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5 【黒曜石】全裸の男はレアな存在、竜人族!?
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私がもっとも信頼している人の名前を叫んでしまった。
その絶叫は家の外にまで響き、屋根や窓、ドアをガタガタと鳴らし、野生動物達が家の周辺から逃げ出すほどの大きさだった。
「うるさい。男の裸くらいで騒ぐな」
「さっ、さっ、さっ……」
「どうした? 箒の音の真似でもしているのか?」
「違いますっ! 騒ぎたくもなるって言いたかったんです」
わかっているくせに男はロク先生の着物を体に羽織ると、床に落ちていた箒を私に投げた。
「ひえっ!」
パンッと両手で挟んで、なんとかキャッチしたけど、柄の部分がおでこにゴッとぶつかった。もう呻き声や悲鳴すらあげられず、ぶつかったおでこを手でさすった。
「ううっ……ひどい……変態に好きなようにされてしまう女。それが私……」
「人聞きの悪いことを言うな。その箒で掃除しろよ。箒は掃除をするためにあるんだぞ。それから、この薄いコートのような服の下にズボンが欲しい」
「それは着物と言って、それで完成形らしいです」
「俺の中では完成していない」
「はあ……」
男の偉そうな態度と全裸を見てしまった後遺症から、箒を手にしたまま、その場から動けず、気の利いたことも言えなくなっていた。
そんな私をよそに男はロク先生のズボンと履き物を勝手に探し出し、どれにしようか選んでいる。
「これでいいか」
ロク先生も長身だけど、もっと身長が高い男にとって先生の黒のズボンは短く、靴より草履のほうがいいと思ったのか、ロク先生の草履を履く。草履のほうはギリギリサイズが合ったようだった。
自分流にアレンジして、黒のチュニックの上にコートがわりに着物を羽織ると、動きやすいように紐で結んだ。
下はズボンと草履という違和感ある服装だったのに整った顔立ちのせいか、新しいファッションスタイルに見え、ここに世の中の理不尽さが垣間見えたような気がした。
彫刻並みの完璧な美を持つ彼と私が並ぶと平凡な自分がますます平凡に見えてしまう。私があんなに気にかけていた虹色の瞳も目立たない。
「あ、あのぅ、あなたは竜ですか? それとも人ですか?」
「竜人族だ」
「人間じゃなくて竜人族……。神話や伝説で聞いたことがあります。人間と竜のどちらにもなれる半神のような存在だと」
「本来、竜人族は人間とは交わらない種族だ。人間と竜人族は離れて久しく、人間と共に過ごしていたのは遥か昔のことだ。竜人族がどこに住んでいるのか知っている人間はいないだろう」
彼が竜人族だというのなら、私が持っている本の中に正解がなかったのも当然のこと。
神話や物語の世界に出てくる存在で、人間と同じような暮らしをしているけれど、神様に近い存在。
伝説の中では人と別の場所で暮らし始めた竜人族は空に浮く大地の上、峰のてっぺん、人よりも高い土地へと移り住んでいったと伝えられている。
そして、美しい竜人族達はそれぞれ竜の姿の色ごとに宝石の名を冠しているという。
私の竜人族に対する知識は伝承や伝説の域であって、私もおとぎ話だと思っていた。
その竜人族が私の目の前にいる。
「俺はオブシディアンドラゴンのラウリ。お前の名はなんという?」
「私の名前はアリーチェ。職業は染物師です」
つまり、この男の人は全裸の変態じゃなくて、貴重な素材である鱗の持ち主……竜人族のオブシディアンドラゴン。
あの美しいと感じた黒耀石のような鱗は伝説級の素材だったのだ。
「そうか。よし、わかった」
「はいっ! もしかして、助けたお礼に鱗を一枚くれるとか……?」
「は? 魚の鱗じゃあるまいし。俺の鱗をホイホイやれるか。それより、今すぐ小屋の中を片付けろ。物を増やすな。いらないものはすべて捨てろ」
「この世にいらないものなんてないですよ?」
ラウリは鱗の色と同じ黒曜石色の瞳を細め、私と見つめ合う。
私の言葉に感動し、感銘を受けたのか、ジッと探るように私を見て、目を逸らさない。
自分でも今の言葉はいいこと言ったと思ったから、私のことを先生なんて呼んでくるかもしれない。
「ふざけるな。ゴミ小屋の現実と向き合えよ」
「えっ! 先生は?」
「なにが先生だ。さっさと不用品を捨てろ!」
「それは私の大切なウサギのぬいぐるみっ!」
「これは?」
「可愛いでしょ。それは私が七歳の時に使っていた靴です」
ラウリは窓を開けると、無表情で靴を窓の外に投げ捨てた。
「あっー! なにするんですかっ! いたいけな私が使っていた靴を投げ捨てるなんて!」
「汚い上にいらん」
「仮にもヒロインに汚いとか、いらないとかっ……!」
「なにがヒロインだ」
ラウリは私が十歳の時に使っていたエプロンも捨てる。
「私の思い出の品なのに!」
「思い出を仕舞うのは心の中だけにしておけ。ゴミを仕舞うな」
「ご、ご、ご、ゴミって……」
牛みたいに遅く、トロいと言われる私でもこのまま黙って傍観しているわけにはいかない。
これ以上、私の成長の軌跡である思い出の品々をゴミのように捨てられては困る。
すべて私の貴重なメモリアル。
「仕方ありません。竜人族が相手とはいえ、思い出と我が住処を守るため、私は全力で戦いましょう! 染物師としての力を示す時が来たようですね。私の真の力をここにっ……!」
「掃除をするだけのことだろう? 偉そうな口ぶりで言ってないで、いらないものをとっとと分別しろよ。ゴミヒロイン」
「ムッカー! 誰がゴミヒロインですかっ! 暴言が過ぎますっ!」
「言われたくないなら、部屋を綺麗にしろよ。お前が解放するべき力は清掃能力だ」
ラウリは綺麗好きなのか、手際よく物を分類していく。
「くそっ! 物が多すぎて分別する場所がない! よくこんな狭い小屋の中で物を増やせたな」
ブツブツ言いながらもラウリは寝室にあふれた物を分類し、片付けてくれている。
「ほら、いらないやつあるだろ?」
「ないですよ」
「この俺がここまで協力してやっているというのに……」
黒い影がゆらりと揺らぐ。
不穏な空気が漂い私とラウリが対峙し、とうとう人間と竜人の戦いが始まるのではと思われたその時――強い風がガタガタっと窓枠を鳴らし、森の木々が右へ左へと大きく揺れ動いた。
まだラウリは人の姿のままで竜の姿ではなく、この不穏な風を起こしたのはラウリではないとわかる。
「追って来たか」
ラウリは目を鋭くさせ、窓の外を睨んだ。
先程よりも激しく窓が振動でビリビリと震え、高価な窓ガラスが割れるのではないかと心配になるくらいの風圧が外から家に加わる。
「なっ、なにごと?」
「……ったく、めんどくさいが、人家に被害が出ては困る」
窓ガラスが割れる前に私は外へ飛び出した。私のほうが先に動いたのに廊下であっさりラウリに抜かれ、最初に外に出たのはラウリだった。
「本気で走っているのか?」
「走ってますっ!」
「逃げるのは無理そうだな」
「え? 逃げる?」
空を見上げると緑色の竜の巨体が悠々と飛んでいる。
森の緑、夏の新緑色に似た鱗は輝き、透き通る緑はエメラルドのようだった。
子竜サイズなんて目じゃない巨大な竜の体。鱗が山ほどとれるに違いない。
「あれはエメラルドドラゴン……? あの大きさが本当の姿?」
「そうだ。だが、俺達にとって竜の姿も人の姿、どちらも本当の姿だ。まあ、死ぬ時は竜の姿になるから、本性は竜なんだろうな」
ラウリは私に説明しながら、やれやれと頭を掻いた。
もしかして、昨日の夜、私がカラスだと勘違いしたのは子竜サイズの竜人族の群れだった?
大きさを自在に変えられるところを見ると、あり得ない話ではない。
「竜人族が人間の前に姿を現さない存在だっていうのなら、ここにいるのはどうして?」
「俺は自由に遊びたかっ……じゃなくて、あー、そうだな……」
うーんとラウリは胸の前で腕を組んで、しばらく考え込んでいた。そして、ポンッと手を叩く。
「そう……あれだ。狭い世界から自由を求め、広い世界をこの目で見たいと思ったからだ」
ロク先生のような考えをラウリも持っていたらしい。
「そんな素敵な理由があったなんて……」
「素敵? あー、えー……狭い世界に閉じ込められた俺。俺には窮屈だった。よし、この窮屈な生活をなんとかしてやろうと俺は立ち上がる。そして、決断の時。国を飛び出した俺。過去の俺との別れ、そして成長。見知らぬ世界を知る俺の前に立ちふさがる難題(ゴミ小屋)ってところだな」
ちょっと棒読みな説明だったけど、夢へと向かうラウリの姿が想像でき、素晴らしい話を聞かせてもらった。残念ながら、涙を流すまでには至らなかったけど、ジーンと私の胸に響いた。
「わかりました。あなたのその夢。私が守ってあげましょう!」
「は? 守る? お前が俺を?」
その絶叫は家の外にまで響き、屋根や窓、ドアをガタガタと鳴らし、野生動物達が家の周辺から逃げ出すほどの大きさだった。
「うるさい。男の裸くらいで騒ぐな」
「さっ、さっ、さっ……」
「どうした? 箒の音の真似でもしているのか?」
「違いますっ! 騒ぎたくもなるって言いたかったんです」
わかっているくせに男はロク先生の着物を体に羽織ると、床に落ちていた箒を私に投げた。
「ひえっ!」
パンッと両手で挟んで、なんとかキャッチしたけど、柄の部分がおでこにゴッとぶつかった。もう呻き声や悲鳴すらあげられず、ぶつかったおでこを手でさすった。
「ううっ……ひどい……変態に好きなようにされてしまう女。それが私……」
「人聞きの悪いことを言うな。その箒で掃除しろよ。箒は掃除をするためにあるんだぞ。それから、この薄いコートのような服の下にズボンが欲しい」
「それは着物と言って、それで完成形らしいです」
「俺の中では完成していない」
「はあ……」
男の偉そうな態度と全裸を見てしまった後遺症から、箒を手にしたまま、その場から動けず、気の利いたことも言えなくなっていた。
そんな私をよそに男はロク先生のズボンと履き物を勝手に探し出し、どれにしようか選んでいる。
「これでいいか」
ロク先生も長身だけど、もっと身長が高い男にとって先生の黒のズボンは短く、靴より草履のほうがいいと思ったのか、ロク先生の草履を履く。草履のほうはギリギリサイズが合ったようだった。
自分流にアレンジして、黒のチュニックの上にコートがわりに着物を羽織ると、動きやすいように紐で結んだ。
下はズボンと草履という違和感ある服装だったのに整った顔立ちのせいか、新しいファッションスタイルに見え、ここに世の中の理不尽さが垣間見えたような気がした。
彫刻並みの完璧な美を持つ彼と私が並ぶと平凡な自分がますます平凡に見えてしまう。私があんなに気にかけていた虹色の瞳も目立たない。
「あ、あのぅ、あなたは竜ですか? それとも人ですか?」
「竜人族だ」
「人間じゃなくて竜人族……。神話や伝説で聞いたことがあります。人間と竜のどちらにもなれる半神のような存在だと」
「本来、竜人族は人間とは交わらない種族だ。人間と竜人族は離れて久しく、人間と共に過ごしていたのは遥か昔のことだ。竜人族がどこに住んでいるのか知っている人間はいないだろう」
彼が竜人族だというのなら、私が持っている本の中に正解がなかったのも当然のこと。
神話や物語の世界に出てくる存在で、人間と同じような暮らしをしているけれど、神様に近い存在。
伝説の中では人と別の場所で暮らし始めた竜人族は空に浮く大地の上、峰のてっぺん、人よりも高い土地へと移り住んでいったと伝えられている。
そして、美しい竜人族達はそれぞれ竜の姿の色ごとに宝石の名を冠しているという。
私の竜人族に対する知識は伝承や伝説の域であって、私もおとぎ話だと思っていた。
その竜人族が私の目の前にいる。
「俺はオブシディアンドラゴンのラウリ。お前の名はなんという?」
「私の名前はアリーチェ。職業は染物師です」
つまり、この男の人は全裸の変態じゃなくて、貴重な素材である鱗の持ち主……竜人族のオブシディアンドラゴン。
あの美しいと感じた黒耀石のような鱗は伝説級の素材だったのだ。
「そうか。よし、わかった」
「はいっ! もしかして、助けたお礼に鱗を一枚くれるとか……?」
「は? 魚の鱗じゃあるまいし。俺の鱗をホイホイやれるか。それより、今すぐ小屋の中を片付けろ。物を増やすな。いらないものはすべて捨てろ」
「この世にいらないものなんてないですよ?」
ラウリは鱗の色と同じ黒曜石色の瞳を細め、私と見つめ合う。
私の言葉に感動し、感銘を受けたのか、ジッと探るように私を見て、目を逸らさない。
自分でも今の言葉はいいこと言ったと思ったから、私のことを先生なんて呼んでくるかもしれない。
「ふざけるな。ゴミ小屋の現実と向き合えよ」
「えっ! 先生は?」
「なにが先生だ。さっさと不用品を捨てろ!」
「それは私の大切なウサギのぬいぐるみっ!」
「これは?」
「可愛いでしょ。それは私が七歳の時に使っていた靴です」
ラウリは窓を開けると、無表情で靴を窓の外に投げ捨てた。
「あっー! なにするんですかっ! いたいけな私が使っていた靴を投げ捨てるなんて!」
「汚い上にいらん」
「仮にもヒロインに汚いとか、いらないとかっ……!」
「なにがヒロインだ」
ラウリは私が十歳の時に使っていたエプロンも捨てる。
「私の思い出の品なのに!」
「思い出を仕舞うのは心の中だけにしておけ。ゴミを仕舞うな」
「ご、ご、ご、ゴミって……」
牛みたいに遅く、トロいと言われる私でもこのまま黙って傍観しているわけにはいかない。
これ以上、私の成長の軌跡である思い出の品々をゴミのように捨てられては困る。
すべて私の貴重なメモリアル。
「仕方ありません。竜人族が相手とはいえ、思い出と我が住処を守るため、私は全力で戦いましょう! 染物師としての力を示す時が来たようですね。私の真の力をここにっ……!」
「掃除をするだけのことだろう? 偉そうな口ぶりで言ってないで、いらないものをとっとと分別しろよ。ゴミヒロイン」
「ムッカー! 誰がゴミヒロインですかっ! 暴言が過ぎますっ!」
「言われたくないなら、部屋を綺麗にしろよ。お前が解放するべき力は清掃能力だ」
ラウリは綺麗好きなのか、手際よく物を分類していく。
「くそっ! 物が多すぎて分別する場所がない! よくこんな狭い小屋の中で物を増やせたな」
ブツブツ言いながらもラウリは寝室にあふれた物を分類し、片付けてくれている。
「ほら、いらないやつあるだろ?」
「ないですよ」
「この俺がここまで協力してやっているというのに……」
黒い影がゆらりと揺らぐ。
不穏な空気が漂い私とラウリが対峙し、とうとう人間と竜人の戦いが始まるのではと思われたその時――強い風がガタガタっと窓枠を鳴らし、森の木々が右へ左へと大きく揺れ動いた。
まだラウリは人の姿のままで竜の姿ではなく、この不穏な風を起こしたのはラウリではないとわかる。
「追って来たか」
ラウリは目を鋭くさせ、窓の外を睨んだ。
先程よりも激しく窓が振動でビリビリと震え、高価な窓ガラスが割れるのではないかと心配になるくらいの風圧が外から家に加わる。
「なっ、なにごと?」
「……ったく、めんどくさいが、人家に被害が出ては困る」
窓ガラスが割れる前に私は外へ飛び出した。私のほうが先に動いたのに廊下であっさりラウリに抜かれ、最初に外に出たのはラウリだった。
「本気で走っているのか?」
「走ってますっ!」
「逃げるのは無理そうだな」
「え? 逃げる?」
空を見上げると緑色の竜の巨体が悠々と飛んでいる。
森の緑、夏の新緑色に似た鱗は輝き、透き通る緑はエメラルドのようだった。
子竜サイズなんて目じゃない巨大な竜の体。鱗が山ほどとれるに違いない。
「あれはエメラルドドラゴン……? あの大きさが本当の姿?」
「そうだ。だが、俺達にとって竜の姿も人の姿、どちらも本当の姿だ。まあ、死ぬ時は竜の姿になるから、本性は竜なんだろうな」
ラウリは私に説明しながら、やれやれと頭を掻いた。
もしかして、昨日の夜、私がカラスだと勘違いしたのは子竜サイズの竜人族の群れだった?
大きさを自在に変えられるところを見ると、あり得ない話ではない。
「竜人族が人間の前に姿を現さない存在だっていうのなら、ここにいるのはどうして?」
「俺は自由に遊びたかっ……じゃなくて、あー、そうだな……」
うーんとラウリは胸の前で腕を組んで、しばらく考え込んでいた。そして、ポンッと手を叩く。
「そう……あれだ。狭い世界から自由を求め、広い世界をこの目で見たいと思ったからだ」
ロク先生のような考えをラウリも持っていたらしい。
「そんな素敵な理由があったなんて……」
「素敵? あー、えー……狭い世界に閉じ込められた俺。俺には窮屈だった。よし、この窮屈な生活をなんとかしてやろうと俺は立ち上がる。そして、決断の時。国を飛び出した俺。過去の俺との別れ、そして成長。見知らぬ世界を知る俺の前に立ちふさがる難題(ゴミ小屋)ってところだな」
ちょっと棒読みな説明だったけど、夢へと向かうラウリの姿が想像でき、素晴らしい話を聞かせてもらった。残念ながら、涙を流すまでには至らなかったけど、ジーンと私の胸に響いた。
「わかりました。あなたのその夢。私が守ってあげましょう!」
「は? 守る? お前が俺を?」
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