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1.とあるのどかな昼下がり、文《ふみ》読むふたりは絶叫した

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 「なんじゃこりゃあぁぁあぁッ!」

 とあるのどかな昼下がり、野太い叫び声が邸内に響き渡る。

 午睡でも貪ろうかと伸びをしていたファゴル大公国の第二公女ミランダは、何事かしらと溜息をつき、物憂げに自室の扉へと目を向けた。

 廊下の奥からドタドタと重い足音が近付いたかと思うと、次の瞬間勢いよく扉が開き、ファゴル大公が飛びこんでくる。

「ミランダ! ミ、ミミ、ミランダァァァーー!」
「お父様、うるさ……せめてノックくらいしてくださいな。着替えていたらどうするおつもりですか?」

 溜息交じりの小言は、まるで聞こえていないらしい。
 ファゴル大公はそのまま大股で近づくや否や、ミランダの左腕をガッシリと掴んだ。

 過去二回程、振り切って逃走に成功しているため、同じ轍は踏まないぞと目が語っている。

「おおおまえ、親に向かってうるさいって……まぁいい、今はそんな話をしている場合ではない。いいか? お、落ち着いて聞け。いや、まずこれを見てほしい」

 まずはお前が落ち着けと言いたいが、一目で分かる上質な紙に嫌な予感しかしないミランダは、無言で封書を受け取った。

 赤い蝋に押された紋章は、グランガルド王国のもの。
 従属国であるファゴル大公国へ宛てられた、宗主国グランガルドからの封書である。

「お父様、もしや貢納品を横領してバレたとか……」
「馬鹿者! そんなわけがあるか!」

 あらぬ疑いをかけられ、ファゴル大公が気色ばむ。

 それもそのはず、宗主国への貢納品横領は即死罪である。
 うっかり有罪にでもなろうものなら、一両日中に首と胴が離れること間違いなしだ。

「貢納品と引換えに守護してもらっているのですよ? ゆめゆめ、お忘れなきよう」
「分かっとるわ! 本当に口の減らない……」

 なおもブツブツと文句を言うのでミランダがひと睨みすると、腰が退けたのか、ヒュッと言葉を吞み込んだ。

 敗戦によって従属協定を結んだ国は、毎年自国の歳入額から二割を、グランガルドに納める取り決めとなっており、従属国であるファゴル大公国もまた然りである。

 上納時に上乗せされる輸送代や人件費もまた財政を圧迫し、従属国を苦しめていたため、よもやと思ったがそこまで落ちぶれてはいないようだ。

 現在大陸に在する四つの大国は、200年以上前に大帝国アルイーダが内紛により滅びた際、碁盤目のように十字に引かれた国境線によって大きく分断し、四つの独立国となったことが始まりである。

 そのうちの一つ、南東に位置するグランガルド王国は、度重なる戦争により、いびつに歪んだ国境線に押される形で領土が狭まり、東側以外の三方を、他の三大国に囲まれるまでに追い込まれ、侵略の憂き目にさらされていた。

 だが10年前、第四王子クラウスが国境東部の軍務につくや否や、状況は一変する。

 三大国に接していない、複数の小国や部族が連なる東側へ進攻を繰り返し、属国として取り込む過程で領土を拡大し、グランガルドを瞬く間に強国へと押し上げていったのである。

「先触れなく届いたのを見るに、正式な発布ではないのでは? この封蝋ふうろう印だけでも不吉な予感しかしないのですが」

 ミランダはそう言うと、訝しげに封書を裏返した。
 そもそもグランガルドは先日王が身罷り、代替わりをしたばかり。

 激しい後継者争いの末、新王として即位したクラウスの戴冠式にはファゴル大公国からの使節団も参列し、遅滞なく祝辞を述べたはずである。

 にも関わらず突然届いた謎の封書。
 心当たりもない上に、ファゴル大公の反応をみる限り、吉報でないことは明らかである。

(うう、読みたくない……叶うならグランガルドからの使者ともども葬り去り、無かったことに)

 封を開けるのを躊躇ためらわれ、汚いものをつまむように、二本の指で端を持つ。
 顔の前でピラピラと左右に振りながら、ミランダは希望的観測を口にした。

「そうだわ! きっと偽物よ! お父様、燃やしてなかったことにしましょう!」
「……残念ながら、もう遅い。先程、畏まって拝受した上、受取サイン済だ。急ぎ国へ帰った後だから、無かったことにもできないぞ。まったくお前はなんて事を言うのだ! 御託はいいから早く読め」

 急かされると余計に読む気がなくなるが、これ以上粘ると機嫌を損ねるため、仕方なく封を開ける。
 最初はふむふむと読んでいたミランダだったが、しばらくして中盤の一文に釘付けになった。

『これより三年に渡り、倍の貢納品を納めること』

「……は?」

 ファゴル大公国のみならず、どこの従属国も財政ギリギリの状態で貢納品を納めている。そのような状態で、一方的にこのような触れを出したら最後、各国で武装蜂起が起こるのでは?

 思わず顔を上げ、ファゴル大公と視線を交わすと、早く続きを読んでみろと顎で促された。

『但し、王位継承権を持つ未婚の子女を無期限で居留きょりゅうさせる場合は』

 ん?
 王位継承権を持つ、未婚の子女?

 嫌な予感に汗をにじませながら、さらに読み進め、但し書きに差し掛かったあたりで再度目を留める。

『これを特免し、これより三年に渡り貢納品は不要とする』

「……はぁ?」

 目をむいて倒れそうになるミランダを見下ろしながら、ファゴル大公は顎をしゃくり、さらに続きを促す。

『なお、身柄の引渡し後は貴人に係るすべての権利を放棄し、またその処遇について、以降の国家関係に影響を及ぼさないものとする』

 つまり、人質……というよりは戦争捕虜に近い扱いとなり、誰に下賜されようが、はたまた傷つこうが死のうが、文句をいう権利はない、ということだ。

 さらにいうと、どんな扱いを受けても今までどおりの関係を維持し続けてね、破ったらどうなるか分かるよね?という強者目線の脅し文句である。

 あまりに理不尽な要求に、ミランダは目をむいて絶叫した。

「なんじゃこりゃあぁぁあぁッ!」

 とあるのどかな昼下がり、邸内に響きわたるミランダの絶叫。

 ファゴル大公は愛娘の反応に、そうだろう、そうなるだろうと、満足げに頷く。
 ミランダはひとしきり叫んだ後、ふと我に返り、そして父娘はしばし見つめ合った。




 で、誰が行くの?




 ……私でしょ!!




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