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45. 優先順位

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「直ぐに手当を!!」
「カリーナ、取り敢えず彼女に応急処置をしてあげて。」
「かしこまりました。服を脱がせますので、殿下たちは向こう側を向いていて下さい。」

左肩を切られたアイリスを手当てする為に、一同は直ぐに行動に移った。
まず、ただでさえ狭い部屋に明らかに定員オーバーな人数が集まっていたので、治療の邪魔になるからとカーリクスにバートラント卿を連行させると、残った男性陣達は言われた通りにアイリスに背を向けさせた。

そして唯一の女性であるカリーナはアイリスのシャツを破いて傷を確認すると、肩から鎖骨にかけて切り裂かれたその傷は、出血は多いものの、致命傷になるほどでは無かったので一先ずは胸を撫で下ろした。

そしてカリーナは持っていたハンカチを傷口に当てると、自身の身に付けていたエプロンを解いて、当て布が動かないようにと、強く縛って固定したのだった。

麻酔も薬も何もないただの応急処置。
アイリスは痛みで声を上げそうになったが、声を押し殺して堪えた。自分が、辛そうな声をあげると、きっとレナードが自分を責めてしまうから。

そうして、アイリスが痛みに耐えながらカリーナの治療を受けていると、急に、ドサッと言う音が部屋の中に響いたのだった。

「え……殿下……殿下?!」
最悪な事に、今この場で、レナードの呪いが発動したのだった。

「なんだ?!レナードはどうしたんだ?」
事情を知らないアーネストは当然訝しがったので、ルカスは、それが当然であるかのように、至って冷静に、この状況を誤魔化す説明をしたのだった。

「……殿下は、ここ数日寝不足でして、アイリス様が救出できて気が緩んだのでしょう。」
「……急に寝たと言うのか?今寝るような場面じゃないだろう?!?!」
「左様でございます。よほどお疲れだったのでしょう。」
「確かに寝ているが……」
当然そのような説明ではアーネストは納得しなかったが、それでもルカスは、実に堂々と、それが真実であるかのように言ってのけたのだった。

「お疲れですのでしばらくここで寝かせてあげてください。私が付き添いますので。さぁ、アーネスト殿下はお気になさらずどうぞ先にお戻りください。」
「僕を遠ざけたいの?」
「とんでもございません。」
アーネストは食わせ者だが、ルカスも彼に引けを取らずに中々だった。二人はお互いに笑顔を作って無言で向き合うと、どちらも引く様子を見せなかった。

暫く沈默が続いて、先に折れたのはアーネストの方だった。
「……まぁ良いよ。彼女の治療の方が先だしね。カリーナ、彼女を医療室まで連れて行ってあげて。」
アーネストはわざとらしく大きなため息を吐いてそう言った。
アーネストはルカスの性格をよく知っていたので、彼が隠しているレナードの異変を自分に話す事は絶対に無いだろうと見極めて、この押し問答は無意味であると気付いたのだ。

そして、カリーナに介抱されているアイリスを見遣ると、彼女の治療を優先させた方がここでの最良だと判断したのだった。

「あっ……大丈夫ですわ!カリーナ様の応急処置だけでもうすっかり元気に……痛っ!!」

急に話を振られてアイリスは焦った。
レナードは呪いで眠ってしまっているから、早く自分が口付けをしなくてはいけないのに、アーネストとカリーナの前でそれは出来ない。

何とかして二人を退室させて、且つ、自分がこの部屋に残る方法を考えていたので、アイリスを気遣っての提案であったが、医者の治療は後回しにしたかったのだ。

なので、傷など大した事ないと言う事をアピールする為に腕を大きく動かしてみせたのだが、想像を超える激痛が走ってしまい、我慢出来ずに声を上げてしまったのだった。

「ダメです!!動かさないでください。早く医者に見せて傷口を縫って貰った方が良いですよ!!」
無茶をした事で、支えてくれているカリーナに怒られてしまった。彼女は純粋にアイリスの怪我を心配してくれているのだ。

「で……でも……」
言い淀んでアイリスはルカスの方を見た。レナードが眠っているのに自分がこの場を去るのを彼が許してくれるとは思えなかった。
しかし、彼の口から出た言葉はアイリスの予想とは違ったのだ。

「……アイリス様、手当をして貰って来てください。ここは私が引き受けますから。」
常にレナード第一で、人の気持ちなど全く考えないルカスが、アイリスに治療を受けるように勧めたのだ。
彼女が居なければレナードの眠る呪いが解けない事は分かっているのに、それでも、レナードの事よりも、アイリスの怪我を優先させたのだ。

これには、アイリスも目を丸くして驚いた。

「……いいのですか?」
「……当たり前でしょう。怪我の治療の方が優先です。」
「……ルカス様承知しました。……それではカリーナ様、よろしくお願いします。」

正直痛みが限界だったので、アイリスはルカスの許しが出た事で、素直にカリーナに医務室まで連れて行ってくれるようにお願いした。

レナードの事は心配であったが、アーネストの目がある手前、頑なに治療を拒否する方が不自然だったので、アイリスは一旦この場を去って、治療が終わったら直ぐに戻って来る事にしたのだ。

部屋を出る前に、アイリスはルカスと目配せをすると、カリーナとアーネストに付き添われて、実に三日ぶりに閉じ込められていた部屋から出たのだった。
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