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   2章5部 ミルゼ教の儀式

復活

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 シンヤたち四人は無事ミリーとゼノに送ってもらい、アルスタリア前線基地跡地内部へと侵入していた。
 防壁に囲まれた中は、簡易式の宿屋や医療所、武器、食料庫の建物などがあちこちに建てられている。ここで驚くのは前線基地内部のほぼ全域に、巨大な魔法陣のようなものがかれているのだ。しかもそれは不気味な赤色の光を放っているという。そして赤黒く染まっている夜空には相変わらず禍々まがまがしい黒い球体の卵が浮いており、先ほどよりも魔の純度が濃くなっているのがわかった。
 魔法陣の中心付近は開けた場所になっており、邪神の眷属であるミルゼが両腕りょううでを黒い卵に伸ばしている。そして彼女を取り巻くように、ミルゼ教信者たちが祈りを捧げていた。

「お主ら、本当に運がいいな。一日で二度の奇跡をおがめるのだから」

 ミルゼたちの方へ向かっていると、儀式の中心付近からレネが悠々ゆうゆうと歩いてきた。

「魔人レネ」
「さて、もう一度ゲストとしておとなしくするなら、特等席でこの歴史的瞬間に立ち会わせてやるぞ」

 レネは手を差し出し、意味ありげにほほえみかけてきた。

「今回ばかりは、指をくわえて見てるわけにはいかないな。そいつを復活させて、アルスタリアを襲わせる気なんだろ?」
「くくく、あの街はワレらが動き出したことを知らしめるのに、ちょうどいいからな。なにせあれほどの重要拠点が壊滅したとなれば、その悲報は瞬く間に広がり人間たちへ衝撃を与えるだろう。災禍さいかの六大魔獣の一体が復活し、破壊の限りを尽くしたと。これにより人類は今まで多大な被害をこうむり倒してきた強敵たちと、再び戦わなければならないという絶望を突きつけられることになるのだ!」

 レネはテンション高く、どこか芝居しばいがかったように告げてくる。

「それでアルスタリアを」
「敵の戦意を下げつつ、おまけに各国の交易面に多大なダメージを与えられるというわけだ」
「ふん、冒険者ギルド本部がある、アルスタリアを狙ってくるなんていい度胸ね! アタシたちがいる限り、あの街に危害は加えさせないんだから!」

 不敵な笑みを浮かべるレネに対し、レティシアはカタナをサヤから抜き宣言した。

「冒険者か。そんな少数でここまで攻め込んでくるとは、恐れ入ったよ。お前たち冒険者の評価を改めなければならんようだ。このままだとクリスタルガーゴイルもやられかねんしな。――とはいえあやつを倒されアルスタリア進行を阻止されたとしても、実験が成功した事実だけで十分すぎる成果だ」
「実験?」
「人間たちに倒され、大地にはびこる邪神の怨念おんねんの中に溶け込んでいったクリスタルガーゴイルの思念しねん。それをミルゼさまが眷属化したラインをたどり、見つけて呼び起こす。そして信者たちの力を借り、この地の邪神の怨念を活性化させるのだ。あとは湧き出る闇の力をクリスタルガーゴイルの思念体にそそいでいき、かつての肉体を取り戻させる。これが今回の実験の全容だ。もしこの試みが成功すれば、これまで敗れた同胞たちを復活できることが証明される!」

 レネは上空に浮かぶ巨大な卵に手を伸ばしながら、実験の詳細をかたっていく。

「その事実を元に、我々は災禍の六大魔獣や魔人たちを次々に復活させ戦力を増強し、再びこの世界に混沌をまき散らしていくのだ! くくく、それまで震えて待っているがいい、人間たちよ。審判しんぱんの日は、そう遠くはないぞ!」

 そして彼女は伸ばした手を意味ありげににぎりしめ、シンヤたちに向けて声高らかに予見した。

「――おいおい……、ハクアの言ってた通り、とんでもないことをたくらんでやがるな……」
「え!? え!? シンヤ、どうすればいいのかな!? このままだとこの世界が大変なことに!?」

 トワがシンヤの腕にしがみつき、あわあわしだす。
 彼女の気持ちもわからなくはない。このままではかつての大戦で倒したはずのバケモノクラスの敵が、次々に復活し人類に牙を向いてくるのだ。以前はなんとか倒せたかもしれないが、今回も同じく倒せる保証なんてない。しかも向こうの出方しだいで、いったいどうなることやら。ヘタすれば瞬く間に滅ぼされかねないだろう。

「くくく、そういうわけだ。もうまもなくクリスタルガーゴイルは完全復活し、実験は成功を告げる! 今、ミルゼさまは手が離せんゆえ、それまでワレが時間を稼がせてもらおう」

 レネが優雅に臨戦態勢を取り、立ちふさがる。

「あー、もう! 今度はあの魔人! もう目標まで目と鼻の先なのに!」
「オレたち二人だけでおさえたいところだが」
「そうつれないことをいうではない。全員で来てくれないとな」 

 時間はないためここはシンヤとレティシアがレネを抑えこみ、トワとイオにはあの黒い卵をなんとかしにいってもらいたいところ。だがレネの視線はこの場の全員をとらえており、誰一人先に進ませてはくれなさそうだ。
 どうすべきか迷っていると。

「はい、おわりー。書き換えたよー」

 さっきから瞳を閉じてなにやら思考をめぐらせていたイオが、地面に手を置く。
 次の瞬間、不気味な赤い光を放っていた魔法陣が、突然んだ青い光を放ち始めたのだ。

「え? イオ?」
「おい、なにをしたお主ら」

 さっきまで余裕そうにしていたレネの表情に、あせりが生まれる。

「レネ、まずい。なぜか逆流しだした。このままだとクリスタルガーゴイルに吸収させた魔の力が抜けて、どんどん弱体化してしまう」

 そしてミルゼが慌てた様子で、レネの元へと駆けよってくる。

「逆流だと? まさかワレの構築した術式を逆算し、書き換えたというのか。なかなか味な真似を……。すぐに修復せねば」
「むだー、もうこの術式はいおのものー」

 地面に手を当て魔法陣に干渉しようとするレネに、イオはむふんと得意げに鼻をならす。
 よくわからないが、どうやらイオがなんとかしてくれたらしい。彼女は魔法でシステムを構築したりするのが得意だと言っていたため、その技能を存分に発揮してくれたのだろう。現在、術式を書き換えただけでなく、レネが干渉して書き換えさせないように掌握しょうあくし続けてくれているようだ。
 これまで肝心かんじんなときにあまり頼りにならなかったイオだが、今はとことん頼もしく見えていた。

「くっ、完全に乗っ取られているな。こんな有能な魔法使いを連れてきているとは。うかつだったよ」
「レネ、ならその女の人を殺して書き直せばいい、――うっ……」

 ミルゼが前に出て戦闘態勢を取ろうとするが、急にふらつきひたいを押さえだした。

「ムリするな、ミルゼさまよ。すでにこの儀式に力を使いすぎて、もう満足に戦えんだろう。ここはワレがと言いたいところだが、勇者たち相手では倒すのに時間がかかる。それにうまく殺れたとしても、これほどの魔法のウデを持つものだ。自分が倒されたあとの時間かせぎとして、術式のあちこちにプロテクトを掛けていることだろう。もはや時間は掛かる一方、クリスタルガーゴイルはどんどん弱体化していく……。――はぁ……、ここいらで潮時のようだ。これまでの経過から実験は成功も同然だしな。口惜しいが、完全復活は諦めるとしよう」

 レネは思考したあと、肩をすくめながら進言した。

「――わかった……。クリスタルガーゴイル、目覚めて」

 するとミルゼがしぶしぶその提案を受け入れたようで、黒い卵へ手を向け告げる。
 その直後、黒い卵が激しく脈動し、からにヒビが。大気が震えだし、辺り一面に重圧が押し寄せてくる。

「なっ!? まさかもう出てくるのかよ!?」
「きゃ!?」

 トワが恐怖のあまりか、シンヤへと抱き着いてくる。

「イオ、どうにかできないのか?」
「えー、むちゃいわないでー」

 イオはさすがにそれは想定外すぎてどうしようもないと、首をぶんぶん横に振った。
 そして次の瞬間、黒い卵の殻がはじけ飛び、禍々しいオーラがあふれだす。それに思わず目を閉じ、再び開けると。

「ガァァァァァ!」

 地面に着地したクリスタルガーゴイルが雄たけびをあげた。
 全長四メートルの巨体、大きな翼、いかなるものも切り裂くと言わんばかりのするどい爪。そしてなにより目を引くのは、全身がいかにも硬そうなクリスタルで構成されていることだろう。一見クリスタルゆえきれいに見えるが、まとっている魔のオーラのせいで物々しく感じてしまう。ただクリスタルの身体のあちこちにヒビが入っており、完全な姿で復活したわけではなさそうだ。

「こいつがクリスタルガーゴイルか」
「ひっ!?」

 その威圧感はまさに、災禍の六大魔獣と呼ばれるにふさわしいレベル。
 トワは萎縮いしゅくしてしまい、震えていた。

「これで弱体化してるなんてまじかよ」
「ふふっ、でもシンヤ、これならアタシたちでもギリギリなんとかなるかもね」
「ははは、確かに。どうやらみんなでがんばった甲斐かいが、あったみたいだな」
「クリスタルガーゴイル、かつての雪辱せつじょくを晴らして」

 ミルゼはクリスタルガーゴイルの足に手を当て、粛然しゅくぜんと告げる。

「ではあとは任せたぞ、クリスタルガーゴイル、勇者の相手をするのもよし、アルスタリアへ再び進行するもよし。好きにするといい」

 レネはミルゼの元へと歩いていきながら、クリスタルガーゴイルに命令を。
 そしてミルゼとレネはこの場から去っていく。ほかの信者たちも彼女たちについていった。実験は終わったため、もうこの場に用はないみたいだ。みなで黒い霧に包まれ、姿を消していく。

「ガァァァァァ!」

 クリスタルガーゴイルがトワをにらみつけて吠えた。
 彼女が勇者ということがわかったのだろうか。復讐心からか殺意がにじみでていたといっていい。完全にトワをターゲットと見さだめていた。

「えー!? なんかわたし狙われてないかな!?」

 これにはビクンと震えあがるトワ。

「ははは、これはいいな。アルスタリアへ飛んで行かれてたら、手だしできないところだったぜ」

 今一番困るのはシンヤたちを無視して、クリスタルガーゴイルがアルスタリアを狙いにいくこと。さすがに上空に逃げられると、シンヤたちではどうすることもできない。アルスタリアの方へ戻るとしてもここからでは時間が掛かってしまい、その間に街が大混乱になるのは明白だっただろう。敵が勇者であるトワを優先してくれて、幸いであった。

「シンヤ!? 狙われるわたしからしたら、全然よくないんだけど!?」

 涙目のトワがシンヤの腕をグイグイ引っ張りながら、抗議してくる。

「ははは、そう言うなって。トワはおとりとして、このままやつを引きつれてくれ」
「えー!?」
「さあ、やるぞみんな! 敵がトワを標的に見さだめている今がチャンスだ! アルスタリアへ向かう前に、仕留めるぞ!」

 シンヤはリボルバーをクルクルガンスピンし、銃口をクリスタルガーゴイルへと向ける。そしてみなに号令を。
 こうしてシンヤたち四人と、クリスタルガーゴイルの戦いが始まるのであった。

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