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31 浮気疑惑の仕返し
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「不意打ちで抱きつかれたから」
シャツとピアスを前にして、夏向は困った顔をしていた。
慣れてない人に体を触られるのが、苦手なのだ。
シャツも着替えたらしく、確かに二枚あった。
しかも、社長から着替えを借りたらしい。
今度、何かお礼をしないとね。
「夏向が浮気したのかと思ったわ」
「浮気なんかするわけない」
むっとした顔で夏向は言った。
「むしろ、桜帆のが危ない」
「はあ?」
どうして私が浮気って話になるのよ。
まったく夏向の思考回路は理解不能だわ。
「佐藤の電話番号、スマホに登録したままだし」
「登録してあるだけで連絡はしないし―――って、どうして私がスマホ持っていること知ってるの!?登録してある電話番号まで知ってるの!?中身っ……私のスマホの中身をまさか…… 」
「最初から知ってる。知られたくないなら、機器類を俺の周りで使わないことだね」
「なっ!?」
よりにもよって開き直ってきた。
「俺に内緒にしているの許してたのに」
「なにが許してたのによ。覗き見はやめなさいよ!?犯罪よ!」
「見えるから、仕方ない。見られたくないなら、使わなければいい」
けろりとした顔で夏向は言った。
怒りでぶるぶると拳を震わせていると、夏向はにっこりほほ笑んだ。
「桜帆は用心深いからスマホの中身はほとんど何もないけどね」
「しっかり全部チェックしてるじゃないの!!」
画像も料理やレシピのメモ書き程度で生活感があふれていた。
見られても困るものはないから、構わないけど、反省なんかする気もないようだ。
もうっ!ほんっっっとトラウマレベルよ!
これからも気を付けないと、何をするかわかったもんじゃないわ。
「桜帆。明日、時任にきて」
「ああ、新しいプロジェクトの話よね。ミツバ電機の社長からきいてるわ」
「浮気疑惑の仕返しをしておかないと」
「え?仕事でしょ?」
「内緒。お楽しみに」
私の唇に夏向は自分の指をあてて、悪い顔をして笑ったのだった―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後から時任グループへ行き、今後のスケジュールを決める打ち合わせの予定だったため、ミツバ電機のホワイトボードには『時任訪問後直帰』と書いて出てきた。
四月に花見客とすれ違ったところの桜の花は完全に散ってしまい、今は緑の葉が青々としていて眩しい。
梅雨入りはまだだけど、天気がいいせいか、上着がいらないくらいだった。
私はいつもの地味なスーツではなく白のトップスにロイヤルブルーのタイトスカート、黒のヒールパンプスに夏向からもらったティファニーのハートタグ付きのブレスレットを身に付けている。
アクセサリーをプレゼントされた時は嬉しかったけど、どちらかというと『夏向もアクセサリーを贈れるようになったのね』という気持ちのほうが大きかったことはいうまでもない。
時任に着くと、私を見るなり、受付の女の子達が会釈をしてきたため、思わず身構えてしまった。
な、なに!?
「副社長の奥様ですね。ご案内は必要でしょうか?」
「い、いえ。大丈夫です」
忘れ物を届けにきた時の態度と大違いだった。
それに奥様って。
結婚したから、当たり前だけど、自然に『奥様』なんて呼ばれたら、不意打ちもいいところでエレベーターの中で顔がにやけてしまいそうになり、自分で自分の頬を叩いた。
危ない。
こんなところで一人笑っていたら、おかしい人になってしまう。
強く叩きすぎて、じんじんする頬をさすりながら、エレベーターから出た。
「あれ?」
廊下は静かで遠くから作業する音がわずかに聞こえてくるだけだった。
そっか。
秘書室がまだ閉まったままだから。
暗い部屋を通りすぎ、重役フロアへ入ると時任社長を含む六名がそれぞれの机に座っていた。
「あ、桜帆ちゃんがきたよ」
真辺さんがいつも通りの明るい口調で手を振った。
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げると、時任社長が顔を上げ、私を見た。
ボサボサ頭で前髪が目にかかっていて目が見えなかったけれど、顔はこっちを向いていた。
私は時任社長とは初めて会う。
この人が夏向と対等に話せて、頭が良くて、面倒見がいいっていう。
夏向の数少ない友人。
「夏向がいつもお世話になってます。結婚祝いのケーキをありがとうございました。おいしかったです」
「いや、大したものじゃない」
「桜帆ちゃんは倉永先輩から逃げ切れなかったね」
「とうとう捕まったな。大変だと思うが、頑張ってくれ」
真辺さんと倉本さんが申し訳なさそうに言った。
「なんでだよー」
遠くから、夏向が抗議していたけど、宮北さんが呆れ顔で夏向を見ていた。
「こんなやばいやつ、俺なら勘弁だわ」
「わかる、わかるぞー」
備中さんもうなずいた。
「身内に敵がいる」
夏向はいらっとした顔で皆を見ていたけれど、時任社長が笑って言った。
「おしゃべりはここまでだ。夏向、やるんだろう?」
「そう。桜帆、こっちにきて」
夏向のそばに椅子が置いてある。
その椅子に座れということだと気づき、椅子に座ると夏向はパチリとキーを一つ、押した。
「このフロアへの全ての出入り口をロックしたよ」
「邪魔者は誰も入ってこないな」
時任社長が悪い顔をした。
真辺さんが頷いた。
「さすがに今からやることが社員にバレたらやばいですからね」
「りょーかい、こっちはいつでもいーよー」
宮北さんがくるくると椅子を回転させて、子供みたいに笑った。
「なにをするの?」
私だけが状況をのみ込めていなかった。
「桜帆ちゃん、じつはね、時任の顧客情報が盗まれたんだ」
真辺さんが頬杖をつき、画面を眺めながら目を細めていた。
「それって大変なことじゃないですか!」
夏向はうん、と頷いた。
「それと浮気疑惑の仕返しをしようと思って」
「えっ!?どういうこと?」
顧客情報と浮気疑惑がどうしてつながるの?
けれど、説明が苦手な夏向は教えてはくれなかった。
「桜帆、見てて」
そう言って、夏向は自分の机にある怪物みたいに大きいパソコンをなでた。
その姿はまるで怪物を従える悪魔のように見えた―――
シャツとピアスを前にして、夏向は困った顔をしていた。
慣れてない人に体を触られるのが、苦手なのだ。
シャツも着替えたらしく、確かに二枚あった。
しかも、社長から着替えを借りたらしい。
今度、何かお礼をしないとね。
「夏向が浮気したのかと思ったわ」
「浮気なんかするわけない」
むっとした顔で夏向は言った。
「むしろ、桜帆のが危ない」
「はあ?」
どうして私が浮気って話になるのよ。
まったく夏向の思考回路は理解不能だわ。
「佐藤の電話番号、スマホに登録したままだし」
「登録してあるだけで連絡はしないし―――って、どうして私がスマホ持っていること知ってるの!?登録してある電話番号まで知ってるの!?中身っ……私のスマホの中身をまさか…… 」
「最初から知ってる。知られたくないなら、機器類を俺の周りで使わないことだね」
「なっ!?」
よりにもよって開き直ってきた。
「俺に内緒にしているの許してたのに」
「なにが許してたのによ。覗き見はやめなさいよ!?犯罪よ!」
「見えるから、仕方ない。見られたくないなら、使わなければいい」
けろりとした顔で夏向は言った。
怒りでぶるぶると拳を震わせていると、夏向はにっこりほほ笑んだ。
「桜帆は用心深いからスマホの中身はほとんど何もないけどね」
「しっかり全部チェックしてるじゃないの!!」
画像も料理やレシピのメモ書き程度で生活感があふれていた。
見られても困るものはないから、構わないけど、反省なんかする気もないようだ。
もうっ!ほんっっっとトラウマレベルよ!
これからも気を付けないと、何をするかわかったもんじゃないわ。
「桜帆。明日、時任にきて」
「ああ、新しいプロジェクトの話よね。ミツバ電機の社長からきいてるわ」
「浮気疑惑の仕返しをしておかないと」
「え?仕事でしょ?」
「内緒。お楽しみに」
私の唇に夏向は自分の指をあてて、悪い顔をして笑ったのだった―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後から時任グループへ行き、今後のスケジュールを決める打ち合わせの予定だったため、ミツバ電機のホワイトボードには『時任訪問後直帰』と書いて出てきた。
四月に花見客とすれ違ったところの桜の花は完全に散ってしまい、今は緑の葉が青々としていて眩しい。
梅雨入りはまだだけど、天気がいいせいか、上着がいらないくらいだった。
私はいつもの地味なスーツではなく白のトップスにロイヤルブルーのタイトスカート、黒のヒールパンプスに夏向からもらったティファニーのハートタグ付きのブレスレットを身に付けている。
アクセサリーをプレゼントされた時は嬉しかったけど、どちらかというと『夏向もアクセサリーを贈れるようになったのね』という気持ちのほうが大きかったことはいうまでもない。
時任に着くと、私を見るなり、受付の女の子達が会釈をしてきたため、思わず身構えてしまった。
な、なに!?
「副社長の奥様ですね。ご案内は必要でしょうか?」
「い、いえ。大丈夫です」
忘れ物を届けにきた時の態度と大違いだった。
それに奥様って。
結婚したから、当たり前だけど、自然に『奥様』なんて呼ばれたら、不意打ちもいいところでエレベーターの中で顔がにやけてしまいそうになり、自分で自分の頬を叩いた。
危ない。
こんなところで一人笑っていたら、おかしい人になってしまう。
強く叩きすぎて、じんじんする頬をさすりながら、エレベーターから出た。
「あれ?」
廊下は静かで遠くから作業する音がわずかに聞こえてくるだけだった。
そっか。
秘書室がまだ閉まったままだから。
暗い部屋を通りすぎ、重役フロアへ入ると時任社長を含む六名がそれぞれの机に座っていた。
「あ、桜帆ちゃんがきたよ」
真辺さんがいつも通りの明るい口調で手を振った。
「こんにちは」
ぺこりと頭を下げると、時任社長が顔を上げ、私を見た。
ボサボサ頭で前髪が目にかかっていて目が見えなかったけれど、顔はこっちを向いていた。
私は時任社長とは初めて会う。
この人が夏向と対等に話せて、頭が良くて、面倒見がいいっていう。
夏向の数少ない友人。
「夏向がいつもお世話になってます。結婚祝いのケーキをありがとうございました。おいしかったです」
「いや、大したものじゃない」
「桜帆ちゃんは倉永先輩から逃げ切れなかったね」
「とうとう捕まったな。大変だと思うが、頑張ってくれ」
真辺さんと倉本さんが申し訳なさそうに言った。
「なんでだよー」
遠くから、夏向が抗議していたけど、宮北さんが呆れ顔で夏向を見ていた。
「こんなやばいやつ、俺なら勘弁だわ」
「わかる、わかるぞー」
備中さんもうなずいた。
「身内に敵がいる」
夏向はいらっとした顔で皆を見ていたけれど、時任社長が笑って言った。
「おしゃべりはここまでだ。夏向、やるんだろう?」
「そう。桜帆、こっちにきて」
夏向のそばに椅子が置いてある。
その椅子に座れということだと気づき、椅子に座ると夏向はパチリとキーを一つ、押した。
「このフロアへの全ての出入り口をロックしたよ」
「邪魔者は誰も入ってこないな」
時任社長が悪い顔をした。
真辺さんが頷いた。
「さすがに今からやることが社員にバレたらやばいですからね」
「りょーかい、こっちはいつでもいーよー」
宮北さんがくるくると椅子を回転させて、子供みたいに笑った。
「なにをするの?」
私だけが状況をのみ込めていなかった。
「桜帆ちゃん、じつはね、時任の顧客情報が盗まれたんだ」
真辺さんが頬杖をつき、画面を眺めながら目を細めていた。
「それって大変なことじゃないですか!」
夏向はうん、と頷いた。
「それと浮気疑惑の仕返しをしようと思って」
「えっ!?どういうこと?」
顧客情報と浮気疑惑がどうしてつながるの?
けれど、説明が苦手な夏向は教えてはくれなかった。
「桜帆、見てて」
そう言って、夏向は自分の机にある怪物みたいに大きいパソコンをなでた。
その姿はまるで怪物を従える悪魔のように見えた―――
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