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ろく ~ウィリアム
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ウィリアム目線
「お黙りになってといっているでしょう!!」
大声で怒鳴り、鋭い眼光でわたしを睨み付けるマーサ。
その姿は背中に悪寒が走るほど恐ろしかった。
こんなにも苛烈な妻を見るのは初めてだった。
チェルシーを守らなければ!
チェルシーの味方はわたししかいないのだ!
「あなたはご自分がチェルシーを追い詰めていることに気づかないのですか! この場でこの空気の中で好きなように食べるなんて出来るはずがありませんでしょう!チェルシーの気持ちをお考えになってください!!!」
後に続いた彼女の言葉はチェルシーを守るためのものだった。
この激しい怒りはチェルシーへではなく、わたしに向けられていることに今さら気付く。
呆然とするわたしのことなど見もせずに、マーサはチェルシーと食事を始めた。
チェルシーは嬉しそうにマーサの所作を真似て食事をする。
さっきの恐ろしさは一転、マーサのチェルシーを見る目は優しかった。
微笑み会う二人はまるで本物の母娘のようだ。
そして、二つのトマトが転がった時、マーサが盛大に吹き出して笑った。
その瞬間、わたしは頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
わたしはこの10年間、妻の何を見てきたのだ!
いや、違う、見ようともしなかった。
すでに朧気となってしまったソフィの面影だけを追い求めていたのだから。
わたしは‥‥わたしはなんと馬鹿な夫だっのだ!
妻はこんなにも強く、優しく、愛情深い女性だったというのに。
そんな彼女の心を傷つけ、踏みにじり続けてきたのだ。
謝らなければ‥‥‥
許してもらえるとは思わない。
それでもわたしは妻に謝らなければならない!
そして謝るわたしにマーサが返してきたのは冷たい視線と的確で辛辣な言葉。
「チェルシーをこの家に迎えるに当たって、わたくしになんの相談もしてくださらなかったことですか?それとも食堂に入ってきたわたくしに向けた最低最悪なあなたの視線のこと?」
「あなたはわたくしがチェルシーを無視したり虐めたりするとでも思ってらしたの?あなたの目にはわたくしはそういう女に映っていましたか?」
「チェルシー、これはあなたのせいじゃないのよ?あなたが来たことで私と夫の関係が壊れたわけではないの。私たちはあなたが来るずっと前から壊れていた、いえ、壊れるほどの絆も無かったのだから」
「あなたはこの10年、わたくしを妻として見たことがありまして?昔の恋人を探し続ける夫をわたくしがどんな気持ちで見てきたと思ってますの?」
わたしの頬に涙が伝う。
どこまでも自分勝手な自分が腹立たしくて、
すまない、すまないと繰り返し謝るしか出来ない自分が情けなくて、涙が止まらない。
そんなわたしを見て、マーサが呆れたように大きなため息を吐いた。
こんな夫に妻が呆れるのは当然だ。
馬鹿みたいにただ涙を流し続けるわたしに妻が言った。
「仕方ありませんわね、今回はチェルシーの可愛らしさに免じて許して差し上げてもよろしくてよ?ただし条件があります」
ゆ、許してくれると言うのか!!
こんなにも馬鹿な夫を‥‥‥
ああ、マーサ、何でもいい、何でもする!
土下座をしろというなら100回でも1,000回でもする!
靴の裏を舐めろというなら喜んで舐めて見せよう!
「あなたもそのトマト、転がして下さいな」
は?そ、そんなことで許してくれるのか?!
本当に?
わたしは震える手でフォークを持ちサラダの器に手を伸ばすと、マーサの言うとおりトマトをポンと弾いて飛ばした。
わたしのトマトが転がって、二つのトマトにぶつかる。
真っ白いクロスに真っ赤な三つのトマト。
それを見たマーサはにっこりと笑って言った。
「あなた、ここから始めましょう。過去より未来。あなたとわたくしとチェルシーで本当の家族を始めるのですよ」
その顔はまるで女神のように神々しく、美しい。
柔らかく暖かい毛布のようなマーサの微笑みが、わたしの身体を包み込みドロドロに溶かしていく。
わたしはフラフラと立ち上がり、マーサの前にひざまずいた。
「ああ、マーサ、どうかわたしと結婚してほしい。今度こそ‥‥今度こそ必ず君を幸せにすると誓う!」
「あら、まぁ、結婚11年目のプロポーズですか?ええ、お受けいたしましょう。わたくしもあなたを幸せにして差し上げますわ。覚悟なさって?絶対に三人で幸せになりますわよ!!」
わたしの心臓に力強い彼女の言葉が突き刺さった。
ああ、これはもう一生抜けることはないだろう。
わたしの瞼にチカチカと明星が光っては消える。
チェルシーが我が家に来たこの日、わたしは妻に恋をした。
わたしは馬鹿だ。
わたしは弱い。
最低のダメ夫だ。
それを自覚した自分にできることはただひとつ。
マーサを全身全霊で愛し抜くこと。
今、ここから始まったばかりの本当の家族。
このかけがえのない家族を守る為にこれからの人生の全てを捧げよう。
わたしは神にではなく、ソフィにでもなく、『自分の心』にそう誓ったのだった。
完
「お黙りになってといっているでしょう!!」
大声で怒鳴り、鋭い眼光でわたしを睨み付けるマーサ。
その姿は背中に悪寒が走るほど恐ろしかった。
こんなにも苛烈な妻を見るのは初めてだった。
チェルシーを守らなければ!
チェルシーの味方はわたししかいないのだ!
「あなたはご自分がチェルシーを追い詰めていることに気づかないのですか! この場でこの空気の中で好きなように食べるなんて出来るはずがありませんでしょう!チェルシーの気持ちをお考えになってください!!!」
後に続いた彼女の言葉はチェルシーを守るためのものだった。
この激しい怒りはチェルシーへではなく、わたしに向けられていることに今さら気付く。
呆然とするわたしのことなど見もせずに、マーサはチェルシーと食事を始めた。
チェルシーは嬉しそうにマーサの所作を真似て食事をする。
さっきの恐ろしさは一転、マーサのチェルシーを見る目は優しかった。
微笑み会う二人はまるで本物の母娘のようだ。
そして、二つのトマトが転がった時、マーサが盛大に吹き出して笑った。
その瞬間、わたしは頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
わたしはこの10年間、妻の何を見てきたのだ!
いや、違う、見ようともしなかった。
すでに朧気となってしまったソフィの面影だけを追い求めていたのだから。
わたしは‥‥わたしはなんと馬鹿な夫だっのだ!
妻はこんなにも強く、優しく、愛情深い女性だったというのに。
そんな彼女の心を傷つけ、踏みにじり続けてきたのだ。
謝らなければ‥‥‥
許してもらえるとは思わない。
それでもわたしは妻に謝らなければならない!
そして謝るわたしにマーサが返してきたのは冷たい視線と的確で辛辣な言葉。
「チェルシーをこの家に迎えるに当たって、わたくしになんの相談もしてくださらなかったことですか?それとも食堂に入ってきたわたくしに向けた最低最悪なあなたの視線のこと?」
「あなたはわたくしがチェルシーを無視したり虐めたりするとでも思ってらしたの?あなたの目にはわたくしはそういう女に映っていましたか?」
「チェルシー、これはあなたのせいじゃないのよ?あなたが来たことで私と夫の関係が壊れたわけではないの。私たちはあなたが来るずっと前から壊れていた、いえ、壊れるほどの絆も無かったのだから」
「あなたはこの10年、わたくしを妻として見たことがありまして?昔の恋人を探し続ける夫をわたくしがどんな気持ちで見てきたと思ってますの?」
わたしの頬に涙が伝う。
どこまでも自分勝手な自分が腹立たしくて、
すまない、すまないと繰り返し謝るしか出来ない自分が情けなくて、涙が止まらない。
そんなわたしを見て、マーサが呆れたように大きなため息を吐いた。
こんな夫に妻が呆れるのは当然だ。
馬鹿みたいにただ涙を流し続けるわたしに妻が言った。
「仕方ありませんわね、今回はチェルシーの可愛らしさに免じて許して差し上げてもよろしくてよ?ただし条件があります」
ゆ、許してくれると言うのか!!
こんなにも馬鹿な夫を‥‥‥
ああ、マーサ、何でもいい、何でもする!
土下座をしろというなら100回でも1,000回でもする!
靴の裏を舐めろというなら喜んで舐めて見せよう!
「あなたもそのトマト、転がして下さいな」
は?そ、そんなことで許してくれるのか?!
本当に?
わたしは震える手でフォークを持ちサラダの器に手を伸ばすと、マーサの言うとおりトマトをポンと弾いて飛ばした。
わたしのトマトが転がって、二つのトマトにぶつかる。
真っ白いクロスに真っ赤な三つのトマト。
それを見たマーサはにっこりと笑って言った。
「あなた、ここから始めましょう。過去より未来。あなたとわたくしとチェルシーで本当の家族を始めるのですよ」
その顔はまるで女神のように神々しく、美しい。
柔らかく暖かい毛布のようなマーサの微笑みが、わたしの身体を包み込みドロドロに溶かしていく。
わたしはフラフラと立ち上がり、マーサの前にひざまずいた。
「ああ、マーサ、どうかわたしと結婚してほしい。今度こそ‥‥今度こそ必ず君を幸せにすると誓う!」
「あら、まぁ、結婚11年目のプロポーズですか?ええ、お受けいたしましょう。わたくしもあなたを幸せにして差し上げますわ。覚悟なさって?絶対に三人で幸せになりますわよ!!」
わたしの心臓に力強い彼女の言葉が突き刺さった。
ああ、これはもう一生抜けることはないだろう。
わたしの瞼にチカチカと明星が光っては消える。
チェルシーが我が家に来たこの日、わたしは妻に恋をした。
わたしは馬鹿だ。
わたしは弱い。
最低のダメ夫だ。
それを自覚した自分にできることはただひとつ。
マーサを全身全霊で愛し抜くこと。
今、ここから始まったばかりの本当の家族。
このかけがえのない家族を守る為にこれからの人生の全てを捧げよう。
わたしは神にではなく、ソフィにでもなく、『自分の心』にそう誓ったのだった。
完
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