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3章

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 3人は面会を申し出て悠真がいる部屋に案内された。
 4人部屋で1番入り口手前に依田悠真のプレートがあった。
 他に男性3人が入院している。
 水色のカーテン越しに悠真と談笑する声が聞こえる。
 陽貴がカーテンを開けると、陽鞠が既に丸椅子に座っていた。
 白のパジャマ姿の悠真はベットを上げて陽鞠に笑顔を向ける。
「ゆーちゃん、ごめんねぇー! 昨日忙しくってさ、来れなくなったのぉー、許して」
 結花は悠真の顔を見るなり、胸元に抱きつくようにして号泣して、病院に行けなかったことを弁解する。
 結花が泣いてるそばで「可哀想に……」と周子が背中を摩る。
「ほら、泣かないで? 悪い、陽鞠、台に置いてあるティシュお母さんに渡して」
 陽鞠は無言で結花を見ながら渡す。
「なんなの、陽鞠ちゃん! お母さんにそんな態度で! 失礼じゃない?!」
 陽鞠の態度を見た周子はキーキー言いながら注意する。
 陽鞠も陽貴も結花がわざとらしく泣いてるフリをしているのを分かっていた。
 本当に泣くのなら、嗚咽おえつをもらして、下手なことは言わないから。
「まぁ、元気そうでよかったわ。さあ、これからすぐ退院して、結花ちゃんのために働いてもらうわよ!」
 周子の発言に結花も同調して、さあ、早くベットから降りてと促す。
「働いてもらう……?」
 言葉が弱くなる悠真に対して、「ほんとヘタレすぎるわ! とっとと働け!」「働かないと今後おたくの所の会社の支援止めますよ」と結花と周子が詰め寄る。
 悠真は唇をぎゅっと結ぶ。
 陽貴も目を丸くして言葉を出すにも出せず、表情が強ばる。じっと結花と周子の発言を聞くだけ。
「お母さん! 何言ってるの?! お父さん働きすぎなんだよ! お母さんのせいで! ちょっとは休ませて!」
 黙っていた陽鞠が椅子から立上がって、口を出した。両手に握り拳が出来ていた。
「なに言ってるの? お父さんはね! 私を幸せにさせる、楽にさせると約束したんだから、絶対守ってもらわないと! あんたには関係ない話でしょ?! 黙っててくれる?! それに今日あんた学校休んだでしょ?! もうお父さんの顔みたんだから今からでも学校に行きなさい! 内申点響くわよ! あと部活もいくこと! その後は晩ごはんの準備して!」
 陽鞠は椅子にゆっくり座り直し、結花と周子に歪んだ表情を向ける。
「陽鞠ちゃん、ちょっと」
 陽貴は陽鞠と一緒に悠真の病室から一旦席を外して、ナースステーションの廊下へ窓側に寄せて耳打ちした。
 病室の廊下には、ネイビーのポロシャツとパンツを履いた清掃員達や、赤のナースジャケットとパンツスタイルで白のナースシューズを履いた職員達が、銀色のワゴンを押して病室に巡回している。
「ちょっとあっちに行こう」
 ナースステーション方面の案内図と一緒に談話室がある。
 二人は談話室に向かった。
 談話室には開放感あふれる照明と陽の光があたり、窓は換気のために少し開けられている。
 少し強い風なのかベージュ色のカーテンや観葉植物が遊ばれている。
 4人がけの丸机がいくつもあるがまばらだ。
 水色のボトムスとトップスを着ている人や、キャラクターもののパジャマを着ている人など。水色の方は病院の売店で販売されているものだ。
 退屈しのぎ用に壁に埋め込みされたテレビが字幕付きでついているが、真剣に見ている人は少ない。スマホとにらめっこしている人、読書する人、近い席で患者同士談笑する人など、談話室内の自動販売機の前でどれにしようかなーと悩んでいる人などがいる。
 陽鞠と陽貴は談話室の入り口手前に座った。
 幸い周りに誰もいない。
「陽鞠ちゃん、お母さんと離れて暫くうちから学校通わない?」
 陽貴は身を乗り出して声を潜めて尋ねた。
 陽鞠は目を丸くして「は、はい……」と返事する。

 できれば母と離れて暮らした方がいいと思う。いやそうしたい。
 家のことは全てお手伝いさん達や父と私に丸投げで、美味しいところだけ取る。
 不備があれば般若の顔して怒鳴る。
 今の態度もそうだ。
 心配しているフリをして結局は自分が不利になるのを嫌がっているだけ。本気で心配しているのなら、この段階で働けなんて言わないだろう。良くも悪くもこの主張は一貫している。
「陽鞠ちゃん、学校は好き?」
 突然の問いに陽鞠は答えあぐねる。
 担任も部長も苦手だ。でも、部員達や自分のクラスの子は好きだ。
 部活はハードだけど、元々は母から少しでも距離を置くためにあえてそういう所を選んだ。
 楽器はピアノを母に無理やり幼稚園から小学校卒業まで無理やり習わされたぐらいで、ちっとも楽しいとは思わなかった。
 自分の意志で選んだ楽器の方が愛着わくし、上達しようというモチベーションが強くなる。
 でも、部活の子もクラスの子も母のことを知って距離を置かれるんじゃないか心配している。
 二年生になってから、部室のロッカーに置いていた楽譜が破れていた状態で見つけたし、私の悪口を書いた手紙が入ってたり、挨拶しても先輩に無視されるのが続いてる。それに拍車をかけるかのように、部長とその取り巻きで私にきつく当たる。
 周りは「浅沼部長きついけど、ひーちゃんだけ対して他の人よりきつい」と言っている。
 顧問に嫌がらせの内容や部長とその取り巻きの態度を相談しても「吹奏楽部の伝統だし、分かった上で入ってるでしょ」と片付けられる。
 去年は部長とその取り巻きとはいい関係だった。
 一緒に頑張ろうねと。
 1年の時、部長と同じクラスで、授業中に手紙の交換やプリクラ取ったり、メッセージアプリで練習きついねなんてやり取りしていたのに。
 あれはなんだったんだろう。まるで手のひら返したかのように。

「……うーん、なんとも言えません。ただ、二年生になってから、母の中学校時代の話を担任から聞くことが増えて――あんまり評判よくなかったんだろうなと思いました。かと言って、私まで悪く言われるのは正直しんどいです。もう、いやです……」
 陽鞠の手と唇が震えていた。
「確かに昨日言ってたね、担任の先生から、言われたんだよね? 『おたくのお母さんは中学時代に男性教師と関係を持っていて、今でも語り草にされている』って」
 無言で頷く陽鞠はどうしようもなかった。
「そうか。これだけは言う。――陽鞠ちゃんはお母さんのことで責任もたなくていい。そんなの関係ない。陽鞠ちゃんは陽鞠ちゃん。お母さんと担任との確執なんて2人で勝手に争っとけばいい」
「お母さんの昨日のあの写真しかり、悠真に対する態度、あれは本当に人なのか? 多分他でも揉めている可能性あるよ。あれ。一回素行調査したほうがいいんじゃないかね……それに悠真をあの女と2人っきりはダメだ。手を打たないと」
 陽貴から漏れ出る怒りを含んだ口調は、陽鞠にも十分といっていいぐらい伝わっている。
「さぁ、ここまでだ。病室に戻ろう」
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