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【第三章】 旧校舎で肝試し
第46話
しおりを挟む旧校舎を後にする私たちの足取りは重かった。
眠ったウェンディをルドガーが背負い、亡くなった生徒を彼と一緒に旧校舎に忍び込んでいたルドガーの友人が背負っている。そして彼らを先導する形で私が歩いている。
私は誰も背負っていないというのに、気を抜くと歩みが止まってしまいそうだった。
しかし私が挫けるわけにはいかない。大事な友人を失くしたのは彼らなのだ。
今一番辛いのは、彼らだ。
彼らを差し置いて、亡くなった生徒と初対面の私が挫けるなんて、そんなことは許されない。
後ろを歩く彼らに気付かれないよう、自身の太ももをつねって、歩き続ける。
女子寮の前に到着するまで、誰一人として口を開く者はいなかった。
「……送ってくれてありがとう」
「部屋に帰る方法はあるのか? 寝ているウェンディを任せても平気か?」
「ええ。一階に部屋がある友人に話は通してあるから大丈夫よ。それより……」
どうオブラートに包んだものかと思案する私の代わりに、ルドガーが切り出した。
「今日のことと……こいつのことは、俺が報告するから心配せずに寝ていい。明日になったらお前らも報告することになるだろうが、今日のところは俺だけで十分だ」
「そう……お気遣いありがとう」
ルドガーは小さく舌打ちをした後で、私の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
不器用な彼なりの優しさなのだろう。
「あんなことがあった後で眠れねえだろうが、無理してでも寝ろよ。明日は寝てる暇なんか無いかもしれねえんだからな!」
「……うん。分かった」
「急に素直になるなよ。自慢の髪を乱すな、くらい言えって」
「……自慢の髪を乱さないで」
「それでよし! ……無理な注文だろうが、あまり気にするなよ」
「……本当に無理な注文ね」
ルドガーが背負っていたウェンディを降ろし、屈んだ私の背中に乗せてくれた。
ウェンディは細身で軽いはずだが、それでも寝ている人間は重い。
早く運ばないと私の体力が尽きそうだ。
「じゃあ、また明日な」
「ええ。ルドガーもお友だちも、気を付けて帰ってね……おやすみなさい」
* * *
今夜は肝試しが終わった後、一階にあるジェーンの部屋から寮に侵入させてもらう予定だった。
ろくに木登りをしたことがない私が、三階の自分の部屋の窓から入るのは無謀だと感じたからだ。
理由を聞かずに夜に窓を叩かれたら開けてくれとジェーンに頼み込んでおいて良かった。
私だけでも出来るか怪しいのに、ウェンディを背負って木登りなんて、絶対に無理だ。
「ジェーン、起きてる? ローズよ」
ジェーンの部屋の窓を叩きながら名前を呼ぶと、窓の鍵が開いてジェーンが顔を出した。
「ローズ様、思ったよりも遅かった……ですね? 何故ウェンディさんが背中に?」
ジェーンは私がウェンディを背負っていることに驚いた様子だった。
そんなジェーンを無視して、私はウェンディを窓に押し込んだ。これ以上は私の腕が耐えられない。
「ごめん、話はあとで。腕が痺れて限界なの」
「あっ、はい! ウェンディさんを部屋に入れればいいんですね!?」
ジェーンと私の二人がかりで何とか窓からウェンディを部屋に入れると、続いて私もジェーンの部屋へと入った。
「ありがとう。助かったわ」
「ローズ様の頼みなら、このくらいお安い御用です」
「……私が言うのも変だけど、私の頼みでも嫌なことはきちんと断ってね?」
これにジェーンはにこりと笑って明言を避けた。
ダメだこれは。
きっとジェーンは私に何を頼まれても断らない。私がしっかりしないと。
「あの……ローズ様。夜間外出の理由は聞かないという約束でしたが、さすがにこの状況は理由を聞いても良いでしょうか? ウェンディさんはどうしてローズ様の背中で寝ていたのですか?」
「そうね。こうなったからには、あなたにも話すべきね」
しかし文字通り肩の荷が下りた私は、脱力していた。
それにウェンディを無事に寮内に送り届ける任務を終わらせたことで、頭の片隅に追いやっていた諸々が主張を始めた。吐きそうになるほどの憂鬱な出来事の数々が頭の中を駆け巡る。
「悪いけれど、少し落ち着いてから……明日でもいいかしら? ちょっと今は、話せる状態じゃないの」
「分かりました。それで構いません」
「本当に助かるわ。それじゃあ、また明日ね」
「えっと……ウェンディさんはどうすればいいのでしょう?」
「その辺に転がしておけばそのうち起きるでしょう。起きたウェンディに何か聞かれたら、いきなり現れた私に押し付けられたから何も知らない、とでも言っておいて」
熟睡中のウェンディをジェーンに任せた私は、よろよろとドアに向かって歩き始めた。
「私は自室に戻るわ。この埋め合わせは必ずするから。欲しいものでも考えておいて」
「ウェンディさんのことは丸投げですか!?」
「頼りにしてるわ、ジェーン」
「ええっ!? ……まあローズ様の頼みですから遂行しますが」
「ありがとう」
ダメだこれは。
私がしっかり……明日から私がしっかりしないと。明日から。
ジェーンに向かって疲れた顔のままひらひらと手を振ると、ジェーンはぺこりと頭を下げた。
自室に帰った私は、トイレに駆け込んで盛大に吐いた。
『死よりの者』に殺害された彼は、眠っているような死に顔だったが、それでも死んでいるという事実が私を蝕んだ。
元の世界でも葬式に出たことはあったが、遺体の第一発見者になった経験はなかった。
吐くものが無くなったことを確認してから、最後の力を振り絞ってシャワーを浴びた。
埃まみれの旧校舎を歩いて汚れていたからもあるが、身体を洗ってスッキリすれば少しは心も前向きになれるかもと考えたからだ。
その試みはもちろん失敗に終わったが。
「眠れそうもないけれど、無理やりにでも寝ないといけない……のよね」
夢にローズが出てくる以上、毎晩眠る必要がある。
しかし、同級生が殺された事件に関わって、どうして呑気に眠れるだろうか。
しかも犯人は私のことを救ってくれた恩人の『死よりの者』だ。
そしてその『死よりの者』も消滅した。
「……『死花事件』って、何なの?」
原作ゲームをプレイしているにもかかわらず、私の知っている情報はあまりにも少なすぎる。
『死花事件』には、私の知らない大きな何かが隠されている。
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