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【第二章】 たとえ悪役だとしても
第34話
しおりを挟む「失礼いたします」
私は生徒会室のドアを開けて、優雅にお辞儀をした。
部屋の中には上等そうな椅子があり、エドアルド王子が座っている。
その近くには、攻略対象の一人であるセオが控えている。
「忙しいところを呼び出してすまないね」
「いいえ。王子殿下に呼ばれることほど光栄なことはございませんわ」
「ふふ、可愛いことを言ってくれるね」
生徒会室に来た理由は簡単だ。
ナッシュとジェーンとともに園芸部で花の水やりを行なっていると、突然校内放送で生徒会室に呼び出されたのだ。
そのため生徒会室まで見送りに来ようとする二人を何とか裏庭に残して、一人で生徒会室へやってきた。
そして、今だ。
「さあ、好きな椅子に掛けてくれるかい」
「ありがとうございます。ではこちらに」
言われた通りに一番近くにあった椅子に座り、エドアルド王子とセオを見比べた。
「気にしないで。彼は学園の用務員だよ。書類の整理を手伝ってもらっているんだ」
「は、はい」
セオを退席させないということは、これからセオにも耳に入れておいてほしい話をするのだろう。
彼はただの用務員ではない。むしろ用務員の方が仮の姿で、この学園でも王子の側近として動いていることの方が多い男だ。
とはいえ、ローズがそんなことを知っているのはおかしいので、一応聞いておくことにする。
「これからする話は、用務員の彼に聞かれても問題のない話なのでしょうか?」
「ああ。彼は口の堅い男だから心配はいらないよ」
「そうですか。それなら安心いたしました」
そう言って微笑むと、目の前のエドアルド王子も私のことを見て微笑んでいた。
完璧な微笑みとは、きっと彼のこの微笑みのことを言うのだろう。
「ローズが笑顔を見せてくれるようになって嬉しいよ。やっと僕に心を開いてくれたのかな?」
「えっと……以前の私は、そんなにも王子殿下に心を開いていない様子でしたか?」
原作ゲームでは、ローズはエドアルド王子の婚約者であることを誇りに思っているように見えた。
ウェンディがエドアルド王子を狙おうものなら、嫌味を言いつつ逐一邪魔をしてきたものだ。
ローズはウェンディがどの攻略対象を狙おうが邪魔をしてはくるのだが、エドアルド王子を狙ったときだけは嫌味のレパートリーが無駄に豊富だったのだ。
「心を開いていないどころか、嫌われていると思っていたよ。でもその様子からするに、僕は嫌われてはいないみたいだね」
「そんな風に思っていらっしゃったのですね」
なるほど。
原作ゲームでエドアルド王子がローズに冷たい理由が分かった気がする。
自分のことを嫌っている相手に対して好意的に接することはとても難しい。
ローズが自分のことを嫌っているという勘違いも、王子がローズに対してあのような接し方になった一因なのだろう。
なんだ。理由が分かれば、甘酸っぱい青春のすれ違いに見えなくもない。
王子とは言え、まだ彼はたかが十七歳の少年なのだから。
「ねえ、王子殿下。私は王子殿下のことが嫌いどころか、王子殿下の婚約者になれてとても嬉しく思っていましたのよ。ただ照れてしまって、素っ気ない態度をとっていたのです」
「ローズでも照れることがあるんだね……これは褒めているんだよ。君はすでに王妃のように感情を完璧にコントロールしているように見えたから」
「ふふ。王子殿下の婚約者として申し分ないでしょう?」
「頼もしい限りだよ」
エドアルド王子はもう一度私に微笑んでから、目に真面目な光を宿した。
「もう少しこの嬉しい事実について君と話をしたいところだけれど、事態は急を要するからね。本題に入らせてもらうよ。君たちが昨夜見た魔物についてだ」
「魔物の話を信じてくださるのですか?」
「信じるもなにも一昨日には被害者が出ているからね。被害者の清掃員は人間業ではない方法で殺されていたんだ。新種の魔物の可能性は高い」
「今日学園では何の発表もされなかったので、てっきり誰にも信じてもらえていないのかと思っていました」
「……正直、生徒たちに君たちの話を発表するかは教師たちの中で意見が分かれているそうだ。申し訳ないが、狂言を疑う声もあるらしい。その結果、今日は発表するに至らなかったということだね。君たちの話では魔物は倒したということだから、結論を焦る必要も無いしね」
確かに昨日の魔物は倒したから、あの魔物が再度生徒を襲う心配はない。
しかし。
「学園内にいる魔物が一体とは限りません」
「その通り。ローズは話が早くて助かるよ」
実際に原作ゲームでは『死よりの者』が何体も出現する。
次に出現するのは大分先の予定だが、これからも学園では『死花事件』が起こり続ける。
「だから少しでも情報が欲しい。教師からの又聞きではなく、ローズの口から直接話を聞きたい。協力してくれるかい?」
「ええ、もちろんです」
断る理由は何もない。
生徒会側でも『死よりの者』の対処をしてくれるなら、願ったり叶ったりだ。
「そもそもどうしてローズは深夜に出歩いていたんだい? 君の部屋にはすべてが揃っていたはずなのに」
どうして部屋にトイレがあるのにわざわざ一階の女子トイレに行ったのか、という質問だ。
もちろん『死よりの者』があの場所に出現すると知っていたからだが、そんなことは言えるわけもない。
「私の使っている日記帳には小さな鍵が付いています。昨日その鍵をどこかに落としてしまって……寮内で鍵を見なかったかと聞き込みをしていたら、一階のトイレで見たという情報が入りました。大事な日記帳なので、いてもたってもいられず……昨夜、鍵を探しに行ってしまったのです」
「うーん。婚約者としても生徒会長としても、そういうときは朝まで待ってほしいな」
「軽率なことをしたと反省しています。申し訳ありません」
私が立ち上がって深々と頭を下げると、エドアルド王子は面食らったようだった。
「あまり恐縮しないでくれ。僕は怒っているわけじゃないんだ。むしろ君のことが心配なんだよ。一昨日あんな事件があったのに、深夜の寮を歩くのは軽率だからね。実際、君は危険な目に遭ってしまったし」
「そうですよね……すみません」
私がもう一度頭を下げると、王子は椅子から立ち上がり、私の目の前まで歩いてきた。
「ごめんね。謝るべきは僕の方だね。順序が逆だった」
「え?」
私が顔を上げた途端、視界が遮られた。背中には手の感触がする。
……って、私、エドアルド王子に抱き寄せられてる!?!?
「魔物に襲われて怖かったよね。僕が最初にするべきことは、大丈夫だった?と君を抱きしめることだったね。それなのに質問を先にしてしまって、本当にごめんね」
「え、えっと、その…………ありがとうございます?」
突然の出来事に驚きつつも私が王子の胸元でお礼を言うと、王子は自然な流れで私の頭を撫でた。
何と言うか…………攻略対象ってすごいな。
さっきは王子のことをたかが十七歳の少年なんて思っちゃったけど、エドアルド王子は攻略対象だった。
普通の少年とは違うのだ。
少なくとも『私』が十七歳のときには、こんなことをさらっと行う男子高校生は周りにいなかった。
その一方で。
王子の腕から離れた私は、生徒会室の後ろの方で黙って待機しているセオと目が合った。
セオは、セオ自身が抱き締められたのかと錯覚するほどに、顔を赤くしていた。
「……こういうことに年齢は関係ないのかも」
スマートに女性を抱きしめる十七歳のエドアルド王子と、王子の行動にドキドキしてしまった大人二人は、この後も生徒会室で話し合いを続けた。
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