最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第三章 愛と欲望の狭間

第百三十一話 砂糖はいつもの三割増し

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「え? 結婚? ティナの十八才の誕生日に?」

 家族揃った朝食の場で、シリウスからいきなりそう告げられ、シャーロットは驚いた。婚約しているのだから結婚するのは当たり前なのだが、まさかこんなに早いとは思わなかった。卒業後だと言っていたのに……
 シャーロットが、ちらりとイザークとジャネットを見れば、やはり二人とも初耳だったようで、寝耳に水といった顔である。

「学生結婚になっちゃうけど、いいの?」
「大丈夫だ」

 シリウスがうっすらと笑う。いつものように自信たっぷりだ。
 その顔を見て、まぁ、そうかもとシャーロットは納得してしまう。なにせ、セレスティナは既に卒業試験すら受かっている。本来なら学園に通う必要さえないのだ。子供の事に気を付けさえすれば、卒業式にも問題なく出られるだろう。
 となると一番気になる部分は、セレスティナのウエディングドレスである。最高のドレスを用意したいと、シャーロットはがぜん張り切った。

「素敵なウエディングドレスを仕立てましょうね」

 温室でのお茶の場で、シャーロットが笑う。ハロルドがいつものようにお茶を入れてくれ、用意された菓子は焼きたてのアーモンドクッキーだ。

「でも、急でびっくりしたわよ。いきなりどうしたの? あ、もしかして、パパとの子供が早く欲しいなんて思っちゃった?」

 ウエディングドレスのデザイン帳を見つつ、シャーロットがそう言って揶揄うと、セレスティナが顔を真っ赤にさせた。ふふっと笑いがこぼれ、相変わらず純情ねぇなんて思ってしまう。こんなところが余計に可愛いのだけれど。
 セレスティナが手をモジモジさせた。

「それが、その……なるべく早く一緒になりたくて……」
「ふうん? でも、ほら、結婚しちゃうと、公爵夫人の責任ってものが発生しちゃうわよ? 卒業までは気楽な学生生活を満喫すれば良いのに……。あ、もしかしてパパが誰かに取られちゃうかも、なんて不安になった?」

 あはは、まさかねーっと言おうとして、セレスティナの顔が曇ったのを見て、シャーロットはぴたりと口を閉じる。

「え? まさかパパの周囲に女の影があるとか? いや、ないないない、パパに限ってないわ、それ。ティナにベタ惚れだもん」
「それが、昨夜、その……」

 セレスティナの口からリシャールがやって来た事を聞かされ、シャーロットは鼻白む。まるで臭いものでも嗅いだような顔だ。

「は? あのくそドラゴンがここへ来た?」
「くそドラゴン?」

 セレスティナが目を丸くする。

「そーよ、伯父様なんてね、くそドラゴンで十分よ。なあに今更。若いドラゴンをけしかけて、ママの浮気を増長したのはあいつだし? ママが持っていた結婚指輪をパパのところへ突き返しにきたのもあいつよ? ほうら見ろって得意満面で……ほんっとむかつくぅ。ま、あの後、パワードスーツを装着したパパに、拳で吹っ飛ばされていたけどね?」

 シャーロットがふふんっと意地悪く笑う。

「あ、そうか……伯父様がやってきたから、ママを思い出して不安になったのね?」

 図星を指されたセレスティナが黙り込むと、その頬をシャーロットがちょんっと突っついた。元気をだしてと言う時の仕草だ。

「大丈夫よ、あのくそドラゴンが、パパとママをくっつけようとする筈ないじゃない。端から結婚に反対だったんだもん。だから、ね? そんな顔しないの。花嫁が暗くなってどうするのよ? 結婚式はね、花嫁が一番輝く時でしょう? ほら、笑って笑って? せっかくパパの花嫁になるのよ? 嬉しくないの?」

 セレスティナの頬がほんのり染まる。

「う、嬉しい、わ?」
「なら、嬉しそうにしないとね? あんなくそドラゴンの事は忘れて、うんと素敵な結婚式にしましょう! でも、あー……」
「どうしたの?」

 セレスティナが小首を傾げた。

「なーんかやな予感するのよね。まさか、わたくしの誕生会にもやってきたりしないでしょうね? もうすぐなのよね。十八才の誕生日……」

 シャーロットのそれは、完全に苦虫を噛みつぶしたような顔だ。

「で、でも、ほら、伯父様なら、姪と甥に会いたいって思っても不思議ではないわ?」

 セレスティナが庇うも、シャーロットの態度は頑なだ。眉間の皺はとれそうにない。

「普通ならそーだけどぉ。なーんか胡散臭くていや。ティナの事こき下ろしたりしないでしょうね? もしのこのこやってきたら、魔砲弾ぶち込んで追い返そうかしら」

 セレスティナは慌てた。

「そ、それはちょっと可哀想だわ」
「んー、ティナってば相変わらずねぇ」

 セレスティナを抱きしめたシャーロットは、すりすりと頬ずりだ。

「だったら、そうね……誕生日のドレスはティナとお揃いにしましょう。ペアルック大作戦よ。これでわたくしはティナの味方だって分かるわよね?」

 うふふふふふふふと笑うシャーロットの笑い方が、悪巧みをする時のシリウスの笑い方にそっくりだった。流石親子。


◇◇◇

 シャーロットとイザークの誕生日が近付けば、クローディア王女もそわそわし出す。誕生日の招待状が王女の宿舎に届けば、もう大変なはしゃぎようだ。黒いふさふさとした尾っぽが、興奮でぶんぶん揺れる。
 クローディアは十六才なので、ガルトス獣王国の法に則れば既に成人である。だが、金色の大きな瞳は相変わらず好奇心いっぱいで、まだまだ幼さがぬけない。黒狼というよりは、やはり尻尾を振って喜ぶ子犬のよう。

「お兄様は護衛ね?」

 クローディアがエルランドにそう告げると、お茶の給仕をしていた侍女のカーラが、ぴくりと反応する。

「わたくしも、その……ご一緒するわけにはまいりませんか?」

 カーラのその申し出に、クローディアは驚いた。

「人間がいっぱい来るのよ?」

 クローディアの指摘に、カーラが頷く。

「そ、それは、ええ、わ、分かっておりますとも。が、シャーロット様とイザーク様の誕生会だそうで……」

 さりげなく、さりげなく二人に尊称を付け、カーラがついて行きたいアッピールをする。

「郷に入っては郷に従えと言いますし? クローディア王女殿下がここに在籍されてから、かれこれ一年は経ちます。そろそろえー……こ、交流を深めてもよろしいかと……」

 何やらカーラの頬が赤い。

「喧嘩しない?」
「ドラゴン様に向かってそのようなことは!」

 カーラがふんふんと鼻息荒く答えた。

「じゃなくて人間と……」
「……なるべく遠巻きにしましょう」

 スンとしたカーラの態度は、実に分かりやすい。シリウスにコテンパンにやられたにもかかわらず、相も変わらず差別心に凝り固まっているようだ。

「どうしよう?」

 クローディアが兄のエルランドと顔を見合わせる。

「んー……シャーロット嬢の胡椒クッキーを、カーラが完食したって言えば、許可してくれるかも?」
「そ、そうね。アレは凄かったわ」

 クローディアの頬に冷や汗が伝い下りる。


◇◇◇


 王立魔道学園の教室内で、セレスティナの周囲に集まっているのは、いつものメンバーだ。シャーロットとイザーク、アンジェラにエリーゼの四人である。

「シャルのお誕生会には、お菓子を作って持って行くわね?」

 アンジェラが真っ白いふくふくとした顔に笑みを浮かべて、そう口にする。いつみても彼女の笑顔はふんわりと優しい。セレスティナが開発した魔道オーブンを、しっかり購入済みなのだそう。

「わたくしは何にしようかしら……」

 エリーゼが顎に手を当て、悩み始める。

「今回は成人のお祝いなのよね。やっぱり化粧品かしらね?」
「んー……王室御用達のデザートワインでいいわ」

 すかさずシャーロットが待ったをかけた。シャル曰く、エリーゼの好みはケバい、である。つける人を選んでしまうのだそう。

「ふふ、分かったわ。上等なのを用意するわね?」

 そんなこととは露知らぬエリーゼが、快く了承する。
 シャーロットがふと思い出したように言った。

「……ね、ティナ。最近のパパは何だかご機嫌よね?」
「一緒に新作の魔道具を開発中だからよ」

 そう、今は二人の誕生日用の魔道具を作製中である。セレスティナがそう答えると、シャーロットは、んーっと考え込んだ。

「そうじゃなくて、こう……浮かれてる? 鼻歌なんか歌っちゃって……ああ、ティナとの結婚式が近いからね、きっと」
「え!?」

 シャーロットの台詞に、アンジェラとエリーゼの二人は驚いた。

「ティナ、オルモード公爵様と結婚するの?」
「もしかして学生結婚ってこと?」
「え、ええ、そうなる、わね……」

 セレスティナが恥ずかしそうに目を伏せる。

「うわあ……」

 アンジェラが目をキラキラさせて喜んだ。

「素敵。ティナのウエディングドレス姿が楽しみだわ。きっと綺麗よね」
「日取りはいつ?」

 エリーゼが問う。

「わ、私の十八才の誕生日に結婚しようって……」

 セレスティナがもじもじと指を交差させた。

「なら、セレスティナの誕生祝いは結婚祝いにもなるのね。何が良いか考えておくわ」

 そう言ってエリーゼが笑った。
 ホームルーム後、特別講堂で魔工学の授業を行うシリウスに注目すれば、確かに彼は超ご機嫌である。もの凄い勢いで、ボードに必要な魔道数式をびっしり書き込みつつも、ふんふんと鼻歌だ。浮かれているのが丸わかりである。
 私との結婚式が近い、から? 本当に?
 シリウスの後ろ姿に目を向け、セレスティナの頬がほんのり色づく。長い白銀の髪がキラキラと輝いて美しい。やはり白銀の天使様だ。

 下校時刻になり、セレスティナがシリウスと一緒に馬車の停車場まで足を運ぶと、ジャンが姿を見せた。どうやらイザークを追ってやって来たらしい。金色の炎をデザインされた黒いヒーロースーツは既に装着済みである。

「ふはははははははははは! ブラックスター様の登場だぁああああああ! 今度こそ勝つ勝つ勝つ勝つ勝つぅ、勝負しろ、勝負うぅうううううう!」

 ジャンがビシィっとヒーローポーズを決めると、ジャネットが嬉々として名乗り出た。

「おう、勝負か! 喜んで!」

 剣術クラブで使用する練習用の剣を、ジャネットがすらりと抜く。練習用なので刃のない剣である。剣を構えると、金の髪を靡かせたジャネットはやたらと凜々しい。ファンの女性から黄色い声が上がりそうだ。
 驚いたのは、イザークに勝負を挑もうとしていたジャンだった。黒い装甲で顔が覆われているので見えないが、恐らく目をかっぴらいているに違いない。

「は? いや、あの……お、俺様は女とはやりあわな……」

 慌てて否定しようとするも、ジャネットの勢いは止まらない。風のようにジャンに襲いかかり、あっという間に仕留めてしまった。
 ジャンが手にしていた剣を弾き飛ばし、胴体をなぎ払った攻撃が綺麗に決まってしまう。もんどり打って転がったジャンはぴくりとも動かない。ジャンのその見事な負けっぷりに、ジャネットはぽかんと突っ立った。

「え? あれ? 弱、い?」
「おう。清々しいほど弱いぞ」

 イザークが真顔で肯定する。こちらは赤い髪の軍神だが、出番なしだ。

「それで何で勝負?」
「負けるのが大好きなんだ」

 さらっと適当こくイザークであった。
 負けるのが大好き……イザークの言葉を胸の内で反芻したジャネットは、自分は弱い者虐めは嫌いだ、次は断ろう、そう考える。
 馬車に揺られながらシャーロットが目を細めた。

「パパ、楽しそうね?」
「ん? ああ……ティナの花嫁姿が楽しみだ」

 シリウスが笑う。膝抱っこしているセレスティナの艶やかな栗色の髪を撫で、その額にそっとキスを落とす。見慣れた光景の筈なのに、どう見ても甘さが三割増しである。シリウスの浮かれっぷりが凄い。

 イザークと並んで馬車に揺られつつ、ジャネットはぼんやりと思った。この二人が新婚になったら、一体どれだけの砂糖が追加されるのだろうかと……。砂糖塗れになった自分をどうしても想像してしまう。
 逃れようのない運命を感じ、ああ、きっと毎朝のブラックコーヒーがおいしいんだろうなぁ、などとジャネットは現実逃避に走っていた。

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