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第三話 徒花の王女
しおりを挟む扉が勢いよく開いた。
……あ、多分王室教師のユリス先生かな。
ぴっしりとした格好、まさに淑女の鏡みたいな人だな。確か、男爵夫人だったよね。
「ごきげんよう、ユリス先生。そんなに慌ててどうしましたの?」
「クロード公子との婚約破棄、よくやりました!!って、えええええ!!??どどどどどっ、どなたですかって聞きたいぐらいお美しくなられて!!」
あれ、この人騒がしい人だな……。
まぁだいぶイメージ変えたしな……。
「ありがとう先生。」
「あ、それと先程公爵様から預かった資料でございますわ」
「え!?はや……」
「差し支えなければ何の資料かお聞きしても?」
「王配候補のリスト。」
「なるほど」
「……ねぇ、ユリス先生。」
「何でしょう」
「王配となる人は、どのような人がよろしいと思いますか?」
そういうと、キョトンとしたようにユリス先生は目をぱちくりさせた。
「……先生?」
「し、失礼いたしました。…幼少の頃からあなたの教師をしておりますが、スノーリリー様はいつも大人びすぎていて、少し心配だったのです。……普通の乙女のように悩むこともあるのだな、と思いまして」
乙女じゃなくても結婚する人はかなり悩むよ…。
でも、心配してくれてるんだよね。
「……ありがとう、ございます。」
「え?」
「心配、してくれたんですよね」
「まぁ、いつも私はスノーリリー様の身を案じておりますわ。」
……めっちゃいい人じゃん。
私のことを気にかけて大切にしてくれる人は、女王になってからもきっと大事な味方になってくれる。
大事にしないとね。
「コホン。……どのような人が王配にふさわしいか、でしたね。……王配、つまりは女王の配偶者なわけですが、スノーリリー様は王配が国に関わることをいかがお考えでしょうか。」
「……王配が国に関わることは自然な形だと考えます。女の私には及ばぬ考えもあるでしょうから。二人で支え合っていけるような人が良いと考えますね」
「よろしい。ではそうですね……。
クロード公子と婚約破棄れたことはすぐ広まるでしょう。そうすると、美しくなられたスノーリリー様には縁談の話が殺到いたします。それが嫌だというのなら、そのリストから選ぶか、相応の位の貴族を自分で見つけるか、ですが……、どのような人、ですか。私個人としては……、スノーリリー様を大切にしてくれて、聡明な方ですね」
え、もっと厳しい感じのこと言われるかと思ってたのに……。
「意外でしたか?」
「す、少し。」
「あなた様が2人で支え合って国を造っていくことをお望みならば、愛してくれなくとも、配偶者はあなた様を大切にしてくれる人でなくてはならないと考えますわ。……あと、クロード公子のような人をもう一度選んでしまえば、二の舞です。ある程度聡明な方でないと」
「なるほど。参考になりましたわ。」
「いいえ。お役に立てたなら何よりですわ」
「……先生、これからも、私の先生でいてくださいね。」
「まあ嬉しい。言われずともお側におりますよ。」
やっぱり良い人だ……。
「では、ダンスレッスンを始めます。」
…え、私ダンスなんて踊れるんか?
「はい、では始めます。ワントゥースリー」
え!?あ……、体が勝手に動く。
……良かった。
「うん!上達されましたわね、スノーリリー様!」
「ありがとう存じます。」
「ではこれにて今日は失礼しますわね。ごきげんよう」
……今日の予定全部終了だな。
あーーっ、疲れた。
「入浴の準備が出来ました」
「ありがとう。」
入浴して、夕食を食べて、寝ようとした。……が、
眠れない。
常に正しい王女であろうとして、かなり疲れが溜まってるはずなのに……。
私がこの世界に転生してから、かれこれ1週間が過ぎようとしていた。
だが、1週間まともに私は睡眠を取れていなかった。どうしても、ゲームのように、寝ている間に殺されてしまうのではないか、と考えるといくら疲れていても、眠れないのだ。
「……スノーリリー様。お顔色が悪うございます。」
ネアが心配そうな目でそう言った。
「……ごめんなさいネア。庭園を少し歩いてくるわ。」
「お、お一人でですか?」
「庭園にも衛兵はいるし、何かあればすぐ呼ぶから…」
「わかり、ました」
1人で歩くことの方が何十倍も危険だ。
だけど今は、1人になりたい。
……いっそ睡眠薬で強引に眠るか?
まずこの世界に睡眠薬があるかどうか…、医者をよべば分かる話だけど…。
はぁ、と大きなため息をつきながら庭園を歩いた。
自然と花を見ると心が安らぐ…。
「ん?」
庭園にこんな花あったっけ…?
何か、すごく吸い込まれるみたいに、鮮やかで美しい花。"触れてみたい"と、思ってしまうぐらいに。
何故か自分は、この花が喉から手が出る程、欲しい。
花に手を伸ばした。
「いけないっ!それは毒です!!」
…え?手を掴まれた瞬間、何かがプツンと切れたようだった。そこからの意識が、なくなっていた。
「…リリー様、スノーリリー様!!」
「!」
ネアの泣きじゃくるような声で目が覚めた。
……えらく頭がスッキリしている。…私、あそこで気を失った……のか。
「スノーリリー様っ!先生!スノーリリー様が目を覚まされました!」
「あ、お気がつきになりましたか姫様。」
……あれ、さっきの、私の手を、掴んだ人?
「……この方は?」
「王宮専属医の先生です。あ、私お飲み物を持ってきます」
ネアが寝室を出ていった。
「先程手を掴むなど無礼をいたしました。…ですがアレは毒矢に使用される危険な花ですので、止めるしかなかったかと…。あの花は危険な香りで自然と触れたくなるような物ですから、触ってはいけませんよ。」
「……助けていただいたのですね。ありがとうございます、先生。」
「とんでもない」
…王宮専属医ってことは、国王の世話を任される医者でもある。そして、国一番の医者であるということだ。まだ若いのに……、すごいな。
にしても美形だー…。
このゲーム顔面偏差値高い。
「お父様の診察に行かなくても良いのですか」
「国王陛下の診察は終えましたので。…状態としては姫殿下の方が重症です。何日眠られてないんですか」
……さすが医者。バレたか。
「み、3日ほど」
「3日じゃないですよね」
「うっ……、1週間、寝れていません」
「1週間も!?何故…」
「別に寝れずとも仕事さえこなせれば良いのです。」
「……姫殿下」
心配そうな顔をしながら、先生は私の手を握った。
「こんな言い方は無礼を承知ですが、姫殿下はまだ17の女の子です。こんな仕事の仕方をしていれば、徒花ですよ」
徒、花…。徒花って外見は華やかでも、実質を伴わないってことの例え……、だよね?
このままじゃ、体を壊すってことか。
それは困る。これで終わってしまえば、スカーレットに王位継承権が移る。それは、いけない。
「何か不安なことでもあるのですか」
「……殺されるかもしれない、と思ってしまうのです」
「え?」
「初めてお会いする先生にこんなことを言うのもおかしな話なのですけれど…、寝ている間に殺されるのでは、と思ってしまうのです。」
会ったばかりの人にこんなこと言うなんてほんとどうかしてる…。相当疲れてるな……。
「……では、これを」
先生は、カバンの中から瓶を取り出した。
「……それは?」
「貴方様のように、眠るのが不安で身体を壊す方は少なからずいらっしゃいます。
睡眠薬とは異なりますが、これは睡眠作用がある花の香りが閉じこめてあり、邪な気を持つ者を遠ざける作用があります。ヤーナという花で、女神の愛する花ですからね。」
……そんな便利なものが。
「……ありがとう、ございます。」
「毒ではありませんが一応王宮薬剤師に鑑定してもらった方が良いでしょう。」
「助かりました。ありがとうございます」
と、微笑むと、先生は膝を折った。
「いいえ。もうじき我らの主君となられる姫殿下のお役にたてたのなら、何よりでございます。」
「…お名前、聞いてもいいかしら」
「コルゼ・アルティアと申します。」
……、アルティアって確か公爵家だよね。
乙女ゲームでもアルティアの長男が攻略対象だ。
だけど、この先生って攻略対象…ではなかったよね。
「私は6男ですので名前は知らなかったですよね」
ろ、6男。何人兄弟なんだ…。
「6男なのですね。でも立派ですわ。若くして王宮専属医だなんて。」
「まだ18ですので、未熟な部分はあると思いますけどね」
「い、一個上…。」
天才すぎない?いくらアルティアの人間とはいえ、王宮専属医はコネなんかでなれるものじゃない。
本当に努力しないと無理な職業だ。
「もう姫殿下がクロード公子との婚約破棄されたことは貴族中にもう知れ渡っていますから、父も兄を王配に進めようと必死でしたね。」
「名高いアルティア家の方にそう思っていただけるなんて光栄ですこと。先生に恋人はいらっしゃらないの?」
「残念ながらまだ。姫殿下のような素敵な女性に出会えればいいのですけど」
「え」
「あっ、いえっ、そういうことじゃなくって!
いやっ、あの、そういうことじゃないことないんですけど…」
「ぷっ…、あははははっ!」
「ひ、姫殿下!?」
「先生って面白いお方ですね。女の子扱いなんてされるの久しぶりですわ」
「そ、そんな!姫殿下は女の子じゃないですか」
「ふふっ、ますます面白い…。」
「で、ではこれで失礼しますよ!」
「はぁい。またお会いできればお話ししましょうね。」
「は、はい…」
徒花にはならないように、しっかりしよう。
…もうじきこの王宮の主は、私になるのだから。
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