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「おいリックてめぇ!道具の手入れはサボんじゃねえって言ってるだろ!」
「すすすすんませんっ!!」
目の前のやり取りを微笑ましい気持ちで眺める。
リックさんが記者を呼んで大騒ぎしたあの日。
ご両親の登場で体にあった痛々しい傷跡の種明かしがされ、集まって来てた人たちはさーっと解散し、その場には膝から崩れ落ちているリックさんと情けなさに涙の止まらないご両親だけが残った。
それを見て、あたしとホルスト君とで親方を説得し、リックさんを再度雇用することになったのだ。
なにせかなりの人手不足のアンゲルス鍛冶屋。
リックさんはこう見えて器用で大抵のことはこなせるし、仕事の手早さだけなら親方を凌ぐかもしれない。
ただ道具を使ったら使いっぱなしで片付けず、ドアは開けっ放し、火は付けっぱなしという具合にだらしない失敗が多いので親方に怒られ通しになるという訳だ。
ちなみに借金はアンゲルス鍛冶屋のお金を使って建て替え、リックさんの給料から天引きされる事に。
あまり長い事借金してると利子の方が高くつくためこのような対処になった。
そしてリックさんはもれなく近所の人達から「人騒がせ」「根性無し」「はた迷惑」の称号を得た。これはもう自分で払拭していくしかない汚名なので頑張って欲しい。
「やってるねあんた達。リックの坊やも元気そうじゃないの」
「あ、エラさん!」
ふらっと店にやって来たエラさんにすぐ椅子をお出しする。
そろそろお腹も大きくなってきて座るのも大変そうだ。
「言ってくれればお自宅の方に伺ったのに」
「いいのよ。たまには体動かさないと逆に毒だわ。家でも旦那がご飯よそうのすらさせてくれないから鈍ってしょうがないのよ」
「えーうそー!親方ったらやりますねー」
親方ったらお手伝いさんを雇ってエラさんに家事を一切させないようにしてるらしい。暇させてると動きそうだから経済書や隣国の新聞まで取り寄せてエラさんを大人しくさせてるんだとか。
さすが夫だけあってエラさんの好みを熟知している。
良いなあ、親方みたいな旦那さん。
考えてみれば、あたしの男性の理想像って親方かも。
ぶっきらぼうな職人気質で面倒見がいい人に弱いのよね。
「今回の事でエマニュエル嬢は父親に随分叱られたみたいね。どうやら娘を貴族に嫁がせたいようだから、表立って悪評が立つのは旨くないってところかしら」
「エマニュエルさん、嫁ぐ予定があるんですか?」
「父親の方はすぐにでも予定を立てたいみたい。エマニュエルの嬢ちゃんは知らないみたいだけど」
「かなりカイル…騎士の一人に夢中のようですけど」
「元が我が儘なお嬢さんだからね。好みの男でも一人預けて我慢させようって魂胆ね。金銭的に困ってる貴族に売り込んでるみたいだから、愛人の一人くらい相手の家に融通させるつもりなんでしょうよ」
好きでもない人に嫁がされる。
それはかなり辛そうな話だ。
一瞬同情しそうになったが、店を巻き込んでの今までの所業を思えばそれもすぐに霧散する。
「どう?最後に一発食らわせられる?」
エマさんが挑戦的に微笑む。
ヤーコブ商会はエマニュエル嬢を貴族に売り込みたい、そのために外聞の悪い事は避けたい。となれば、それなりに手は打てる。
「お袋、イーリィにあまり変な事教えるなよ。最近凄まじい顔するようになったぞ」
「ホルスト君。凄まじい顔はやめて」
「あらあら、果たしてホルスト坊やはあたしの魔の手からイーリィを守れるかしら」
「ったく、そうやってすぐ子ども扱いしてからかう……」
ホルスト君はそっぽを向き、持ってた金槌でとんとんと肩を叩いている。
拗ねた時の癖だ。
「イーリィ、お袋のこういうとこ真似するなよ」
「やだ、手に職持ってる男を子ども扱いするほど礼儀知らずじゃないわよ」
「ふーん?あたしは礼儀知らずだって?」
「エマさんはホルスト君のお母さんじゃないですか。いつまで経ってもホルスト君は子供でしょう。土俵が違いますよ」
そう返すと、エマさんは物凄くニヤニヤ顔になった。
予想していなかった反応に少し困惑していると、またリックさんが親方に叱られている声がした。
「今度同じことしやがったらリック!わかってんだろうな!?」
「すみませんすみません!気を付けますぅ!!」
それを見ながらあたしとエマさんとホルスト君は顔を見合わせて笑った。
エマさんに飲み物のおかわりを頼まれて、ついでにリックさんのご両親からお礼として貰った行列の出来る人気店のパイを出して来ようと思い立つ。
甘酸っぱい木苺のパイだから、エマさんも食べれるだろう。
「すすすすんませんっ!!」
目の前のやり取りを微笑ましい気持ちで眺める。
リックさんが記者を呼んで大騒ぎしたあの日。
ご両親の登場で体にあった痛々しい傷跡の種明かしがされ、集まって来てた人たちはさーっと解散し、その場には膝から崩れ落ちているリックさんと情けなさに涙の止まらないご両親だけが残った。
それを見て、あたしとホルスト君とで親方を説得し、リックさんを再度雇用することになったのだ。
なにせかなりの人手不足のアンゲルス鍛冶屋。
リックさんはこう見えて器用で大抵のことはこなせるし、仕事の手早さだけなら親方を凌ぐかもしれない。
ただ道具を使ったら使いっぱなしで片付けず、ドアは開けっ放し、火は付けっぱなしという具合にだらしない失敗が多いので親方に怒られ通しになるという訳だ。
ちなみに借金はアンゲルス鍛冶屋のお金を使って建て替え、リックさんの給料から天引きされる事に。
あまり長い事借金してると利子の方が高くつくためこのような対処になった。
そしてリックさんはもれなく近所の人達から「人騒がせ」「根性無し」「はた迷惑」の称号を得た。これはもう自分で払拭していくしかない汚名なので頑張って欲しい。
「やってるねあんた達。リックの坊やも元気そうじゃないの」
「あ、エラさん!」
ふらっと店にやって来たエラさんにすぐ椅子をお出しする。
そろそろお腹も大きくなってきて座るのも大変そうだ。
「言ってくれればお自宅の方に伺ったのに」
「いいのよ。たまには体動かさないと逆に毒だわ。家でも旦那がご飯よそうのすらさせてくれないから鈍ってしょうがないのよ」
「えーうそー!親方ったらやりますねー」
親方ったらお手伝いさんを雇ってエラさんに家事を一切させないようにしてるらしい。暇させてると動きそうだから経済書や隣国の新聞まで取り寄せてエラさんを大人しくさせてるんだとか。
さすが夫だけあってエラさんの好みを熟知している。
良いなあ、親方みたいな旦那さん。
考えてみれば、あたしの男性の理想像って親方かも。
ぶっきらぼうな職人気質で面倒見がいい人に弱いのよね。
「今回の事でエマニュエル嬢は父親に随分叱られたみたいね。どうやら娘を貴族に嫁がせたいようだから、表立って悪評が立つのは旨くないってところかしら」
「エマニュエルさん、嫁ぐ予定があるんですか?」
「父親の方はすぐにでも予定を立てたいみたい。エマニュエルの嬢ちゃんは知らないみたいだけど」
「かなりカイル…騎士の一人に夢中のようですけど」
「元が我が儘なお嬢さんだからね。好みの男でも一人預けて我慢させようって魂胆ね。金銭的に困ってる貴族に売り込んでるみたいだから、愛人の一人くらい相手の家に融通させるつもりなんでしょうよ」
好きでもない人に嫁がされる。
それはかなり辛そうな話だ。
一瞬同情しそうになったが、店を巻き込んでの今までの所業を思えばそれもすぐに霧散する。
「どう?最後に一発食らわせられる?」
エマさんが挑戦的に微笑む。
ヤーコブ商会はエマニュエル嬢を貴族に売り込みたい、そのために外聞の悪い事は避けたい。となれば、それなりに手は打てる。
「お袋、イーリィにあまり変な事教えるなよ。最近凄まじい顔するようになったぞ」
「ホルスト君。凄まじい顔はやめて」
「あらあら、果たしてホルスト坊やはあたしの魔の手からイーリィを守れるかしら」
「ったく、そうやってすぐ子ども扱いしてからかう……」
ホルスト君はそっぽを向き、持ってた金槌でとんとんと肩を叩いている。
拗ねた時の癖だ。
「イーリィ、お袋のこういうとこ真似するなよ」
「やだ、手に職持ってる男を子ども扱いするほど礼儀知らずじゃないわよ」
「ふーん?あたしは礼儀知らずだって?」
「エマさんはホルスト君のお母さんじゃないですか。いつまで経ってもホルスト君は子供でしょう。土俵が違いますよ」
そう返すと、エマさんは物凄くニヤニヤ顔になった。
予想していなかった反応に少し困惑していると、またリックさんが親方に叱られている声がした。
「今度同じことしやがったらリック!わかってんだろうな!?」
「すみませんすみません!気を付けますぅ!!」
それを見ながらあたしとエマさんとホルスト君は顔を見合わせて笑った。
エマさんに飲み物のおかわりを頼まれて、ついでにリックさんのご両親からお礼として貰った行列の出来る人気店のパイを出して来ようと思い立つ。
甘酸っぱい木苺のパイだから、エマさんも食べれるだろう。
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