最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第四章 愛の誓いは永遠に

第百六十八話 君のハートを射止めたいⅠ

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「なぁー、お前さぁ、半竜だって本当か?」

 竜舎にいたシャーロットに声をかけてきたのは、一年生のジュリオ・クーガンだ。長めのオレンジの髪を一つに括っていて、一房黒い毛が混じっている。顔立ちは童顔で可愛らしい。そわそわとせわしなく動く虎耳とすらりとした長い尾っぽがあり、笑うと八重歯……じゃなくて牙が見える。
 そう、ジュリオは獣人だ。

 獣人は人族に対する差別意識が強い。人間を最弱と言って蔑む。なのに彼はここアルカディアの王立魔道学園に入った。第四王子エルランドと同じで、かなりの変わり者らしい。

「ええ、そうよ?」

 シャーロットは水の入った重い桶を手に、止めていた足を再び動かす。これから自分が世話をしている翼竜のところへ向かうのである。その後をのんびりジュリオが追った。

「へーえ? 母親と父親、どっちがドラゴン?」
「ママね」
「え、え、えぇ? じゃ、じゃあ父親は人間? すっげー! どどどどどうやったんだよ? どうやって人間がドラゴンを口説いたんだ?」
「……もう。そんなことどうして聞きたがるのよ?」

 シャーロットが睨み付けると、ジュリオが幾分身を引いた。

「いや、だって、ほら……人間って最弱じゃん? なのにどうやって最強のドラゴンを伴侶に出来たのかって不思議でさ」

 シャーロットはつんっと顎を上げた。

「不思議でもなんでもないわよ。パパはドラゴンを手玉に取るもの」
「え……」

 水桶を手にしたシャーロットが足を速めると、ジュリオはその進路を塞ぐように前へ回った。

「ああ、ほら、どいたどいた、邪魔よ」
「ま、待て待て待て! そこんとこもっと詳しく! 人間がどうやって!」
「魔道具よ、魔道具の力を使ったの。もう、いいかしら?」
「魔道具……」
「なによ、文句あるの?」

 獣人は魔道具を使う人間を毛嫌い、いえ、見下すのよね。本当、嫌になる。
 シャーロットははふうっと息を吐き出した。
 だからかもしれないが、兄のイザーク同様、シャーロットもまた、突っかかってくる獣人はコテンパンにのしてやりたくなってしまう。けれど、やり過ぎるとくすぐりの刑が待っているので、ほどほどに、が基本である。父親であるシリウスの場合、獣人を気遣ってではなく、器物破損で散財するのが嫌なだけなのだが。

 ――上手く誤魔化せるのならいいんだが、お前達はそれが出来ないだろう?

 かつてシリウスはそう言った。証人を山ほど残し、弁償させられるのがいけないと言う。叱るところが違うような気もするが、シャーロットはあえて何も言わなかった。父親のシリウスに常識は通用しないと既に知っている。

「いや、そうじゃなくて……な、なら、俺も……つ、強くなれる、かな?」
「強く?」
「そ、そう! に、人間みたいに魔道具を使いこなせれば、強く、なれるかな?」

 興奮気味にジュリオが身を乗り出す。
 意外な答えに、シャーロットは目を丸くした。
 あら、魔道具を使って強くなりたいなんて獣人は初めて見たわ。あの変わり者の第四王子エルランドでさえ、魔道具を使うのは強くなりたいから、ではなくて、魔道武器が好きだから、なのよね。

「そうね? なれるんじゃない?」
「ドラゴンを倒せるくらいに?」
「それは、ちょっと……」

 シャーロットが曖昧に笑う。
 シリウスは規格外だ。というか、彼が作る魔道武器は規格外と言うべきか……使用魔力が殺人級なので、使いこなせるのもシリウスだけというおまけ付きである。

「……俺には無理だってのか?」
「というか、あなたの要望を満たそうとすると、ドラゴン用の重火器を使う必要が出て来ちゃうじゃない。一般人が手に入れるのはまず無理よ。ああいった代物は軍部がガッチリ握って離さないわ。なによ、ドラゴンよりも強くなりたいの?」
「というか、父さんより?」

 父さんはもの凄く強いんだとジュリオが口にする。

「お父様より? なら、対獣人用の重火器で十分だと思うわよ? まぁ、それも手に入れるのは難しいとは思うけど……」
「え? 何で?」
「高いから」

 あっさりシャーロットが言う。

「魔弾銃と軽く一桁違うわよ」

 いえ、二桁だったかしら? シャーロットはそう思うも、知識が曖昧なのでそこは濁す。そもそも武器に詳しくなる必要などないのだ。オルモード公爵邸の防衛力は軍部より高いのだから。シリウスが作り出す魔道武器に値段はつけられない。

「のわぁ! ぼったくり!」

 あほう……

「優秀な武器が高価なのは当たり前じゃない。それよりも、あなた、魔道武器を使いたいの? なら、専攻間違っているわよ。武器の扱いを学びたいのならドラゴンライダーじゃなくて、銃騎士を専攻しないと駄目よ」

 といっても、防衛科の銃騎士は、他国人が専攻することは出来ないが。
 王立魔道学園は魔力さえあれば貴賤を問わず入学出来るが、防衛科の銃騎士を専攻するには、自国民であることが第一条件である。どうしてもというのなら、アルカディアの国籍を取る必要があった。つまり、アルカディア人になる必要がある。アルカディア製の武器を使用する場合、せいぜいエルランドのように射撃クラブに入って、銃の扱い方を学ぶくらいであろう。

「いや、だってさぁ……亜竜といってもドラゴンだし、その……背に乗って飛ぶのが夢だったんだよ。俺の国だとドラゴンは神様だから、亜竜の背に乗れるのは高貴な血筋の貴族だけなんだ。俺は平民だし、その……乗りたいって言っただけで殴られる」

 ジュリオがごにょごにょ言う。
 ああ、そう言えば……獣人達はドラゴンが上空を飛ぶたんびに拝み倒すのよね。クローディアの侍女のカーラは、ママと伯父様が来た時、五体投地してくれたわ。
 感激してカーラが泣いたことまで思い出し、シャーロットは苦笑いだ。

「シャルお姉様」

 響いた軽やかな声は、セレスティナのものである。彼女の登場でシャーロットの顔がぱっと明るくなった。栗色の髪の少女は緑風のように清涼で、微笑む姿は木漏れ日のように温かい。

「ティナ!」

 かけよってぎゅうっと抱きしめれば、いつも通りセレスティナの愛らしい笑顔に癒される。

「翼竜のフラウに乗せてくれるって聞いたから……いいかしら?」
「ええ、もちろんよ! さ、こっちへ来て来て!」

 セレスティナの手を取れば、ジュリオに引き止められる。

「姉妹? ってことは、こいつも半竜?」

 セレスティナをじろじろ見るジュリオの視線が不躾である。シャーロットは顔をしかめ、セレスティナを指差したジュリオの手をどけた。

「もう、ティナを指差さない。違うわよ」
「違う? じゃ、普通の人間?」
「そう。でも、わたくしの大事な大事な妹なの。妙な真似したら承知しないから」
「ふーん?」

 歩き出すと、ジュリオもくっついてくる。シャーロットの眉間に皺が寄った。

「……なんで貴方まで付いてくるのよ?」
「だってさ、これから翼竜に乗るんだろ? 俺も乗るとこ見てみたい」

 ああ、そう言えば……ジュリオはまだ一年生だものね。シャーロットは納得する。年明けに三学年合同のドラゴンレースが開催されるから、そろそろ翼竜の飛行訓練に入ると思うけれど。
 シャーロットはじっとジュリオを見た。
 好奇心一杯の金色の目をしたやんちゃ坊主である。

 翼竜の飛行訓練が始まるのは一年の後半からだ。それまでは地竜での走行訓練と亜竜達の世話に明け暮れる。そしてシャーロットは、三学年合同で行われるドラゴンレースで一年の時、熟練の三年生達をぶっちぎって優勝した。
 儚げな見た目で、当初は男子生徒に人気だったシャーロットだったが、これで一気に異性が離れていった。気性の荒い地竜でさえシャーロットには従順である。

 妻は一歩下がって夫を支える、こういった思想が蔓延している貴族では、男子学生をけっちょんけっちょんに負かしてのけたシャーロットは、どうしても受け入れがたいらしい。といっても、シャーロットはおしとやかにする気など毛頭なく、ひそひそ陰口をたたく連中は歯牙にもかけない。

「な? いいだろ? 見るだけだって」
「そうね、大人しくしてるならいいわよ?」
「やったあ!」

 シャーロットの許可が下り、ジュリオが腕を振り上げる。
 竜舎にいた青い体躯の翼竜フラウは、シャーロットを見て嬉しそうにクルルと鳴いた。入学当初からシャーロットが親身に世話をしているので、随分と懐いているようだ。

「じゃあ、行くわよ、ティナ! しっかりつかまっていてね!」

 翼竜の飛行座席にセレスティナを乗せ、シャーロットは立ち姿でまたがった。ふわりと青い翼竜が大空に舞い上がれば、セレスティナの歓声が上がった。
 それを見守るのは獣人のジュリオとマジックドールのハロルドである。

「……なぁ、あの二人、本当に姉妹か?」

 ジュリオがぼんやり問う。
 運動が苦手なセレスティナは翼竜フラウの背に中々登れず、何度も滑り落ち、ようやっと上れたのはシャーロットが引っ張り上げたからだ。あまりにもとろくさくて、獣人のジュリオは内心あきれかえっていた。それでいて、シャーロットの身体能力は獣人のそれを凌駕するのだから、ジュリオの疑問も至極当然と言えた。

「シャーロット様とセレスティナ様に血のつながりはありません」

 律儀にハロルドが答える。

「え? それなのに姉妹? あ、戸籍上のか……」

 そう言ってジュリオは納得したようだ。

「楽しそうだな……」
「そうですね」

 ジュリオは獣人なので耳が良い。セレスティナとシャーロットが上空で、きゃあきゃあはしゃぐ声がきっちり聞こえる。楽しそうだな、ジュリオは今一度呟いた。

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