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因果応報の続き

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 結花は社長室を見渡した。
 壁は白を基調として、北側の窓はカーテンが閉められている。
 壁の周りは書類が入ったクリアファイルを保管する棚とシュレッダー。
 スチールの事務用の長い机と、バランスボールが3つ横に並べられていた。
 真ん中の席に結花の荷物が置かれている。

「今日から呉松さんは、ここで働いて貰います」
 丸岡に言われ「えっ、なんで?」と間髪入れずに聞き返した。
「呉松さんが足腰悪いということなので、経験者の私が一緒にいたら、やりやすいかと思いまして。で、女性と2人っきりはまずいので、丸岡さんと一緒にやってもらいます。彼女はチャレンジ枠の兼務になります」
 丸岡は「よろしくお願いします」と頭を軽く下げて、ではこちらにお座りくださいと真ん中の席に着席を促した。
 勢いよく座ると机の上に頬杖つきながら「なんの仕事するの?」と尋ねた。
「事務作業に、電話応対に、書類の整理整頓に、掃除に、来客や社長へのお茶出しですかね、その他諸々……」
「僕は足悪いから長時間立つのが少ししんどいんだ。だから、棚にあるものとか取ってもらえる人間がいると助かる」
「嫌なんだけど? そんなの自分でできないなら、社長やめたら? 前の所にいきたいんだけど?」

 なんだかんだ、気の弱そうな障害者の子達に仕事押しつけて、美味しいどこ取りしてたから、楽だったのに。
 あの落合とか郡山とかいうやつが、チクりやがって。
 
「あのね、呉松さんさ、落合さんや郡山さん達に、仕事押しつけてたでしょ? それに、障害者の職員さん達に随分偉そうにしてたそうで、クレーム来てたんです。陰で嫌がらせするからって。現に、落合さんは呉松さんの嫌がらせで職場に来れなくなったって話ですよ」
「障害者の分際で、なんだからさ、ゆいちゃんの言うことぐらい聞けないのが悪いでしょ。足引っ張る人は、のがお似合いなの! ゆいちゃんにあれこれ言う方が悪い!」
 その瞬間、浅沼の顔色が変わった。
 結花の所に近づいて「どこまで思い上がってるんですか? 今の発言取り消してくれますか?」と低い声でうなる。
 結花は浅沼の表情を見てやばっと心臓が跳ね上がる。

 うわぁ、めっちゃ怖い。怒らせちゃった?
 この人怒らせたら怖い系? どうしよう、適当に謝っとく?
 てか最近謝りなさいばっか言われてマジ屈辱なんだけど?
 今は大人しく言うこと聞いた方がいいかな?
 
「響くーん、こわーい! そんなマジにならなくてよくなーい?」
 結花はヘラヘラしながら「じょーだんだよ」と返した。
「ふざけるのも大概にしてくれます? 都合のいいときだけ名前で呼ばないでください。ここ、職場ですよ?」
 浅沼は自分のことを名前で呼ばれ、全身に血の気が巡るかのように、顔が赤くなった。

 中学時代差別用語で呼んでからかってきたのに、今になっていきなり名前で呼ばれるとか、虫が良すぎる。気持ち悪い。
 忌々しげに舌打ちしたい衝動を抑えて深呼吸する。

「うわぁ、器せっま! いちいちうるさいわね。!」
 結花の障害者をバカにする発言が終わらなさそうなので、丸岡が「とにかく、元の場所には戻れません」と強い口調で断定した。
「いいですか? あなた含めて世の中色んな人がいる。私のように足が悪い人もいれば、落合さんや琴平ことひらさんのように人付き合い苦手で不器用な人達もいる」
 浅沼は結花に子供のに語りかけるように話しだす。
 結花は浅沼の方へ顔を向けた。
「あなたは今まで環境に恵まれて思い通りにいったかもしれないけど、自分でそれをぶち壊した。チャンスは今まで沢山あったはずだけど、くだらないプライドで全部台無しにした。あなたが足腰悪くしたのも因果応報だよ、障害者を馬鹿にしたからね。だから甘んじることなく、今の環境を受け入れてください。――あなたには社長秘書としてやってもらいます」
 結花は「社長秘書?」と単語に反応した。
「呉松さんは見た目だけはいいから、応対にいいかもしれないと思ったんだ。ただし、取引先やお客さんにちょっかいかけたら、もう居場所ないと思って。これがラストチャンスだから。あと、馴れ馴れしく呼ぶのも禁止。中学の同級生だからと甘やかす気ないので、よろしく」

 さぁ、足腰悪くなったということだから、僕と同じ思いをじっくり味わってもらおうじゃないか。
 呉松さんがやってきたことが、どれだけ苦痛で屈辱を与えるものなのか。
 丸岡を置いたのは、呉松さんの見張り係。つまりやらかさないようにストッパーとしていてもらう。
 呉松さんと僕が2人っきりだと、色々面倒ごとが起きるのは想像に難くない。
 それに、昔のことを思い出して、憎しみのあまり手を出すかもしれない。そういうのも抑えて貰う存在として、必要だった。
 チャレンジ枠の人達は、呉松さんの復帰の前に根回しした。
 短期間で彼女の傲慢さや態度の悪さ、陰湿さに振り回されて限界に来ていると相談が来ていたから。
 本当は言いたかっただろうが、箝口令を敷いて口止めした。彼女だけ知らないという状況がダメージ大きいと思ったから。
 案の定騒いでたし、挙げ句の果てには、無断遅刻かました。これでチャレンジ枠にいさせる必要ないと確信した。正解だった。
 
 浅沼は結花に気づかれないようにほくそ笑んだ。

「じゃぁ、荷物整理した後、これPDFに変換してくれますか?」
 ドンと浅沼から書類が置かれた。
 過去の書類だろうか、電子化して元の書類はシュレッダー行きにさせてくれと。
 それから、結花は浅沼にこき使われる生活が続いた。
 足腰が痛いと訴えても、中学時代のことを引き合いにして、因果応報でしょと冷たくあしらった。
 丸岡は協力する体で、結花が業務をサボらないようにチェックしていた。
 サボろうものなら「真面目にしなさい」と厳しい声が響く。
「ゆいちゃんしんどーい、やってー」と甘えても、丸岡と浅沼は言葉遣いが幼いと、すぐに言い直しするように求めた。
 そのたびに結花は「ちょっとぐらいーじゃん」と開き治っていたが、それでも2人は仕事中の言葉遣いや態度に厳しさを崩さなかった。
 特に浅沼は少しでも砕けた言い方になろうものなら「立場を弁えてください」「このままじゃ外に出せない」と、結花を追い詰めていた。
 意識して出来ても全く褒めなかった。
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