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30. ドレス

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「ドロテア様?!」
急に大きな声を上げたドロテアに、その場にいた誰もが驚いていると、彼女は狼狽えながらも必死に説明を続けた。

「殿下の身代わりをルカス様がなさるって事は、ルカス様が殿下に変わって大勢の御令嬢のお相手をなさるのでしょう?そ、そんなのダメですわ!!……さ、流石に誰かにバレますわ!」
そう訴えかけて、それからドロテアはアイリスの方を向くと、キッと睨んで来たので、アイリスは咄嗟に彼女の考えを理解した。

ルカスの事が好きなドロテアは、彼が色々な御令嬢とダンスを踊る事が嫌なのだ。だからそのような状況になる提案をしたアイリスに、余計な事を言うんじゃ無いと言う意味の無言の抗議の目線を向けたのだった。

「確かに……。ダンスだけならともかく、多くの御令嬢と会話をしたら、いくら殿下の側にいつも控えている私が演じたとしても、どこかで綻びそうですね……」
ドロテアからの指摘に、ルカスは再び難しい顔をして考え始めたので、仕方なくアイリスはドロテアの気持ちも考えて、当初の提案通り仮面をつけて殿下の相手役を務める事を了承したのだった。

目立ちたくないという想いも本当なのだが、アイリスだって全くレナードと踊りたく無い訳では無かった。むしろ、舞踏会で踊るなんて、想像すると心が高鳴るくらいだった。
けれども、彼と踊ってしまったら、益々この気持ちが強くなってしまうのでは無いか。そんな事を恐れていたのだ。
しかし、彼を助ける為には自分が側に控えているしか方法はないのだ。それが分かっているのでアイリスは腹を括った。

「……分かりました。殿下のお相手役、お受け致しますわ……」
これが最良なのだろう、これしか方法は無いだろうと、アイリスは様々な想いを押し込みレナードを助けると思って彼と踊る事を承諾したのだった。

「有難う!アイリス嬢!」
レナードが嬉しそうにお礼を言うので、アイリスは少し動揺した。
まるで彼が自分と踊る事を望んでいたのでは無いかと錯覚しそうになって、そんな恐れ多い事があるわけ無いと、その考えは直ぐに霧散させた。

「けれども問題もあります。私、夜会に着れるようなドレスを持って来ておりませんわ。」
家から一ヶ月限定の侍女として急に王城に連れて来られたのである。荷物に夜会用のドレスなど紛れ込ませていないのだ。

「そうですね……ドロテア様、貴女の手持ちのドレスをアイリス様に貸していただけないですか?」
「かしこまりました。ルカス様のお頼みならば、直ぐに用意しますわ!」
ルカスに頼られた事が嬉しくて、ドロテアは嬉々としてこの依頼を快諾したのでこの問題は解決したかのように思われた。

けれども、このやり取りにレナードが待ったをかけたのだ。

「待ってくれ。アイリス嬢のドレスは、こちらで用意させてくれないか?」
突然の彼の発言に、ルカスも、ドロテアも、そしてアイリス本人も、驚いで皆一斉にレナードの方を見たのだった。

「あ……いや、ドロテアに迷惑をかけるのも悪いし、その……アイリス嬢には余りにも迷惑をかけ過ぎているので、お詫びの意味も込めて、ドレス位贈らさせて貰えないだろうか?」

このレナードの申し出に、ルカスは真顔のまま主君を見つめ、ドロテアは何かを察して嬉しそうに口角を上げて微笑み、そしてアイリスは戸惑った。

きっと他意は無いのだろうと思うが、王太子からドレスを贈られたという事実が知れ渡ってしまったら、今以上に御令嬢達から恨みを買ってしまうし、既にアーネストから接触があったように第二王子派からも目を付けられてしまうかもしれない。
そう考えると、この申し出を素直に受け入れられなかったのだ。

「お心遣い有難うございます。ですが、私の為に新しいドレスを用意して頂くのは恐れ多いので、ドロテア様からドレスをお借り出来ないでしょうか。」
余計な波風を立てぬよう、アイリスはレナードの申し出を丁寧に固辞して、ドロテアからドレスを借りる事を選んだ。それが一番丸く収まると思ったからだ。

けれども、事態は思うように纏まらなかった。
そんなアイリスの頼みを、何故かドロテアは拒否したのだった。

「えっ……?嫌よ。新品を用意してくれるって言っているのだから、素直にレナード様に贈らせなさいよ。」
先程ルカスに言われた時は喜んで貸すと言っていたのに、たった数分で、ドロテアはどういう訳か考え方を変えてしまったのだ。

「そんな、私なんかが殿下からドレスを贈って貰うなんて、恐れ多いです!」
「まぁ、公爵令嬢ですある私のドレスをサイズが合うように手直しまでした上で借りる事は恐れ多くないとでも仰るの?!」
「決してそう言った意味ではなく……ただ、殿下からドレスを贈られたなんて噂が広まってしまったら、私、本当に外を歩けなくなってしまいます……」

一体何故、ドロテアが考えを変えてしまったのか全くわからないアイリスは、とにかく困ってしまった。

夜会に出るのは命令みたいなものだから、ドレスは仕事をするための支給品、制服だと思って、何も気にせずに受け取るべきなのか。
しかし、そうだとしても、周囲はきっとそのように捉えてくれない……。

ぐるぐると思考のドツボにハマってしまって、俯いたまま固まってしまった。

そんなアイリスを見かねて、ドロテアは、はぁとため息を吐くと、力強い言葉で高らかに、この場を取り仕切ったのだった。

「貴女の考えは分かったわ。私に任せなさい。ルカス様、今直ぐここに服飾職人を呼んで、何着かドレスを持って来させて下さいませ!!」

何か策があるのか、ドロテアはレナードとアイリスを見遣ると自信に溢れた顔で微笑んだのだった。
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