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【第2部】23.不安
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しばらく、二人は、ただ会うだけの日々が続いた。
聡子の顔の腫れは早いうちに概ね引いたが、左頬は強く打たれたのか、すぐには引かなかった。マスクをして生活をしていると話してくれた。
トモがこっそり心配していた、聡子の異常行動はみられなかった。何かの拍子にパニックになって、汚れが取れないと傷を抉ったりしないだろうかと不安だったが、見る限りでは大丈夫に思えた。
毎日、ほんの少しの時間でもと、会いに行った。
聡子に会って、キスをして抱きしめるだけで幸せを感じられた。セックスのない付き合いでも、愛おしくて幸せだと思える自分は「成長した」と思えた。
そして……トモは、腹の底の怒りが収まっていなかった。
どうにか広田と、その広田に指示をしたと思われる女・リカを陥れてやりたかった。聡子に言えばきっと止められる。
どうにかできないか、と考えあぐねていた。
今日もトモは聡子の部屋に寄った。
聡子は悟られないようにはしているが、あれからずっと気落ちしているようだ。しないほうがおかしい。自分の前では気丈に振る舞っているだけのことだ。
そして、警察に行こうという気はないようだ。
何とか彼女を正気に戻してやりたい、とトモは思った。
元気なふりをしているだけなのは明白だ。
「聡子、話があるんだ」
「わたしも智幸さんに、お話があります」
ちゃんと言っておきたいことがある、と聡子に向き直ったが、同時に聡子も話があったようで、
「聡子からから言え」
「いえ智幸さんから」
譲り合うこととなった。
「じゃあ、俺から言う……聡子」
「はい」
聡子は怯えたような顔になった。
「……覚悟はしています」
何を覚悟している?と首を傾げる。
「別れ話じゃねえよ」
ぽんぽんと頭を撫でるトモ。
図星だったようで、聡子の顔が強ばった。
「違うんですか……」
「違う。考えたこともないわ」
「そう、ですか」
よかった、と小さく呟くのが聞こえた。
「聡子、一緒に住むこと、考えてくれないか」
「え」
聡子には想定外の話だったようで、言葉を詰まらせた。
トモからの、聡子との同棲を提案だった。
彼女をもっと守ってやりたい、一緒にいる時間を作りたい、将来のことも考えているからちゃんと同棲の許可はもらいに挨拶には行く、と話した。
「今すぐは難しい。あともう少ししたら五年になる」
「五年……あ、堅気になって、っていう?」
「そうだ。五年経てば、俺も自分でいろんな契約が出来る」
「そうでしたね……」
「五年経ってすぐ、っていうのも実はいろいろと難しいらしくて、すぐは厳しいんだ。契約する際に、反社であるかないかのチェック項目があったり、反社リストがあるらしい。近いうちに俺は一般人の資格になれる、はずではある。そうやってリストから除外される日が来たら……おまえと暮らしたい」
「え」
「賃貸契約出来る日が来たら、一緒に暮らしたい」
「ほんとに?」
「……おまえがよければ、だけどな」
「いいに決まってますよ」
聡子は涙を流した。
「いつになるかはわかないけど、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
「ちゃんと、ちゃんと考えてるから」
嬉しいです、と聡子は泣き笑いを見せた。
正直、口座に金はあまりない。
会長が一人一人に用意してくれた金庫を借りて、現金を保管している。口座に入れてもよかったが、凍結されかねないので、ずっと現金主義でやってきた。
でも聡子に出会って恋人の関係になってからは、先のことを考えるようになった。彼女のために贈り物をすることも、出かけることもなかったが、それなら将来のために貯蓄をして、一緒に過ごしたい。
五年経過すれば、新しい口座を作ることもできるし、契約も出来る。新しい世界を作っていくことができると考えているトモだった。
「で……おまえの話は?」
聡子の承諾をもらって浮かれている場合ではなかった。彼女も何か話があると言っていたことを思い出した。
「……別れて下さいって言おうとして」
「は!?」
トモは固まった。
「でも、撤回します」
ほっと胸を撫で下ろした。今、一緒に住むことを承諾してもらえたのに、別れると言われたら卒倒してしまう所だった。
「なんでそんなこと……」
聡子は、トモに別れ話を切り出されると思っていたようだ。
自分で言おうと思ったが、トモからは、それとは真反対の話を言われ、とても驚いたと話してくれた。
「てっきりもうわたしのことが嫌になったのかって……」
「んなわけあるか。勝手に想像して先走るなっての」
額をちょんと小突いた。
「だって……」
「だって? なんだ?」
ベッドを背もたれにして座っているトモは、聡子を手招きして自分の隣に座らせ、腕に抱いた。
「あれからずっと、してくれないので……」
「え」
「もう、したくなくなったのかな……って」
彼女が広田に襲われてからは、抱いていないのは事実だ。しかし、したくないなどとは全く思っていない。
「あー……いや、それは……」
あのことが聡子のトラウマになって、自分の欲望を満たそうとしてしまえば、思い出して怯えてしまうんじゃないかと思って手を出せずにいるのだ。
「もう、嫌になったとばかり」
「そんなこと……あるわけないだろ」
トモは彼女の頭を抱きしめ、髪にキスをした。
「めっ……ちゃくちゃ我慢してる」
治ったらめちゃくちゃ抱く、と宣言はしているので、わかってくれていると思っていた。まだ傷は完治していないのだから。
「おまえに会う度、キスして抱きしめるだけじゃなくて、本当はすっげー抱きたいと思ってるんだぞ」
「よかった……」
「たくさん上書きするって約束したろ?」
こくん、と聡子は頷いた。
「俺はいつだってやる気満々だぞ」
「もう……言い方!」
トモは胸を小突かれ、
「いてっ」
と笑った。
聡子の手を掴み、
「悪いことするやつには、こうしてやるぞ」
とキスをした。息が出来ずに藻掻く聡子の唇を貪る。
「んっ……っ……」
「口を塞いでやる」
口を塞いだあとに言うトモに、聡子は蕩けた眼差しを向けた。聡子は両手をトモの首筋に伸ばした。
「可愛いな」
「智幸さんだけですよ」
「俺だけでいいだろ」
「はい」
聡子の顔の腫れは早いうちに概ね引いたが、左頬は強く打たれたのか、すぐには引かなかった。マスクをして生活をしていると話してくれた。
トモがこっそり心配していた、聡子の異常行動はみられなかった。何かの拍子にパニックになって、汚れが取れないと傷を抉ったりしないだろうかと不安だったが、見る限りでは大丈夫に思えた。
毎日、ほんの少しの時間でもと、会いに行った。
聡子に会って、キスをして抱きしめるだけで幸せを感じられた。セックスのない付き合いでも、愛おしくて幸せだと思える自分は「成長した」と思えた。
そして……トモは、腹の底の怒りが収まっていなかった。
どうにか広田と、その広田に指示をしたと思われる女・リカを陥れてやりたかった。聡子に言えばきっと止められる。
どうにかできないか、と考えあぐねていた。
今日もトモは聡子の部屋に寄った。
聡子は悟られないようにはしているが、あれからずっと気落ちしているようだ。しないほうがおかしい。自分の前では気丈に振る舞っているだけのことだ。
そして、警察に行こうという気はないようだ。
何とか彼女を正気に戻してやりたい、とトモは思った。
元気なふりをしているだけなのは明白だ。
「聡子、話があるんだ」
「わたしも智幸さんに、お話があります」
ちゃんと言っておきたいことがある、と聡子に向き直ったが、同時に聡子も話があったようで、
「聡子からから言え」
「いえ智幸さんから」
譲り合うこととなった。
「じゃあ、俺から言う……聡子」
「はい」
聡子は怯えたような顔になった。
「……覚悟はしています」
何を覚悟している?と首を傾げる。
「別れ話じゃねえよ」
ぽんぽんと頭を撫でるトモ。
図星だったようで、聡子の顔が強ばった。
「違うんですか……」
「違う。考えたこともないわ」
「そう、ですか」
よかった、と小さく呟くのが聞こえた。
「聡子、一緒に住むこと、考えてくれないか」
「え」
聡子には想定外の話だったようで、言葉を詰まらせた。
トモからの、聡子との同棲を提案だった。
彼女をもっと守ってやりたい、一緒にいる時間を作りたい、将来のことも考えているからちゃんと同棲の許可はもらいに挨拶には行く、と話した。
「今すぐは難しい。あともう少ししたら五年になる」
「五年……あ、堅気になって、っていう?」
「そうだ。五年経てば、俺も自分でいろんな契約が出来る」
「そうでしたね……」
「五年経ってすぐ、っていうのも実はいろいろと難しいらしくて、すぐは厳しいんだ。契約する際に、反社であるかないかのチェック項目があったり、反社リストがあるらしい。近いうちに俺は一般人の資格になれる、はずではある。そうやってリストから除外される日が来たら……おまえと暮らしたい」
「え」
「賃貸契約出来る日が来たら、一緒に暮らしたい」
「ほんとに?」
「……おまえがよければ、だけどな」
「いいに決まってますよ」
聡子は涙を流した。
「いつになるかはわかないけど、そのつもりでいてくれ」
「わかりました」
「ちゃんと、ちゃんと考えてるから」
嬉しいです、と聡子は泣き笑いを見せた。
正直、口座に金はあまりない。
会長が一人一人に用意してくれた金庫を借りて、現金を保管している。口座に入れてもよかったが、凍結されかねないので、ずっと現金主義でやってきた。
でも聡子に出会って恋人の関係になってからは、先のことを考えるようになった。彼女のために贈り物をすることも、出かけることもなかったが、それなら将来のために貯蓄をして、一緒に過ごしたい。
五年経過すれば、新しい口座を作ることもできるし、契約も出来る。新しい世界を作っていくことができると考えているトモだった。
「で……おまえの話は?」
聡子の承諾をもらって浮かれている場合ではなかった。彼女も何か話があると言っていたことを思い出した。
「……別れて下さいって言おうとして」
「は!?」
トモは固まった。
「でも、撤回します」
ほっと胸を撫で下ろした。今、一緒に住むことを承諾してもらえたのに、別れると言われたら卒倒してしまう所だった。
「なんでそんなこと……」
聡子は、トモに別れ話を切り出されると思っていたようだ。
自分で言おうと思ったが、トモからは、それとは真反対の話を言われ、とても驚いたと話してくれた。
「てっきりもうわたしのことが嫌になったのかって……」
「んなわけあるか。勝手に想像して先走るなっての」
額をちょんと小突いた。
「だって……」
「だって? なんだ?」
ベッドを背もたれにして座っているトモは、聡子を手招きして自分の隣に座らせ、腕に抱いた。
「あれからずっと、してくれないので……」
「え」
「もう、したくなくなったのかな……って」
彼女が広田に襲われてからは、抱いていないのは事実だ。しかし、したくないなどとは全く思っていない。
「あー……いや、それは……」
あのことが聡子のトラウマになって、自分の欲望を満たそうとしてしまえば、思い出して怯えてしまうんじゃないかと思って手を出せずにいるのだ。
「もう、嫌になったとばかり」
「そんなこと……あるわけないだろ」
トモは彼女の頭を抱きしめ、髪にキスをした。
「めっ……ちゃくちゃ我慢してる」
治ったらめちゃくちゃ抱く、と宣言はしているので、わかってくれていると思っていた。まだ傷は完治していないのだから。
「おまえに会う度、キスして抱きしめるだけじゃなくて、本当はすっげー抱きたいと思ってるんだぞ」
「よかった……」
「たくさん上書きするって約束したろ?」
こくん、と聡子は頷いた。
「俺はいつだってやる気満々だぞ」
「もう……言い方!」
トモは胸を小突かれ、
「いてっ」
と笑った。
聡子の手を掴み、
「悪いことするやつには、こうしてやるぞ」
とキスをした。息が出来ずに藻掻く聡子の唇を貪る。
「んっ……っ……」
「口を塞いでやる」
口を塞いだあとに言うトモに、聡子は蕩けた眼差しを向けた。聡子は両手をトモの首筋に伸ばした。
「可愛いな」
「智幸さんだけですよ」
「俺だけでいいだろ」
「はい」
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