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【第三章】 旧校舎で肝試し

第47話 真相の断片

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「お待ちかね、あなたのローズ・ナミュリーで~す! えっと……確か昨日は、あたしが白黒の世界に迷い込んで、赤い扉を使って戻ってきた話まで、したわよね? じゃあ今日はその続きね」

 今日のローズは無駄な前置きをせずに、さっさと本題を話し始めた。
 あの前置きのせいで毎回時間切れになっていたから助かる……はずだが、これはこれで物足りなさを感じてしまう。
 特に今は気持ちが沈んでいるから、おかしなテンションの人間を見て少しでも愉快な気分になりたかったのに。
 人間とは無いもの強請りをしてしまう愚かな生き物だ。

「無事に目を覚まして、日数はかかったものの頭に巻いていた包帯も取れるほどに回復したあたしだけど、一つ大きな問題があったわ。あの事故以降……感情が昂ると、扉が開いちゃうようになったの。あの赤い扉がね」

 扉が、開く?
 何かの比喩表現だろうか。

「そして開いた扉の向こうから、白黒の魔物がこっちの世界に出てくるの。実際に出てくるところを見たわけじゃないけど、たぶん間違いないと思う。あたしの感情が昂った翌日に、必ず誰かが人間業ではない方法で殺害されていたから。それからしばらくすると、町で新種の魔物が目撃される……その魔物が捕まったという話は聞かなかったけどね」

 ああ、脳が理解を拒んでいる。
 ローズの言葉を受け入れてはいけないと、警鐘を鳴らしている。
 受け入れてしまったら、私は…………。

「扉が一度開くと、魔物が一体出てくるみたいなの。あたしのときも、あたしが扉から出た瞬間に扉が勝手に閉まったから、一人ずつしか通れない仕組みなんだと思う。だけど……そのことに気付くのが遅かったせいで、幼いあたしは扉を何度も開けてしまって……屋敷ではたくさんの人が死んだわ」

 唖然としながら立ち尽くす私を無視して、ローズは次々に言葉を紡ぐ。

「感情が昂る……具体的に言うと、負の感情が大きく出たとき。そういうときに扉が開くようなの。原理はあたしにも分からないわ。でも、そういう体質になっちゃったから、あたしはいつしか自分の感情を封印するようになった。笑っても扉は開かないようだけど、一つ感情を出すと他の感情もつられて出てしまいそうだったから。間違いが起こらないように、一律で感情を封印したの」

 絶対にダメ。
 ローズの言葉を理解してはいけない。
 だって、理解したら、私が壊れてしまう。

「感情を封印したところで死んだ人間は還ってこないけど……これ以上の犠牲者を出したくはなかったからね」

 ローズは真剣だった表情を和らげ、優しく微笑んだ。

「でもね、あたしの試みが成功していたら、今の話はあなたにとって何のことかまるで分からないと思う。その場合は、今の話は全部忘れてあたしの美しい顔だけ覚えて帰ってね~。だけど失敗していた場合は……もしかすると、あなたはもうその魔物に出会っているかも。もしそうだったら、ごめんね?」

 舌を出してお茶目な顔をするローズの姿が、ゆらゆらと揺れる。
 きっと私の脳が、ローズの存在自体を否定しようとしている。

「もちろん成功させようと思って特大魔法を使ったんだけど、初めての試みだからね。上手くいかなかった可能性も高いよね~。トライアンドエラーで成功率を上げたかったけど、一度やったら次は無い魔法だしね。その辺は諦めるしかないか!」

 気を抜くとそのまま後ろに倒れてしまいそうだ。
 ……いっそのこと、このまま倒れて、ローズの話を聞かなかったことにしてしまいたい。

「それにしても、どうしてあの白黒の魔物は人間を襲うんだろうね。人間を襲わない温厚な魔物もいるのに。言葉が通じれば理由を聞けるんだけど、残念ながら何を言ってるのか分からないからね~。むしろ知能の低い魔物だから、喋れないし無暗に人を襲うのかな~?」

 遠のきかけた意識が、急激に引き戻される。
 白黒の魔物、つまり『死よりの者』が、喋れない?
 私の出会った二体とも、会話が可能な上に、知能も高そうだった。

「独り言が多くてごめんね~って、全部独り言か! まあいいや。もしあなたの周りで白黒の魔物が出現しているようなら、今後は感情を昂らせないようにしてね。すでに町に潜んでいる魔物もいるだろうけど、あなたが扉を開けなければ、新たな魔物は出てこないはずだから」

 いつものことながら私の疑問が解消されることはなく、ローズは一方的に話を続ける。

「ちなみにあの魔物は、物理攻撃でも魔法攻撃でも倒せないの。厄介よね~。だけど、聖力を使うと灰になって消えるわ。聖力は、聖女であるウェンディが使えるから、上手く誘導して魔物を退治してもらってね。ウェンディはあなたと同じクラスの新入生よ。クラスで一番可愛いからすぐに分かると思うわ」

 ここでローズは、無邪気さと残酷さを兼ね備えた子どものような笑みを浮かべた。

「ウェンディって本当に可愛いのよ。表情が百面相みたいにころころ変わってね。特にあたしに意地悪をされたときのむくれ顔が、最高にキュートなの! だからウェンディを見かけるたびについ意地悪をしちゃって……あなたはそういうことをしちゃダメよ? 相手の嫌がることをするなんて、最低の行為なんだから!」

 どの口が言うんだ。
 もしかしてローズがウェンディに意地悪をしていたのは、ウェンディの反応が面白いから?
 好きな子をいじめる小学生男子のような思想だ。

「じゃあまた明日ね~。もし魔物が出現してるようなら、くれぐれも感情を昂らせないようにね。どんどん扉が開いちゃうから。感情を抑えるのは大変だけど、誰も殺したくないなら、頑張って!」

 話が逸れたことで忘れかけた……忘れられると思い込もうとしていた、のに。
 どうしても忘れさせてはくれないらしい。

「あっ、言い忘れるところだった。あなたは今日、あたしの話で扉のことを認識したから、これからは扉が開く際に音が聞こえるかもね。ガチャリって」


 私のせいで、人が死んだのだ。




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