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第六章 その祈り、届かなくとも……
569 封印の石
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「勇者殿いくらなんでもそういう冗談は……」
「冗談ではない。もし疑うなら大聖堂に問い合わせすればよい」
うおい! 止めたいが、ここで割り込んだらますますこの指揮官が頑なになりそうだし、どうしたらいいんだ?
「あの、騎士さま?」
そこへ聖女が歩み寄って来た。
「おお、これはいと尊き聖女さま。このような血に汚れた場所で我らをお守りいただき、申し訳なくも、感激することしきりです」
指揮官は膝をつくと聖女の手を取ろうとした。
聖女はビクッとして勇者の後ろに隠れる。
うーん、人見知りはなかなか治らないな。
指揮官は少し残念そうに手を引っ込めた。
「あの、結界はまだ大丈夫なのですが、ほかの騎士さまたちの疲労が大きく、私の癒しの魔法で支えるのも限界が近くなっています。そこで、騎士さま方は撤退してここは一度封鎖してしまってはいかがでしょうか?」
「封鎖とは?」
「わたくしと勇者さまで簡易的な封印を行います。それでこれ以上の流出は止められると思うのです。幸い、魔物が溢れ出ている範囲は狭いようですから」
なるほど。
元を絶ってしまえば後は入り込んでしまった魔物を倒せばいいだけ。
さすがは聖女さまだ。
「なんと、そのような手段が! そうであれば我らも本隊との連絡を取りたいところでありました。いったん戻り街の様子を確認しましょうぞ」
「では後は俺たちに任せてお前たちはさっさと撤退するがいい。ただし、彼の言ったように街のほうが無事な保証はない。一度休んで状態を立て直し、何があっても対応出来るようにして戻れ」
感激したように言う指揮官に、勇者が突き放すように命じる。
もちろん彼とは俺を見て発せられた言葉だ。
「……はっ」
指揮官は勇者の言葉を受けて、俺をちらりと見て返事をした。
聖女と勇者に深々と礼をすると、何やら少し葛藤した末に俺に小さく会釈をしてきびすを返す。
責任ある立場で大変なんだろうなと、その背中を見送った。
「全く失礼な奴だ。師匠の言葉に耳を貸さないなどと」
「失礼なのはお前だ! 何が英雄だ! 偉いさんの前で俺を持ち上げるなと言っただろうが!」
「え? 師匠とは呼ぶなとは言われたけど、師匠を褒めるなとは言われてない」
こいつ。
「師匠。現実問題として師匠が発言出来ないのは害ばかりでまったく利がないことだぞ。大聖堂だって師匠を英雄と認めているんだからそれぐらい受け入れればいいだろ。俺だって勇者をやってるんだぞ!」
「お前と一緒にするな。俺は平民だしああいう風な扱いは本来仕方ないんだぞ。……とはいえ、冒険者ってのは実は身分制度のなかで地位がはっきりしない職業でな。まぁ普通は一般人よりも下に思われている場合がほとんどなんだが、意外と現場での直言は通ることも多い。それでつい口を出しちまった。見た感じあの騎士さまはあんまり冒険者と関わったことがないみたいだし、そういう感覚がなかったんだろう」
「だからそういう権威を大事にする連中には箔付けが必要なんだって。いいだろ、本当のことなんだから」
勇者が一歩も引かない。
くっ、ちょっとだけ勇者の言葉のほうが正しいような気がして来てしまった。
いやいや、ここでなし崩し的に認めるとのちのち絶対大変なことになる。
ここが踏ん張りどころだ。
「それより、お前とミュリアで封印をするんだろ? 封印ってのはあれか、湖の迷宮でやったような固定式の結界のことか?」
「はい、そうです」
聖女がうれしそうに答える。
「今回の魔物の暴走は、魔物に異常があったというよりも何かに呼ばれたというようなもののようですし、そうなればそれは魔法的な何かだと思われます。そこで魔法を遮断する結界をこの街道沿いに設置すれば森の魔物の暴走は止まるのではないかと」
「なるほど、やってみる価値はあるな。ええっと、確か何か触媒が必要なんだっけ?」
「はい。それは、先ほどお二人が倒したという巨人の核のかけらがたくさんありましたので、あれを使わせていただこうかと」
「わかった。分け前的な話ならメルリルとフォルテに確認してみるが、まぁ問題ないだろ」
俺がうなずくと、勇者も肯定する。
「俺たちのほうはもとより報酬を必要とはしないしな」
という訳で、ボロボロで行軍も大変そうな辺境騎士団に聖女が「天使の行進」という疲労を軽減する魔法をかけてやり、泣いて感激されながら去って行くのを見送った。
部隊の指揮官は何やら俺をずっとちらちら見ていたが、俺はずっと視線を反らし続けることで対処した。
ものすごく気にしているな、あの人。
巨人の核は、最初はきれいな断面で真っ二つになっていたのだが、時間と共にいくつかに分裂した。
なんでも巨人の意思によってつながっていた回路が崩壊したからとかなんとか、専門的な話を勇者がしていたが、使えるならどうでもいい。
「こういう無機物の魔物の核は魔鉱石よりも魔宝石に近い。純粋な魔力の塊なんで使いやすいようで使いにくいんだ。本来は魔道具を媒介にして効果を及ぼすんだが、まぁものが封印なんで、単純な作用だし、暴走したりはしないだろう」
「いやまて、暴走する危険があるのか?」
勇者の説明に思わずツッコむ。
「だから大丈夫だろうという説明をしただろ」
「大丈夫そうに聞こえなかったから確認したんだ」
「師匠、この結界はいわば魔力を空中に散布するようなもんなんだ。だから暴走したところで効果は変わらない。十中八九は暴走しないけどな。俺とミュリアがやるんだぞ?」
「わかった。その説明で安心した」
暴走しても結果が変わらないならまぁ大丈夫だろう。
それから聖女と勇者は、聖女が魔法を巨人の核のカケラに対して唱え、光り出した核のカケラに勇者が自分の魔力で何か文様を描いていくという作業を行った。
もちろん俺たちはその作業をじっと眺めていた訳じゃない。
メルリルが風の精霊に働きかけて、森を出ようとする魔物に強風を吹き付け、相手の行動を阻害した状態で俺と聖騎士とモンクで危険度の高い魔物から始末していたのだ。
群れる魔物が少なかったのが幸いだが、逆に言えば群れる小さめの魔物はすでに森の外に出た後だったということでもある。
群れを作る小さめの魔物は人里近くに棲み付きやすいのだ。
「よし、出来た。これを問題の範囲に埋めて行こう」
一番時間を食ったのが、この封印の石を埋める作業だったのは言うまでもない。
「冗談ではない。もし疑うなら大聖堂に問い合わせすればよい」
うおい! 止めたいが、ここで割り込んだらますますこの指揮官が頑なになりそうだし、どうしたらいいんだ?
「あの、騎士さま?」
そこへ聖女が歩み寄って来た。
「おお、これはいと尊き聖女さま。このような血に汚れた場所で我らをお守りいただき、申し訳なくも、感激することしきりです」
指揮官は膝をつくと聖女の手を取ろうとした。
聖女はビクッとして勇者の後ろに隠れる。
うーん、人見知りはなかなか治らないな。
指揮官は少し残念そうに手を引っ込めた。
「あの、結界はまだ大丈夫なのですが、ほかの騎士さまたちの疲労が大きく、私の癒しの魔法で支えるのも限界が近くなっています。そこで、騎士さま方は撤退してここは一度封鎖してしまってはいかがでしょうか?」
「封鎖とは?」
「わたくしと勇者さまで簡易的な封印を行います。それでこれ以上の流出は止められると思うのです。幸い、魔物が溢れ出ている範囲は狭いようですから」
なるほど。
元を絶ってしまえば後は入り込んでしまった魔物を倒せばいいだけ。
さすがは聖女さまだ。
「なんと、そのような手段が! そうであれば我らも本隊との連絡を取りたいところでありました。いったん戻り街の様子を確認しましょうぞ」
「では後は俺たちに任せてお前たちはさっさと撤退するがいい。ただし、彼の言ったように街のほうが無事な保証はない。一度休んで状態を立て直し、何があっても対応出来るようにして戻れ」
感激したように言う指揮官に、勇者が突き放すように命じる。
もちろん彼とは俺を見て発せられた言葉だ。
「……はっ」
指揮官は勇者の言葉を受けて、俺をちらりと見て返事をした。
聖女と勇者に深々と礼をすると、何やら少し葛藤した末に俺に小さく会釈をしてきびすを返す。
責任ある立場で大変なんだろうなと、その背中を見送った。
「全く失礼な奴だ。師匠の言葉に耳を貸さないなどと」
「失礼なのはお前だ! 何が英雄だ! 偉いさんの前で俺を持ち上げるなと言っただろうが!」
「え? 師匠とは呼ぶなとは言われたけど、師匠を褒めるなとは言われてない」
こいつ。
「師匠。現実問題として師匠が発言出来ないのは害ばかりでまったく利がないことだぞ。大聖堂だって師匠を英雄と認めているんだからそれぐらい受け入れればいいだろ。俺だって勇者をやってるんだぞ!」
「お前と一緒にするな。俺は平民だしああいう風な扱いは本来仕方ないんだぞ。……とはいえ、冒険者ってのは実は身分制度のなかで地位がはっきりしない職業でな。まぁ普通は一般人よりも下に思われている場合がほとんどなんだが、意外と現場での直言は通ることも多い。それでつい口を出しちまった。見た感じあの騎士さまはあんまり冒険者と関わったことがないみたいだし、そういう感覚がなかったんだろう」
「だからそういう権威を大事にする連中には箔付けが必要なんだって。いいだろ、本当のことなんだから」
勇者が一歩も引かない。
くっ、ちょっとだけ勇者の言葉のほうが正しいような気がして来てしまった。
いやいや、ここでなし崩し的に認めるとのちのち絶対大変なことになる。
ここが踏ん張りどころだ。
「それより、お前とミュリアで封印をするんだろ? 封印ってのはあれか、湖の迷宮でやったような固定式の結界のことか?」
「はい、そうです」
聖女がうれしそうに答える。
「今回の魔物の暴走は、魔物に異常があったというよりも何かに呼ばれたというようなもののようですし、そうなればそれは魔法的な何かだと思われます。そこで魔法を遮断する結界をこの街道沿いに設置すれば森の魔物の暴走は止まるのではないかと」
「なるほど、やってみる価値はあるな。ええっと、確か何か触媒が必要なんだっけ?」
「はい。それは、先ほどお二人が倒したという巨人の核のかけらがたくさんありましたので、あれを使わせていただこうかと」
「わかった。分け前的な話ならメルリルとフォルテに確認してみるが、まぁ問題ないだろ」
俺がうなずくと、勇者も肯定する。
「俺たちのほうはもとより報酬を必要とはしないしな」
という訳で、ボロボロで行軍も大変そうな辺境騎士団に聖女が「天使の行進」という疲労を軽減する魔法をかけてやり、泣いて感激されながら去って行くのを見送った。
部隊の指揮官は何やら俺をずっとちらちら見ていたが、俺はずっと視線を反らし続けることで対処した。
ものすごく気にしているな、あの人。
巨人の核は、最初はきれいな断面で真っ二つになっていたのだが、時間と共にいくつかに分裂した。
なんでも巨人の意思によってつながっていた回路が崩壊したからとかなんとか、専門的な話を勇者がしていたが、使えるならどうでもいい。
「こういう無機物の魔物の核は魔鉱石よりも魔宝石に近い。純粋な魔力の塊なんで使いやすいようで使いにくいんだ。本来は魔道具を媒介にして効果を及ぼすんだが、まぁものが封印なんで、単純な作用だし、暴走したりはしないだろう」
「いやまて、暴走する危険があるのか?」
勇者の説明に思わずツッコむ。
「だから大丈夫だろうという説明をしただろ」
「大丈夫そうに聞こえなかったから確認したんだ」
「師匠、この結界はいわば魔力を空中に散布するようなもんなんだ。だから暴走したところで効果は変わらない。十中八九は暴走しないけどな。俺とミュリアがやるんだぞ?」
「わかった。その説明で安心した」
暴走しても結果が変わらないならまぁ大丈夫だろう。
それから聖女と勇者は、聖女が魔法を巨人の核のカケラに対して唱え、光り出した核のカケラに勇者が自分の魔力で何か文様を描いていくという作業を行った。
もちろん俺たちはその作業をじっと眺めていた訳じゃない。
メルリルが風の精霊に働きかけて、森を出ようとする魔物に強風を吹き付け、相手の行動を阻害した状態で俺と聖騎士とモンクで危険度の高い魔物から始末していたのだ。
群れる魔物が少なかったのが幸いだが、逆に言えば群れる小さめの魔物はすでに森の外に出た後だったということでもある。
群れを作る小さめの魔物は人里近くに棲み付きやすいのだ。
「よし、出来た。これを問題の範囲に埋めて行こう」
一番時間を食ったのが、この封印の石を埋める作業だったのは言うまでもない。
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