生とドラコのところへ向かう。

「まま、おめでと!」
「おめでとう。オフィーリア、イラリア」
「はい。ありがとうございます! ドラコもありがと!」
「ふたりとも、ありがとう。先生。ドラコのことを見てくれて、ありがとうございます」
「もう伯父さんみたいなもんだからな、これくらい何でもねえ」

 結局ジェームズ先生は、近所に住む親戚のおじさんくらいの頻度で、今もリスノワーリュ侯爵邸にやってきていた。
 来ると私たち家族と食事をとったり、話をしたり、ドラコと遊んでくれたりしている。

 無理はしなくて良いとは言ったのだが、こちらに来ると息抜きになって楽しいから良いのだと彼は言っていた。
 もう家族のようなものだとも言えるし、私もイラリアも薬学や医療に関係した職に就くことになったので、仕事仲間だとも言える。
 彼の妹君は都合がつかずに欠席だが、お祝いの手紙はいただいた。ある公務の折にイラリアと一緒に、初めてお会いしたものだ。

 あのひとつの歴史改変は、先生の妹君の命を救うのみならず、第二妃様のことも救って――ざっくり言うと、一度目や二度目の世界では存在しなかった王子様や王女様もこの国に生まれた。

「本当に、いつもありがとうございました」
「なんだよ、しんみりした雰囲気出しやがって」
「ブーケを受け取ったわけですし、ジェームズ先生にも、ようやく春が来るといいですねっ! 先生の結婚式も期待してます!」
「いや、ブーケ取ったのはドラコだから俺は関係ねえだろう。まあ、何でもいいが。……とにかく、お前らが幸せになってくれるんなら、良かった」

 ジェームズ先生が、ちょっと照れたように笑う。

 それを見たドラコが「じぇい、かわいい!」と言ったのを聞いて、私とイラリアはめちゃくちゃに笑った。あまりにも笑いすぎたので、ジェームズ先生にじとりと睨みつけられた。

 国王陛下は私の花嫁姿をご覧になって、泣いていらっしゃった。私の母が結婚した時とよく似ているらしい。私ばかりを陛下がお褒めになるので、イラリアには王妃殿下が話しかけてくださっていた。

 イラリアは少し緊張しているようだったけれど、大きなやらかしはしてなさそうだ。

 結婚式には来られていないけれど、マッダレーナさんからもお祝いの手紙をもらっている。おめでたいことに、彼女は先日、元気な皇子さまを生んだとのことだ。皇帝陛下から、甘く深く寵愛されているらしい。彼女も幸せなら、何よりだ。


 馬車に乗って城下町で私たちの姿をお披露目するパレードも、無事に終わった。

 ドラコを子ども部屋で寝かしつけてから、私とイラリアはふたりの寝室へと向かう。

 扉の少し前で、イラリアが立ち止まった。

「フィフィ。ちょっと目を瞑っててくれません? 私の手に従って、ついてきて」
「あら、何か企んでいるのかしら。乗ってあげるわ」

 言われた通りに目を瞑り、彼女に手を引かれるがままに歩く。ふと薔薇の匂いを感じた。

「はい、開けていいですよ」
「! まあ……っ」
「驚いた?」
「ええ、とても」

 薔薇の花だとは匂いから予想できたが、こんなにもたくさんあるとは思っていなかった。

 聖夜祭の求婚の時よりも、もっとたくさんの青い薔薇の花が、寝室の一角に飾られていたのだ。

「これ、何本あるの? また、いっぱいの薔薇ね」
「999本。この本数の意味は……『何度生まれ変わっても、あなたを愛する』」
「あら、ロマンティックだわ」
「フィフィ」

 イラリアが私にキスをして、嬉しそうに笑う。私も彼女にキスを返した。

 彼女の研究は、まだ実際にホムンクルスを作れるところまでは達していない。けれど私が彼女を目覚めさせるためにしていた研究のおかげもあって、かなり良いところまで進んでいるらしい。

 今はまだ無理だけれど、きっといつか。私たちの子どもを、ふたりで腕に抱ける日がやってくる。

 まだまだ大変なことはあって、実現までの壁は高いけれど、私たちはきっと頑張れる。

 互いへの愛で、そして周りからの支えで。私たちは、乗り越えられる。

「イラリア。……大好き。愛してる」
「フィフィ。私も、愛してます。大好きです」

 彼女にキスされて、ふたりで一緒のベッドに入る。

 さいとして過ごす、初めての夜。甘くて幸せな一夜だった。




 唇にやわらかさを感じて、私は目を開ける。至近距離に、愛しい妻の顔があった。私の唇に彼女の唇がぴったりとくっついて、私たちはキスしていた。

 彼女の瞼が開き、宝石のように煌めく空色の瞳が露わになる。彼女は私から顔を離すと、愛らしく笑った。

「おはようございます、フィフィ。よく眠れました?」
「おはよう、イラリア。ちゃんと眠れたわ」

 窓から眩しい朝日がさす。今日もきっと、イラリアの瞳のように美しい晴れ空が広がっていることだろう。

 幸せな夜の余韻を感じながら、彼女に告げる。

「ねえ、イラリア。私……貴女と幸せになれて、良かった。貴女と一緒になれて、とても幸せ」
「私も幸せです。これから、もっと幸せにしますよ」
「ええ、そうね。これから、もっと幸せになりましょう」

 私たちは、また〝おはようのキス〟を交わした。ふたりの朝は、キスから始まる。

「愛しているわ、イラリア」

 私の言葉に、彼女は嬉しそうに笑った。



 私たちの結婚生活は、これからも続く。

 オフィーリア・フロイド・リスノワーリュと、イラリア・ミレイ・リスノワーリュ。愛し合うふたりの聖女。

 互いに〝おやすみのキス〟をして、ともに温かく眠りにつく。ふたりで一緒に夜を越え、朝を迎える。一日の始まりは〝おはようのキス〟から。死がふたりを分かつまで、きっとそう。

 私たちは、これから歩む未来でも。

 きっと、何千回、何万回も――愛する人のキスで、目を覚ます。







 聖女殺しの恋 第一部 本編【完】
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