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しおりを挟むあのいいところのお嬢様っぽい人にあたしとまだ付き合ってるって言ったって?
なんで?
「なんでそんな嘘を……痛っ」
腰に回されている腕に一瞬だけ力が入り、息が詰まる。
「もしフリーだったらあの場でごり押しで恋人にさせられてただろうな。最悪結婚まで漕ぎつけそうな勢いだった。あの女は俺さえ手に入れば俺の意見はどうでもいいと思ってやがる。ああいう手合いは嫌いだ」
吐き捨てるような声色。
確かにあたしの時もとにかく自分のペースで話を進めて、勢いが凄かった。
思い出すだけで嫌なのか、悪感情を振り払うようにあたしの首に顔を擦り付けるカイル。
「…大体、俺は別れ話なんてした覚えすらねえ。そんな話、お前が勝手に言ってるだけだ」
「あら、いつもの通りの気の抜けた返事をくれたわよ?あたしが別れましょうって言ったら、手紙を見ながらんーって。普段からこんな返事しかくれないからてっきり――」
ああもうあたしの馬鹿。
このまま寄りを戻せたらラッキーなのになに言い返してんの。
でもこのままカイルにのみ都合よく収まるのも、気持ちが悪い。
「はっ。それこそ上の空の奴の返事なんて無効だろ」
「…カイル、今日はよく話すわね。いつからそんなにお喋りになったの」
「今真面目な話してんだろうが。茶化すんじゃねえよ」
「茶化してないでしょ?まともに会話もしてこなかったのに別れたくないってこと?そっちこそ冗談よして」
「……悪かったよ。改める」
「随分必死ね。今頃になってこんなに引き留めるなんて、あたしの職場に突撃して来た女性がよっぽど強烈だったのかしら?」
どう贔屓目に見てもあたしのこと邪魔くさがってたし、あの態度じゃ別れたがってたって思っても不思議じゃないじゃない。
確かにあたしはこの男に惚れてるけど、馬鹿みたいに使われるだけなのは嫌。
面倒な女除けとしてじゃなく、ちゃんと好きって感情で求めて欲しい。
多分こういうところがカイルと合わなかったのよね。
恋愛に対しての温度差が違い過ぎるのよ。
「あれだけしつこく付き纏っておいて振るのもお前に権限があんのかよ。馬鹿にしやがって」
「馬鹿にするっていうのは付き合ってた時のあなたみたいな態度の事を言うのよ」
「謝ってるだろ?俺は四回イーリィの告白に付き合ってやったんだ。お前も四回は許せ」
「あのね、こっちは日常的に冷たくされてたんだけど。許す許さないの話になったら四回どころじゃ…ちょっと、なに?」
目線を合わせて来たかと思うと、上唇をふにふにと掴まれる。
やだ、もしかしてこれって色仕掛けってやつ?
惚れた弱味に付け込もうとしてる?
どんなに態度と口を悪くしても、顔を真っ赤にして瞳を潤ませていれば説得力が無いのだろう。
あたしがいつもカイルの事を考えながら身だしなみをしているとそうなるから、今カイルに抱きしめられている状態なら絶対ぐでぐでになってる。
「ねぇ、真面目な話をしてるんじゃないの」
「……ん」
「だから、ちょ、話しながらすることじゃないってば!」
今度は鼻先に口付けられて吸われたので、首を後ろに引く。
完全に逢瀬してる最中の恋人の行為だが、渦中の話題が隅に置けるような代物じゃない。
なし崩そうとしてるならそうはいかない。
「ちっ。久しぶりに会ったってのにもう少し色っぽくできねえのか」
「別れた男に色気出してあげる訳ないでしょ」
「まだ言うかコラ」
至近距離で睨みを利かされ、迫力のある三白眼があたしを映す。
綺麗な黒。
「……よっぽどあたしを盾にしたいのね」
「当たり前だろ。あたしの男だってしっかり宣言しろよ」
「お金持ちそうなお嬢さんだったけど、あたしに危険が及ぶとは考えないの?」
「俺の女ならちゃんと庇う」
「カイルの女じゃなければ…誤解されたまま放置ってことね」
「他人を守ってやるほど暇じゃねえよ」
「ほとんど脅しじゃない」
首元のリボンタイを口でほどかれ、そのまま落とされてあたしとカイルの胸元に挟まった。
それ二つしか無くて着まわしてるのにやめてよ。
あたしがカイルの思う通りの答えを返すまで悪戯する気らしい。
「…わかったから。別れないから、今日はキスはやめて」
近付いて来た口をそっと手で押し返すと、カイルの眉根に皺が寄った。
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