【R18】オトメゲームの〈バグ〉令嬢は〈攻略対象外〉貴公子に花街で溺愛される

〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編

【25】六日目、開幕

　十歳の頃――彼の婚約者は、死にかけたことがある。王宮での茶会で、何者かに毒を盛られて。生死の境を彷徨ったことがある。
　あの血塗られた午後のことを、彼は何度も夢に見る。大人になってからも、ときどき、あの日のことを思って泣いてしまう。

『アリシア！　アリシアッ！！』
『殿、下……』

　真っ青な空の下で。愛おしい小さな口から、あふれ出る鮮血。ごぽりと嫌な水音。大好きなひとが苦しむ声。
　残酷なほどに深く、広く、彼女のドレスは赤色に染まっていく。やわらかく頼りない彼の手も、生ぬるい血で濡れていく。

『なんで、アリシア、なんで……ッ！　アリシア――！』

　どんなに名前を叫んでも、彼女の唇は、もう彼を呼び返せないようになっていて。たくさんの血に溺れてしまっていて。

（――治れッ！　治れッ！　治れぇぇ！！）

　精いっぱいの拙い魔法で、フィリップは、冷えゆく彼女をなんとか引きとめようとした。どうしても失いたくなかった。
　離れてと大人たちに引き裂かれても、声が枯れるまで彼女の名を呼んだ。魔力が尽きるまで、届けと叫んで魔法を放った。

　それでもアリシアは、何日間も目覚めなかった。
　もう二度と目覚めないやもと告げられた。

　だから、つい、願ってしまったのだ。

（何でもしますから、どうか、彼女を救い、守れる力を――）

　……と。そして、

｛では、ちび王子よ。我われと契約し、人ならざるモノの力を――｝

　彼は、この世で最も偉大な力をもつ存在と出会った。


　＊＊＊