いつか死ぬのだから

ひゅん

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八月・陽子の諸事情

インドの神様

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「行きたい行きたい」と陽子は屈託無く言った。
「どこへ行ってみたい?」
「海外がいい」
「海外か、行くとしたらパスポート取らねえとな」
  陽子のはしゃぎっぷりをみて取り越し苦労であるかとも思ったが、乗りかかった船である。考えてみれば、陽子とは日常ではない世界を一緒に歩いたことがなかった。そのことに気づけたのは新鮮な発見だった。もしかしたら日常から脱することで、彼女ともっと結びつきが深まるかもしれない。陽子と旅行に行くというイベントは私の気分も上げてくれた。陽子も嬉しそうな反応を示してくれて、私もだんだんワクワクした気持ちが湧いてきた。
「海外行くとしたらどこがいい?」
「行くとしたらねえ、第一希望がインドです」
「インド?」
「第二希望がねえ、ユーロ圏巡りかな」
「待てよ、おまえ変わってんなあ。普通二十歳の女が海外旅行っていったら、モルディブとかドバイとかパリとかって言うんじゃないか?」
「何それ、裕二、決めつけは良くないよ」
 陽子がインドに行きたがる理由は本人に訊いても判然としなかったが、彼女はまだ小学生だった十歳くらいの時に、一度、ニューデリーから入って、アグラ~ジャイプール~バナラシといった主要都市を両親に連れられて、ツアーで回ったことがあるのだという。
「知ってる、インドのヒンズー教は多神教でね、日本の毘沙門天とか帝釈天なんかも元々はヒンズー教の神様だって」
「奈良仏教だろ? 奈良時代に中国から伝来した仏教は、西方のインドから中国に伝わって日本にやってきた。主に鳩摩羅什(くまらじゅう)がインドの経典を持ち帰って、翻訳したんだよな」
「お、大学受験の世界史の文化史でやったよね」
「仏教では、神様は、仏や菩薩の教えを守るものでヨーロッパの一神教のように神様は全世界を司る者ではない」
「ヒンズー教では、最重要な神が三柱おります。裕二、わかる?」
「サンバシラ?」
「神様の数え方、常識でしょ?」
「ヒンズー教には創造の神様であるブラフマンと、存続の神様であるビュシュヌ、破壊の神様であるシヴァがいます」
 宇宙の根本原理であるブラフマンは我々の体内にあるアートマンに呼応して、意識が身体の外側の宇宙を感じ取ることができるという。ヒンズー教の考え方というのは実にユニークで、私も陽子も、どこか合点の行くところがあるのだろう、話の流れが仏教の話に傾いた時、陽子は次のようなことを口にした。
「実は私ねカルヴァン派系のプロテスタントなのよ」
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