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29 生き返って
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「は? レティツィア? ここにいるのはヴィルジニアだ」
クラウディオ様は見分けられないようで、私がレティツィアだと気づいていない。
「そんなわけない。レティツィアの気配がする」
「気配? お前は時々……いや、いつもおかしいことを言う」
ピリピリとした空気が私にも伝わってくる。
仮死状態で動けない時に争うのはやめてほしい。
なにがあっても、二人を止めることができない。
「アルド。混乱する気持ちはわかる。冷静になれ。レティツィアのわけがないだろう? ヴィルジニアで間違いない。その証拠に息をしていない」
「……息をしてない?」
焦って駆け寄る足音がしたかと思うと、ドンッと棺に振動が走る。
どうやら、アルドが棺に触れたようだ。
「レティツィア……!」
アルドは私の顔を覆っていたヴェールを避けて、私の顔を見つめ、息をしているかどうか、手に触れて確認する。
冷たくなった肌にアルドの手のひらが暖かく感じた。
「嘘だ……」
頬を撫でる手が震えていた。
実際、自分で触れたわけではないから、息をしていないわけではないと思うけれど……
今の私は生死が判別できないくらい死んでいるように見えるのだろう。
「アルド、ヴィルジニアの亡骸に触れるな」
「彼女に触れる権利がないのは兄さんのほうだ」
「俺がヴィルジニアに触れる権利がない? 言っている意味かわからないんだが」
二人の間に漂う空気は険悪なもので、今まで一番重苦しいものだった。
危険だ――アルドは自暴自棄になっている。
「どんなに足掻いても、強くなっても、死の運命から逃れられないというのなら、最初から俺が死ねばよかった!」
アルドの悲痛な声が広間に響き渡った。
薬を飲んでいなかったら、生きているのよと言ってしまいそうになるほどの悲しい声だった。
――待って? 今、アルドは『最初から』と言わなかった?
「自分が変われば、運命は変えられるはずだって思った。でも、違う。神様と約束したのに俺が破ったから、二人は死んだんだ」
約束――もしかして、それはあの暗闇の中で聞いた声だろうか。
『自分の命を全部あげます。だから、二人を生き返らせてください』
あの声はアルドだったのだ。
私たちが死んだ後、一人残されたアルドは神様に自分の命と、残りの人生を引き換えにして私たちを生き返るよう願った。
アルドの願いを聞いた神様が私たちを生き返らせ、もう一度やり直すチャンスをくれたのだ。
「アルド、なにを言っているかわからない。ちゃんと説明しろ」
ゆっくりと、アルドが剣を抜く音がした。
まさか、アルド――嫌な予感がする。
「後を追って死ぬつもりか?」
「二人を助けることはできなかったけど、神様に俺の命をあげたなら、一人だけでも」
「やめろ!」
クラウディオ様が剣を抜いたのがわかった。
剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴る。
何度もそれは繰り返され、弱かった頃のアルドではないからか、クラウディオ様はアルドを負かして止めることができない。
このままじゃ、二人は殺しあいになってしまう。
お兄様とソニアはまだ戻らないし、私は薬のせいで指一本動かせない。
クラウディオ様の息が乱れているのがわかる。けれど、アルドに剣で負ける気はないようだ。
「ちょうどいい。お前と本気で剣を交えたいと思っていた。毎回、わざと負けるお前が気に入らなかった」
「気に入らないのはお互い様だ」
今まで聞いたことのないアルドの低い声。怒りに満ち、復讐心でなにも見えなくなっていた。
「そうだな――アルド、お前が俺に負けたならレティツィアを俺の妃に迎える。俺が負ければ、指一本たりとも亡骸に触れない」
起き上がって『そんなこと困ります! お断りです!』と言いたかった。
でも、今の私は身動きできない人形と同じ。
悔しいことに声も出せない。
「兄さんがレティツィアを気に入っていたのは知ってた。きっと婚約者に選ぶだろうって。でも、諦めるつもりはなかった」
アルドの剣がヒュッと風を切る音がした。
剣と剣がぶつかる金属音が先ほどより激しい。
二人の激しい攻防戦が続く。
あっさり負けていた前回のアルドとは確かに違っていて、二歳差をものともしない剣の強さを身に付けていた。
「俺は二人のためなら、全部あげられる。何度だって、神様にお願いして俺の命の代わりに二人を返してもらう!」
剣の先生に鍛えられたアルドは息切れする様子は一切ない。
一方のクラウディオ様はアルドの剣を受け止めるので精一杯なのか、なにも話さなかった。
「兄さんは二人のために命を捨てられる?」
一際大きな金属音とともに、どちらかの剣が床に落ちた音が響いた。
その音が止むまで、どちらも動くことはなく、それで決着がついたのだとわかった。
「アルド。お前が本気になれば、俺をいつでも殺せただろうな」
「……違うんだ。俺は強くなったんだ。諦めるのをやめて、強くなることを選んだ。全部、無駄だったけど」
どうやら、勝ったのはアルドのほう。
でも、アルドはクラウディオ様に勝利しても、喜ばなかった。
「兄さん。俺を殺して」
「なに?」
「兄さんに剣を向けたんだから、俺を殺すだろう?」
促されるまま、アルドが剣を抜いた理由がわかった。
私が生きているのをアルドは知らないのだ。
また死んで、やり直そうというのだろうか。
止めたいのに止められない。
「いい加減にしろ。負けた俺が落ち込むのならわかるが、どうしてお前が死にたくなるほど落ち込む? レティツィアは生きていると言っているだろう?」
クラウディオ様は負けた悔しさより、様子がおかしいアルドのほうが気になるらしく、落ちた剣を拾ってため息をついた。
それはまるで、聞き分けのない弟を宥める兄の態度だった。
「……レティツィアがいないなら、生きている意味がない」
「だから、死んだのはヴィルジニアだ。レティツィアは生きている。今、母上のところへ出発の挨拶をしている」
「だから、それは……」
「まったく! 自分の目で確かめろ。今、レティツィアを呼んできてやる。待ってろ」
クラウディオ様がアルドをぽんっと叩く。
「剣で負けたくらいで、俺が弟を殺すわけないだろう」
馬鹿にするな、とクラウディオ様は言い捨てて広間から出ていった。
本気で剣を交えたことで、クラウディオ様の中でアルドに対する態度に変化が起きた。
「兄さんが弟って呼んだ? 運命が変わった……?」
アルドは困惑していた。
棺にもう一度近寄り、棺のふちに座る。
じぃっーと見つめられているのがわかる。
「レティツィア……」
やっぱり私だとアルドにはわかるらしく、私の顔にアルドの涙が落ちる。
泣かないで欲しい――違うのよと、伝えられたらいいのに。
もどかしい気持ちでいると、ぱたぱたと廊下を小走りで駆けてくる足音が聞こえた、それは二人分。
クラウディオ様に言われて、広間に戻ってきたお兄様とソニアだった。
広間の扉が開くのと同時にアルドは振り返り、入ってきた人物を確認する。
「アルド。お姉様にお別れを言いに来てくれてありがとう」
「ヴィル……」
「レティツィアよ。アルド。なにを泣いてるの? 泣かなくても、またルヴェロナで会えるわ」
「また?」
「そうよ。私は言ったでしょう? 私より強くなったのなら、ルヴェロナまで奪いに来なさいって。違ったかしら?」
それは私たちだけが知っている約束。
お兄様はアルドに教えたのだ。
私たちだけがわかる方法でレティツィアが生きているということを。
「……わかった」
アルドが笑い声をたてて笑った。
私の上に落ちていた涙の雫が止んだ。
「レティツィアなのか、ヴィルジニアなのか、俺は見分けられる」
アルドはどうして見分けられるのだろう。
不思議に思っていると、アルドの気配が近くにある気配がした。
それも、クラウディオ様が近づいていた時よりも近くに。
「だから、俺だけは騙せないよ」
唇に柔らかなものが触れ、アルドが囁く。
「レティツィア。後で真実を教えて。黙っていてあげるから」
高い口止め料。私のファーストキスはアルドによって奪われたのだった――
クラウディオ様は見分けられないようで、私がレティツィアだと気づいていない。
「そんなわけない。レティツィアの気配がする」
「気配? お前は時々……いや、いつもおかしいことを言う」
ピリピリとした空気が私にも伝わってくる。
仮死状態で動けない時に争うのはやめてほしい。
なにがあっても、二人を止めることができない。
「アルド。混乱する気持ちはわかる。冷静になれ。レティツィアのわけがないだろう? ヴィルジニアで間違いない。その証拠に息をしていない」
「……息をしてない?」
焦って駆け寄る足音がしたかと思うと、ドンッと棺に振動が走る。
どうやら、アルドが棺に触れたようだ。
「レティツィア……!」
アルドは私の顔を覆っていたヴェールを避けて、私の顔を見つめ、息をしているかどうか、手に触れて確認する。
冷たくなった肌にアルドの手のひらが暖かく感じた。
「嘘だ……」
頬を撫でる手が震えていた。
実際、自分で触れたわけではないから、息をしていないわけではないと思うけれど……
今の私は生死が判別できないくらい死んでいるように見えるのだろう。
「アルド、ヴィルジニアの亡骸に触れるな」
「彼女に触れる権利がないのは兄さんのほうだ」
「俺がヴィルジニアに触れる権利がない? 言っている意味かわからないんだが」
二人の間に漂う空気は険悪なもので、今まで一番重苦しいものだった。
危険だ――アルドは自暴自棄になっている。
「どんなに足掻いても、強くなっても、死の運命から逃れられないというのなら、最初から俺が死ねばよかった!」
アルドの悲痛な声が広間に響き渡った。
薬を飲んでいなかったら、生きているのよと言ってしまいそうになるほどの悲しい声だった。
――待って? 今、アルドは『最初から』と言わなかった?
「自分が変われば、運命は変えられるはずだって思った。でも、違う。神様と約束したのに俺が破ったから、二人は死んだんだ」
約束――もしかして、それはあの暗闇の中で聞いた声だろうか。
『自分の命を全部あげます。だから、二人を生き返らせてください』
あの声はアルドだったのだ。
私たちが死んだ後、一人残されたアルドは神様に自分の命と、残りの人生を引き換えにして私たちを生き返るよう願った。
アルドの願いを聞いた神様が私たちを生き返らせ、もう一度やり直すチャンスをくれたのだ。
「アルド、なにを言っているかわからない。ちゃんと説明しろ」
ゆっくりと、アルドが剣を抜く音がした。
まさか、アルド――嫌な予感がする。
「後を追って死ぬつもりか?」
「二人を助けることはできなかったけど、神様に俺の命をあげたなら、一人だけでも」
「やめろ!」
クラウディオ様が剣を抜いたのがわかった。
剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴る。
何度もそれは繰り返され、弱かった頃のアルドではないからか、クラウディオ様はアルドを負かして止めることができない。
このままじゃ、二人は殺しあいになってしまう。
お兄様とソニアはまだ戻らないし、私は薬のせいで指一本動かせない。
クラウディオ様の息が乱れているのがわかる。けれど、アルドに剣で負ける気はないようだ。
「ちょうどいい。お前と本気で剣を交えたいと思っていた。毎回、わざと負けるお前が気に入らなかった」
「気に入らないのはお互い様だ」
今まで聞いたことのないアルドの低い声。怒りに満ち、復讐心でなにも見えなくなっていた。
「そうだな――アルド、お前が俺に負けたならレティツィアを俺の妃に迎える。俺が負ければ、指一本たりとも亡骸に触れない」
起き上がって『そんなこと困ります! お断りです!』と言いたかった。
でも、今の私は身動きできない人形と同じ。
悔しいことに声も出せない。
「兄さんがレティツィアを気に入っていたのは知ってた。きっと婚約者に選ぶだろうって。でも、諦めるつもりはなかった」
アルドの剣がヒュッと風を切る音がした。
剣と剣がぶつかる金属音が先ほどより激しい。
二人の激しい攻防戦が続く。
あっさり負けていた前回のアルドとは確かに違っていて、二歳差をものともしない剣の強さを身に付けていた。
「俺は二人のためなら、全部あげられる。何度だって、神様にお願いして俺の命の代わりに二人を返してもらう!」
剣の先生に鍛えられたアルドは息切れする様子は一切ない。
一方のクラウディオ様はアルドの剣を受け止めるので精一杯なのか、なにも話さなかった。
「兄さんは二人のために命を捨てられる?」
一際大きな金属音とともに、どちらかの剣が床に落ちた音が響いた。
その音が止むまで、どちらも動くことはなく、それで決着がついたのだとわかった。
「アルド。お前が本気になれば、俺をいつでも殺せただろうな」
「……違うんだ。俺は強くなったんだ。諦めるのをやめて、強くなることを選んだ。全部、無駄だったけど」
どうやら、勝ったのはアルドのほう。
でも、アルドはクラウディオ様に勝利しても、喜ばなかった。
「兄さん。俺を殺して」
「なに?」
「兄さんに剣を向けたんだから、俺を殺すだろう?」
促されるまま、アルドが剣を抜いた理由がわかった。
私が生きているのをアルドは知らないのだ。
また死んで、やり直そうというのだろうか。
止めたいのに止められない。
「いい加減にしろ。負けた俺が落ち込むのならわかるが、どうしてお前が死にたくなるほど落ち込む? レティツィアは生きていると言っているだろう?」
クラウディオ様は負けた悔しさより、様子がおかしいアルドのほうが気になるらしく、落ちた剣を拾ってため息をついた。
それはまるで、聞き分けのない弟を宥める兄の態度だった。
「……レティツィアがいないなら、生きている意味がない」
「だから、死んだのはヴィルジニアだ。レティツィアは生きている。今、母上のところへ出発の挨拶をしている」
「だから、それは……」
「まったく! 自分の目で確かめろ。今、レティツィアを呼んできてやる。待ってろ」
クラウディオ様がアルドをぽんっと叩く。
「剣で負けたくらいで、俺が弟を殺すわけないだろう」
馬鹿にするな、とクラウディオ様は言い捨てて広間から出ていった。
本気で剣を交えたことで、クラウディオ様の中でアルドに対する態度に変化が起きた。
「兄さんが弟って呼んだ? 運命が変わった……?」
アルドは困惑していた。
棺にもう一度近寄り、棺のふちに座る。
じぃっーと見つめられているのがわかる。
「レティツィア……」
やっぱり私だとアルドにはわかるらしく、私の顔にアルドの涙が落ちる。
泣かないで欲しい――違うのよと、伝えられたらいいのに。
もどかしい気持ちでいると、ぱたぱたと廊下を小走りで駆けてくる足音が聞こえた、それは二人分。
クラウディオ様に言われて、広間に戻ってきたお兄様とソニアだった。
広間の扉が開くのと同時にアルドは振り返り、入ってきた人物を確認する。
「アルド。お姉様にお別れを言いに来てくれてありがとう」
「ヴィル……」
「レティツィアよ。アルド。なにを泣いてるの? 泣かなくても、またルヴェロナで会えるわ」
「また?」
「そうよ。私は言ったでしょう? 私より強くなったのなら、ルヴェロナまで奪いに来なさいって。違ったかしら?」
それは私たちだけが知っている約束。
お兄様はアルドに教えたのだ。
私たちだけがわかる方法でレティツィアが生きているということを。
「……わかった」
アルドが笑い声をたてて笑った。
私の上に落ちていた涙の雫が止んだ。
「レティツィアなのか、ヴィルジニアなのか、俺は見分けられる」
アルドはどうして見分けられるのだろう。
不思議に思っていると、アルドの気配が近くにある気配がした。
それも、クラウディオ様が近づいていた時よりも近くに。
「だから、俺だけは騙せないよ」
唇に柔らかなものが触れ、アルドが囁く。
「レティツィア。後で真実を教えて。黙っていてあげるから」
高い口止め料。私のファーストキスはアルドによって奪われたのだった――
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