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悪夢

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御園診療所。
新宿の繁華街の路地裏に診療所はある。
一歩診療所の中に入ると、新宿の喧騒が嘘のように静かだ。
今は、休憩時間で待合室には誰も居ない。
三人で、お世辞でも広いとは言えない診察室に入る。

「てきとーに座れよ?今ハーブティーでも入れる。飲んでいけよ。」

「・・・。先生何かありました?」

「・・・。」

手際よくハーブティーを入れると二人に手渡した。

「まぁ、飲めよ?たまには良いだろ?俺とティータイムってのもさ。」

「いただきます。」

葵がカップに口をつけるのを見て司もハーブティーを飲んだ。
たわいもない話をしていると、突然葵の身体がグラリと倒れた。
御園は倒れるのが解っていた様に葵の身体を支えた。

「っと・・。」

「葵っ!?」

司が慌てて葵の側に寄ろうとした。
御園は唇に人差し指をあてた。

「・・・。」

「葵を隣の部屋のベッドに寝かせてやってくれ?」

司は葵を抱き抱えるとベッドに寝かせた。

「先生どういう事だ?」

「ちょっと、睡眠薬をお茶に入れただけだ。葵は最近ちゃんと眠れてるのか?」

「それは・・。」

ソファーでうたた寝していた葵を思い出す。

「あまり、眠れてないみたいです。」

「だろうな?化粧で誤魔化してるけど、顔色が良くなかった。相変わらず、悪い夢を見てるのか?」

「詳しくは言わないけど、多分。」

「そうか・・・。司は葵に付いててやってくれ?」

「ああ。わかった。」




御園は葵と初めて出会った時の事を思い出していた。
不法滞在の女性が怪我をして葵に助けられた。その時、初めて葵と出会った。
葵の応急処置の仕方は独特で、軍隊の応急処置の仕方だった。
その頃から、葵は悪夢に悩まされていたのだ。

(葵の応急処置の仕方や、悪夢を見続ける事。もしかしたら『戦争神経症』かもしれないな?でも、最近大きな戦争なんて無かったはずだ。だったらどこで戦争に携わってたんだ?それに、女の葵がどうして戦争に・・。出会った頃はどうみても20代半ばだった・・。)

隣の部屋に視線を移す。司が葵の手を握っていた。

(司にも話してないみたいだしな。葵の抱えてる闇は深いのかもな。)

ため息を吐いて椅子に座る。




司は葵の寝顔を見つめた。穏やかな寝顔にホッとする。
手を伸ばすと優しく頬を撫でた。
少しでも葵の支えになりたい。いつも思っているがなかなか頼ってもらえないのがもどかしかった。
悪夢の事を聞いても『大丈夫』と言っていつもはぐらかされていた。

「全然大丈夫じゃないだろ?」

語り掛けるように呟いた。




葵が眠って数時間がたっていた。

「っ・・。」

握っていた手に僅かに力が入った。

「葵?」

「はっ・・やっ・・だめ。」

目尻に涙が浮かび呼吸が荒くなる。

「やめ・・てっ」

「先生っ!葵が!」

御園を呼びながら葵の肩を揺らした。

「葵!あおいっ!」

ゆっくり開かれた瞳から涙が溢れた。

「あれ?わたし・・?」

「大丈夫か?」

「ここ・・。ああ、先生の所か。」

「また悪夢を見たのか?」

御園が尋ねる。

「・・大丈夫。」

身体を起こしながら言った。

「先生?薬盛ったでしょ?」

「酷い顔色だったからな。まぁ、だいぶマシになったか?」

葵の顔を見ながら悪びれる様子もなく言う。

「ほんと、過保護なんだから。ちゃんと眠れてるから大丈夫だよ?」

「・・・そうか?」

「うん。」

もう一度、お茶を淹れてくれた。

「・・・。」

「もう何にも入れてないから大丈夫だよ?」

笑いながらコーヒーを飲んでみせたが葵の視線が痛い。

「悪かったって!!でも、俺なりに心配したんだよっ!」

「ふふっ。ごめんごめん。解ってるから。先生、ありがとう。」

そう言ってコーヒーを飲んだ。




御園診療所を後にした二人は帰路についていた。

「まだ、悪夢見るんだな・・?」

「・・・。これでも、良くなったんだよ?」

「でもっ!」

「司と一緒に居るようになってから随分良くなったんだ。ほんとだよ?」

葵は司を見上げて言った。

「本当か?」

「うん。」

穏やかに微笑んだ。

「ちゃんと話せるようになったら、話すから待ってくれる?」

葵の深い瑠璃色の瞳が司を見つめた。

「わかった。でも、辛かったら何時でも言って?俺はいつでも葵の事思ってるから。」

「・・・。ありがとう。ごめんね?」

「大丈夫だ。さぁ、帰ろう?」

「うん。」

二人肩を並べて帰っていった。
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