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番外編 一・聖女たちの日常

045. 一日目・婚約者と初夏のデート〈後日譚〉

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「フィフィ姉さまー! おはようございまーす!!」

 まだ空の薄暗い早朝。私の部屋にイラリアが押しかけてきた。
 約束の時間には早いから、まだ起きなくても……。私はイラリアの声を無視して、布団をさっと掛け直す。

「わたしイラリア。今、あなたの部屋に入ってきたの」
「……」
「わたしイラリア。今、あなたのベッドのそばまで来てるの」 
「……」

 まただ。またイラリアがふざけている。この話し方は……メリーさんごっこだとか言っていたっけ。
 メリーさんとは、生まれ変わる前のイラリアが暮らしていたニホンという世界に存在する怪物の一種らしい。

「わたしイラリア。今、あなたのベッドの中にいるの」
「……貴女って、本当に私を寝かせてくれないわよね」

 ベッドの中にまで侵入されて、私は彼女の腕に捕まえられた。イラリアはふふふと笑って、私の体を抱きしめている。

「フィフィ姉さま、今夜は寝かせませんよ?」
「今夜も、の間違いではなくって?」
「うへへへ~」
「私と結婚する気があるのなら、はしたない笑い方はおやめなさい」
「えへへっへへ~」
「……婚約を破棄しましょうか」
「やだぁ! 姉さまごめんなさい。ちゃんと良い妻になりますから」

 べたべたとひっついてくるイラリアをあしらいながら、私はシンプルなワンピースドレスに着替えた。
 まだ眠っていたかったけれども、あのままベッドにいたら何をされるかわからない。

 今日は、彼女と街で買い物デートをする約束なのだ。朝からいちゃいちゃして体力を使い果たしたら、デートができなくなってしまう。

 支度を終えると、私とイラリアは手を繋いで街へと向かった。




 朝ごはんを食べずに出てきたので、まずはどこか食事をとれる場所に行くことにする。
 こういうときに主導権を握るのは、基本イラリアだ。私は彼女に手を引かれて歩いていく。

「朝ごはん、何にしましょうね。私は久しぶりに丼物とか食べたいんですけど、フィフィ姉さまは朝からガッツリしたのはキツいですかね?」
「べつに、貴女が好きなもので構わないわ」
「じゃ、丼物屋さんに行きましょう!」

 丼物というのは、東方の国から入ってきた料理の一種だ。炊いた米の上に調理した肉や魚介類を載せた食べ物で、一食分がひとつの器にまるっと収まるので食べやすい。

 私は小さな赤身丼、イラリアは大盛りの最高海鮮丼を注文する。特に朝は少食である私は、彼女のようにはガッツリと食べられない。
 選ぶメニューが被ることはまずないから、よくシェアはする。恋人と食べ物を分け合うことは、彼女にとっては〝ミレイ〟時代からの憧れだったらしい。

「どうぞ、フィフィ姉さま。お裾分けです」
「ありがとう、イラリア」
「あーんしてあげましょうか?」
「結構よ」
「はい、フィフィ姉さま。あーん」

 イラリアはにこにこ笑って、私にそれを「あーん」で食べさせようとしてくる。こういう傲慢さや身勝手さは、一度息絶えてからも変わらない。

 私は仕方なく、彼女のスプーンからごはんをいただく。イラリアの笑みが、さらに眩く輝いた。

「一緒に食べると美味しいですね、フィフィ姉さま」
「ええ、そうね」
「私にも、あーんしてくれていいんですよ」
「しゃべってばかりいないで、おとなしく召し上がりなさい」

 そう言って、私はイラリアの口にスプーンを突っ込む。
 雑に食べさせたのにもかかわらず、彼女はとても嬉しそうだった。相変わらずの変態だ。



 丼物屋さんを出た後は、洋服屋さんに行って、既製品の服を買うことにした。
 街などにお忍びデートに行く際は、貴族らしいオーダー品よりも、こちらの方が適しているのだ。つまり、これから買うのはお忍びデートの服である。

「フィフィ姉さま、こちらはいかがですか? これとこれで、私とおそろいにいたしましょう」
「……その色、ちゃんと私にも似合うかしら」
「大丈夫ですよ! 私の目を信じてください。姉さまに似合うものなら熟知していますから」
「そう。なら……いいわ。それで」

 淡い色合いのオレンジ色と黄緑色のワンピースドレスを、イラリアは選んでいた。私に着せたいのは黄緑色の方らしい。

「夏と言えばプールですけど、こちらにはそういう施設はないですもんね。ま、私は転生前もプールには行ったことないですけど」
「プール――って言うと、水泳の練習場のことよね。兵士たちが訓練に使う」
「そういうのじゃなくて、私が言ってるのは一般市民の遊び場みたいなプールのことですよ。……学院を卒業したら、いろいろ作っていきたいですね。フィフィ姉さまと楽しい思い出をいっぱい作れるように」
「そう。応援しているわ」
「ありがとうございます、フィフィ姉さま」

 最近のイラリアは、ニホンにあったもののことをよく話してくれる。
 この世界でもそれらを作って、もっと便利で楽しい世界にしていきたいのだと言っていた。

 医学研究も頑張っている彼女には無理はしないでもらいたいが、他のことでも、彼女の夢なら私は全力で応援したい。心から思う。




「姉さま。今日、楽しかったですか?」
「ええ、楽しかったわ。ありがとう、イラリア」
「ふふっ、どういたしまして。……私が姉さまと結婚して侯爵夫人になっても、たまにはお忍びデートもしてくださいね」
「貴女からの頼みなら、検討してみるわ」
「……フィフィ姉さま」

 イラリアは立ち止まると背伸びをして、私に軽くキスをした。

「今日も、一緒にいてくれてありがとう。大好きです」
「私も、貴女のことが好きよ。イラリア」

 私からもキスを返すと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。こんな平和な日々が、どうかずっと続いてほしいと思う。

「さっきも言った通り、今夜は寝かせませんから」
「そう、ちゃんと楽しませてくれるのかしらね」

 ふたりでクスクスと笑い合って、手を繋いで帰っていく。

 日が暮れかけている空に、一番星がキラリと光った。
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