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第七章 幻の都

696 環境を変えるということは人が変わるということ

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「まず最初にはっきりさせておくと、俺達は偶然ここに立ち寄っただけで、まだこの先、探索を続ける必要がある。お前等の飯を作りに来た訳じゃない!」

 まぁこの小汚い集団の飯を作りに、わざわざ迷宮の最深部に降りて来る奴なんかいないだろうけどな。
 俺の宣言に、あちこちからブーイングが起きた。
 俺は思わずキレそうになる気持ちを抑えながら、説明を続ける。

「だが、世話になった分は、あんたたちの生活を改善するつもりだ。お前達のためじゃないぞ! 老人や女性や戦えない人間の負担が大きすぎるからだ! お前等は戦わない裏方の仕事を軽く見ているようだが、大勢の生活を支える仕事ってのは戦って終わりって仕事とは違った苦労があるんだ、それを理解出来ないような奴は飯を食うな!」

 あえて厳しめに言った。
 こいつらみたいな探索者、いや、冒険者という連中は、優しさというのは弱さだと思っている奴等が多い。
 優しくすると、嵩にかかって何もかもを自分の都合に合わせようとして来るのだ。
 だから冒険者には、厳しめに、はっきりとモノを言ったほうがいい。

「か、感謝はしてるぜ。俺達は裏方の連中に暴力を振るったりはしないからな!」
「あ、俺はちょっと怒鳴ったりはすることがあるかも……」
「こないだイラっとしてちょっと押したらケガをさせちまった」

 冒険者の多くは単純バカだ。
 自分の行いを隠すこともせずに、告白する。

「あ? こないだ爺さんがケガしてたのはお前かよ!」
「わ、悪かったけどよ。お前だって、剣が折れたとかで鍛冶のおっさんを殴ったろうが」
「あ、あれは仕方ないだろ!」

 こいつらほんと、秩序というものがないな。
 俺はパンパンと、手を叩いて大きな音を出し、再度注目を集めた。

「いいか? 迷宮の奥なんて環境では、本来は人間なんか暮らせやしないんだ。それをなんとか支えてくれているのは裏方の人達だろうが。苦しい生活であればあるほど、助け合いが出来ない人間は死ぬだけだ。そんなこと、俺が言うまでもなくわかっているだろう?」

 ざわざわ勝手にしゃべっていた連中も、段々静まり返り、話を聞く姿勢になった。

「とにかく俺は裏方の環境を整えるための助言をする。それを活かせるかどうかはお前等次第だ。お互いに出来ることで支え合わなきゃ、暮らし向きは改善しないぞ!」

 タンタンタンと、背後から軽い音が聞こえた。
 振り返ると、リクスが顔を真っ赤にしながら、その場で踊るように足を踏み鳴らしている。

「お師匠さんの言う通りだよ! 私達もがんばる!」

 怒っているのではなく、笑顔だ。
 それが伝染したように、老人や、身体が不自由なせいで裏方をやっている者達も、手を振り上げて、足を踏み鳴らし、声を上げた。

 おお、どこか周囲に遠慮するように、肩身が狭そうにしていた裏方担当の者達だが、ちゃんと自己主張が出来るんだな。
 大切なことだ。

 その様子に、探索担当の、血気盛んな連中も、一緒に足を踏み鳴らし始めた。

「よっしゃ! 美味い飯を食うぞ!」
「なんだか知らんが、力を合わせて頑張るぞ!」

 裏方の者達はわりとおとなしめに自己主張をしたが、探索者連中は、声がデカい。
 しかも発言内容から、俺の言ったことをあんまり理解していないのが丸わかりだったが、まぁ、その辺は形から入るしかないだろう。

「やらかしたね」

 気づくと、メイサーが腹を抱えて笑いながら背後にいた。
 おおう、びびった。

「何がだ? どうでもいいが、よくもまぁこの状態の集団を迷宮の奥で維持出来てたな」
「最初は、少人数だったんだよ。地上との連絡役もいてね。ヤサももうちょっと上の遺跡の街だった」
「そうだったのか」

 なるほど、そういう環境だったんなら、無秩序状態でもなんとかやっていけたかもしれないな。

「それが、上での締め付けが強くなって、犯罪がもっぱら迷宮に持ち込まれるようになった。あたし達は巻き込まれないように、ずっと下に移るしかなかったんだ」
「……カーンのせいか?」
「皮肉だろ。統治がまともになったせいで、迷宮の治安は逆に悪化しちまったのさ」

 なるほどな。
 カーンの立場から考えれば、まずは治安を回復しやすい地上の街に手を入れるのは当然のことだ。
 しかし、そのせいで、犯罪が発覚しにくい迷宮に、いざこざが持ち込まれるようになったのか。

「もちろんカーンだって、入り口を許可制にして、出入りを見張ってなんとかしようとはしているさ。だけど、この迷宮に入るだけなら、方法はいくらでもあるからね。正式な穴や管理された入り口以外にも、古いギルドが管理している秘密の出入り口とかあるし」
「まぁ、そうだろうな。迷宮は成長するし、全部の出入り口を管理するのは難しいだろう」

 俺達が通ったような、一見ただの亀裂のような通路だってある。
 この広大な、幻の都迷宮全ての地図を持っている奴なんていないのだ。

「迷宮始末屋なんて商売まで出てさ。白婆や、あっちの若いのなんかはその犠牲者さ」

 自分の子どもに迷宮に捨てられたと言っていた白婆、それに、メイサーが示した若い男は、冒険者らしからぬ雰囲気の持ち主だった。
 あれは貴族とかそれに近いいいところで育った人間だろう。

「……殺さずに迷宮深部に放置するのか?」
「教会の上位の奴等のなかには、罪人に真実を白状させちまう魔法を使える奴もいるからね。その対策さ」
「ああ」

 なるほど、聖女も使ってたな、ええっと、確か、一生嘘がつけなくなるというおっそろしい真実の口の魔法。あと、嘘を見破る看破ってのもあるんだっけか。

「なるほど、親族殺しは問答無用で公開石打ちの末に縛り首だが、殺してないならごまかしようがあるってことか」
「そういうこと」

 腐ってるな。
 だが、暗殺や、誘拐なんかは、昔からよく行われて来たことだ。
 何も迷宮都市だけのものではない。

「それで、環境改善だけど。あなたがずっとここにいてくれれば、その必要もないんじゃないの?」

 メイサーが白々しく告げる。
 逃がすつもりもない癖に。
 だが、この大集団を管理している大変さは、わずか一日いただけで理解出来た。
 交渉の余地はありそうだ。

「メイサー。俺達があんた達の存在を他人に言わないと誓ったとしても、あんたがそれを信用出来ないのはわかる。だが、俺達にも都合がある。お互いが都合の押し付け合いをすれば、両方が傷を負う。それはわかるだろ?」
「……お得意の交渉? あたしは……」
「本当は未練がある。図星だろ」

 俺の言葉に、メイサーは真っ赤になってエストックを抜き放った。
 あぶねぇ!
 だが、俺が防ぐよりも早く、勇者が鞘入りの剣で、メイサーのエストックを弾き飛ばす。

「斬ることも出来たんだぞ?」

 勇者が凄む。
 脅すな。
 今の、メイサーが本気じゃなかったことぐらい、わかっただろうに。

「はぁ、いくら粋がっていても、探索者として少々腕が立つ程度。勇者さまには敵わないものね。……それで、その立派な剣で、女を斬る?」

 メイサーが妖艶な笑みを浮かべて、勇者の剣に触れた。

「貴様っ!」

 勇者が激高したように魔力を放出する。

「やめんか! 二人共!」

 俺は平等に二人を殴りつけた。
 なんでもかんでも暴力で解決しようとするな。特に勇者、お前はそれじゃダメだろうが。
 まぁ俺も殴っといて言うこっちゃないから、口にはしないけどな。
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