幻のスロー

道端之小石

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2か月間の成果

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土曜日の校内戦からすぐに純は自分の練習計画書を山本コーチに提出した。
もちろん書いてある練習内容は30~40年程後のスポーツ医学などを駆使して、高校一年生の純の体に合ったものになっている。
山本コーチはその異常さにすぐ気がついた。

「コーチ、俺はこの練習メニューでお願いします」
「ん?なんだ伊藤、自分で練習メニュー持ってきたのか。このメニューに問題がないか見るから少し待ってくれ。
……ふーむ……ん?!ちょっと待て!ちょっと待てよ……」

コーチがパソコンでカタカタとキーボードを触り何かを調べている。
そして満足した後画面から顔を上げて純を見上げようとして首を痛めそうになり、立ち上がって口を開いた。

「伊藤、お前このメニューはどこに委託したんだ?」
「え?どこって言われても家の方から持ってきましたけど」

この後コーチは純の家のある方角のスポーツジムなどが無いか片っ端から探った。
しかしその方角にはスポーツトレーナーすらいないのだった。
コーチは今忙しいのだ。春の高校選抜ではベスト8で終わってはしまったものの、夏の甲子園で優勝できる可能性はあると踏んでいる。
しかし自分1人では選手全員に目が届かないのも事実、そのためにフィジカル面の問題を解決できる優秀なトレーナーを友人などの伝手を使って探していた。
しかし、いきなり純が未来知識を持ち込んだものだからコーチはこの練習メニューを組んだ人物とつながりを持とうとしたのだ。

「質問を変えるぞ伊藤。これは誰に組んでもらったんだ?」
「家から持ってきたんですって」

しかし純には他人の世話を本気でする時間など全くないので何が何でも自分で練習メニューを組んだとは言わない。
そのせいでコーチは純の家の方角を調べるという謎行動を実行して勝手に落胆していたのである。

「練習メニューはそれをこなす、ということで問題ありませんか?」
「むぅ……わかった、問題なし!そのかわり同じ一年ピッチャーの誼で新野と松野の練習メニューだけは頼んでもらえるか?」

新野と松野という単語を聞いた純は2人が野球肘らしき状態に陥っているのを思い出した。
とは言ってもまだ早期のものである為、2か月程投げ込みを全くしなければ自然に治癒するだろうという見立てを立てた。

「そういうのは2か月くらい走りこみして基礎能力を付けてからでいいのでは?」

その意見を聞いた監督は『確かにそうだ、基礎体力がなければ練習もろくにできない』という考えに至った。

そして五月。
一年の練習はほぼ体づくりであった。
勿論愚痴も飛び出すがそれ以上に別の意見が出始めていた。

「よっしゃぁあ!ベースランニングの記録更新した!」
「俺も俺も!」
「俺はさっき陸上部に勝った!」

ちなみに上から澄田、将也、秋山である。

秋山は短距離ではもともと陸上部並みだったものが陸上部に勝てるほどの速さを手にしていた。
だが陸上部と言ってもトップレベルではなくそれより少し落ちるレベルの選手だ。

そして前のグラウンド周回の時はへばっていた光希と新野は前よりはマシになっていた。
そして相変わらず純はスタミナお化けらしさを発揮していた。

「投げたい……」
「コントロール練習でもいいから投げたい。フォームチェックはもう飽きたんだよぉ!」
「うるせえ!走れよピッチャートリオ!」
「俺はちゃんとやってるぞ?」

純が反論しつつも光希と新野を追い越していく。

「うわっ周回遅れだ!」
「うわっ早……追いつくよ!走れ新野!」
「くっそ速いなぁ……というかそろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃないかなぁ!」
「新野は新野だからだめ」
「なんだそれ!?」

そしてペースアップした光希と新野が3周と持たずにノックアウトするのは誰もがわかっていたことだった。
その脇でベースランニングをガチでやっている俊足の持ち主たち。
秋山が一塁から二塁を全力で駆け抜ける。
タイマーを持って測っているのは将也だ。
実は将也は足が速い。50メートルを6.5秒ほどで走る。

「……すげぇ!塁間3.09秒!」

そんな将也が驚きの声を上げる。そんな走りを見せた秋山だが

「いやまだだ!俺は3秒の壁を破るぞ!」
「これ以上盗塁の練習してどうするんだ」

盗塁への熱意を滾らせる秋山に将也は若干引いていた。

「やっぱりホームスチール決めるのはカッコいいよな!俺も負けてられねぇな!」
「いやいや澄田はバントしてから一塁まで大体3.7秒だろ?
どうしたらそんなに早く打撃から走れる?何かコツとかあるの?どうしても3.9秒から先に進めないから教えてくれ!」

秋山が頭を下げるが澄田は呆れたように話を始める。

「オメーは長打ばかりで実質1塁からのスタートなのにそこを気にする必要あるか?
あと……俺と違って秋山は右打席だからさ、打ったあとちょっと遅いのは当たり前だ、こればかりは俺の特権だからな」

と言いながら澄田は『でもやっぱりお前の長打力の方が羨ましい』と呟いたあとベースランニングを始めた。
凄まじい加速を見せた澄田が二塁ベースを踏む。

「塁間3.17秒!」
「クッソ!負けた!」
「いや、十分早いからな?落ち着け、静まれ……どうどう」
「バカにしやがって……
ボソッ(将也の方が遅いくせに)」
「あっ!澄田、オメー言いやがったな?
トレーニングで覚醒した俺を見てろよ。その発言撤回させてやる」


「塁間3.41秒!」
「……すまん、俺が遅かった」
「「うわ……遅……」」

そのほかにも体幹トレーニングをやっている奴がいたり淡々と筋トレをしている奴がいたりとボールに触っている人物はほとんどいなかった。

そして一通りトレーニングが終わると野手達はキャッチボールを始める。
しかし一部の奴はそのキャッチボールでガチになっていた。
他の奴らがボールを持って嬉しそうにキャッチボールしているのにそこだけは殺伐としていた。

「もっと早くならないの?送球スピードが足りないんだよ!」
「あぁ?なんだとこのノーコンが!お前はもっとピッタリ送球しろよ!」
「はぁ?それを言うならお前そんなノロノロの球だからゲッツーがギリギリなんだよ!」

角田と隅田がとんでもない勢いでボールを投げあっている。
そして時折ファーストで待っている鎌瀬にボールが飛ぶ。

「内野ゴロの時にボールが届くのが確実に4秒以内だから十分だと思うんだけどなぁ」

鎌瀬はそう呟きながらもキャッチボールに付き合っていた。
なお4秒だと澄田の内野ゴロを止められないのでいかなる状況でも3.7秒以内にファーストに球を届けようと角田と隅田はムキになっているのだ。
そしてその煽りを受けた秋山が内野ゴロの時に確実にアウトになり、秋山もムキになって練習に励んでいる。

それに引っ張られるように他の部員も着々と体力作りに取り組んでいく。

そして二か月後。

一年投手陣は練習を終えてから黙々とストレッチをしていた。

「光希……ほんとお前硬いな」
「うっせー!純が柔らかすぎるんだよ!」

タコみたいな柔らかさを見せる純の隣で光希と新野がストレッチを続ける。
特に腕と肩周りのストレッチは念入りに行なっていた。
トレーニングを始める前に動的ストレッチを行い、終わった後に静的ストレッチを行う、そのような生活を繰り返すこと2か月。
光希と新野は多少マシになっていた。

「でも多少はマシになった……か?」
「絶対なってる。体は確実に柔かくなっていると思うよ」
「ん~言われれば確かにそうかも」

投手陣は投げることを一切せず適度なストレッチと筋トレを行っていた。

そんな地味な練習をしている投手達を尻目に野手達は久々にバットを持った。
明日使うので念入りに手入れをしているのだ。
まぁ、手入れといっても金属バットなので水拭き乾拭き程度しかやることがないのだが。
あるものは素振りをして感覚を確かめ、あるものはうずうずしていた。
何にせよ全員が筋トレに飽きており、バッティングでもノックでもなんでもいいから野球がしたいと練習を選り好みしなくなっていた。
なお一部の俊足バカ供は個人路線を突き進んでいる。

そしてその次の日、ようやく体力作りではない練習が始まった。

「あー楽しみだなぁ、多分スイング早くなってるよな!」
「俺たちは鍛えたから当たればホームラン出せるはずだ」

皆がウキウキしながらコーチのもとへ向かうと叱咤の声とともに練習内容が告げられる。

「ノックだ!10本連続でこなしたら交代とする!ノッカーはOBの山下が行う」

そういうと引き締まった体の男性が自己紹介を始めた。

「山下です。ジムでトレーナーやってたから体の不安があれば気軽に相談してね」

結局山本コーチは知り合いのツテを借りることに失敗し教え子を頼ることにしたのだ。

ちなみに山下は山本コーチを恩師と仰いでおり、コーチの役に立ちたいという気持ちが少しばかりあったことと、しっかり給金が出るということがこの学校に雇われるきっかけになった。

打撃練習ではなく守備練習が始まったが全員のやる気が高く山下にも熱が入る。

しかし野手全員が守備位置につく中、角田と隅田の守備を見た途端に山下の気持ちは急激に冷めていくのだった。
山下が何やらおかしいと気付き始めたのはノックをし始めてからすぐのことである。

不意に風が吹いたことで手元が狂い山下はピッチャー返しのような球を打ってしまった。

ボールはマウンドに衝突し高めに跳ねて二遊間を抜けると思われた。

『これはセンター前へのヒットだな』

と思い、山下は次の球に手を伸ばそうと思った時、角田がボールを空中に飛びつきながら捕っていた。
そしてそこからファーストへの送球が異様に速い。

これを見た山下は限界が知りたくなりいろんな球を打っていく。
しかし10球ずつ色々なコースで通常より広めに想定した二塁手と遊撃手の守備範囲に打ち込んでいくと、まるでそこに3メートルほどのフェンスがあるように錯覚してくるのだ。

そして山下はボールを他の場所にボールを打ち始める。

そして評価としてはセンターラインは基本アウト。 一塁線は標準より練度が上。
故に三塁線が弱点か?と。

しかしその後の打撃練習で下位打線筆頭、左翼手の竹内と三塁手の井上が本気を出し始める。
これまでミート能力は高かったものの筋力が不足していた彼らはボールが前に飛ばず苦しんでいたが正しいトレーニングによりマッスルになりつつある。
彼らは普通に強打者の資質を持っていた。

山下は思った。

「これ……黄金の世代っていうやつだ……」

コーチは甲子園に一年を採用するべきか本気で悩み始めていたが春の選抜まで出場を見送らせることにした。

「1年に3年の晴れ舞台が喰われるなんて悲しすぎるだろう……」

山本コーチは帰りの車の中で独りごちた。
コーチがやけになっていないのはまだ主力として使えるのが秋山と澄田しかいないからである。

角田と隅田にはバッティング技術が足りず、鎌瀬はボールを打ち上げやすい癖がある。
竹内と井上はまだ発展途上だし、将也は今の正キャッチャーより劣る。
投手陣は体が出来上がっていないので使うわけにはいかない。

もしこれで隅田と角田のバッティング技術がもう少しあったのであれば、コーチは『1年に大舞台を取られてベンチに追いやられる3年への同情』と『確実に甲子園で決勝まで進むことの出来るであろう戦力の投入』の二つに挟まれて発狂していたかもしれない。

「はぁ、頑張ってくれよ皆」

それは一年に喰われないようになのか優勝できるようになのか……コーチの独り言は止まらなくなりつつあった。
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