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第4章 ケリュネイア山の黄金の羊
9 ヘラクレスと
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「だが、ここにいると女神ヘラにその毛皮が狙われ続けて危険だ、だから保護してやりたい、身の安全は保証すると告げるんだ」
「わかった」
今回は今までの討伐とは異なり、冥府の王ハデスから受けた指示は生け捕りなのだ。
より難易度が高い。
知らぬ者などいない楽園エレウシスの名称は聖獣にとっても魅力的であるはずだが、はたして自分に説得できるだろうか。
「ディケ…」
一抹の不安を覚える背中が、腕を回されて引き寄せられた。
代わりに行きたいくらいだ…と低く背後から囁かれてふわりと抱きしめられる。
「だが…これは…通過儀礼でもあり…」
(通過…儀礼…)
奇妙な響きを持って聞こえたその言葉を自然と心の中で繰り返した。
なぜ、そんな言い方をするのか。
けれどもよくよく考えてみれば、恩赦の条件を完遂できてこそ確固たる身分と定住先が与えられ、新しい人生が始まるのだ。
次なる段階のための意味ある必要過程なのだと言われれば、そうだろう。
「こなさなくては…」
独り言のようにか細く、かろうじて聞こえた呟きに、わかってると頷いた。
大丈夫だ、やり遂げてみせるよと、言葉にできない想いでも宿しているかのような瞳に戸惑いながらも告げた。
「本当は独りで行かせたくない…」
「まぁね、オレ…あんまり口がうまくないからさ、心配になるのはわかるけど」
なぜだか切なげにも、沈痛とも取れる面持ちとなった美形にあえておどけて見せた。
「でも、とりあえず説得してみて…ちょっとむずかしそうだったら、一度戻ってくるからさ…そしたらまた一緒に策を考えてくれるだろ?」
相手の危惧を拭い払うようにして伝え、もちろんだと答えた腕を空いている手で軽く叩く。
「ん…じゃ、行ってくるよ」
意を決して背中を向けたというのに、ディケ…と呼ばれて腕をまた引かれた。
「もしも、名前を聞かれたら…」
「あぁ、わかってるって…ヘラクレスだって名乗ればいいんだろ?」
そうだ…と細められた青灰色の瞳に首を縦に振って理解を示した。
なぜだかそういう約束なのだ。
ハデス神殿に退治した怪物たちを献上する際にも、ヘラクレスの名を語り、死骸に文字を刻み、奉納した。
一種の験担ぎに思えばいいとだけ説明されたが、冥府の王との約束らしい。
(どうしてなんだろう…)
今度こそ背を向けて歩み始めながらも疑問が尽きない。
対象者と相対する時にはヘラクレスと別名を告げるように指示されているのは、なぜなのか。
(それに…)
これほどまでに心配そうな様子を見せられるなんて初めてのことだ。
いつだって冷静に状況を分析し、確実に実行し、そして狙った通りの結果を叩き出す――そんな印象すら持っていたというのに。
(オルフェウスには…なにかある…)
背後に意識を向けながら、もちろん事情があるからこそ案内人を引き受けたはずだろと自答する。
そのハデスとの取引をいつか自分にも教えてくれる日が来るだろうか、と感じ入った途端に、ふわさっと肩に重さを感じた。
「イオン…」
「わかった」
今回は今までの討伐とは異なり、冥府の王ハデスから受けた指示は生け捕りなのだ。
より難易度が高い。
知らぬ者などいない楽園エレウシスの名称は聖獣にとっても魅力的であるはずだが、はたして自分に説得できるだろうか。
「ディケ…」
一抹の不安を覚える背中が、腕を回されて引き寄せられた。
代わりに行きたいくらいだ…と低く背後から囁かれてふわりと抱きしめられる。
「だが…これは…通過儀礼でもあり…」
(通過…儀礼…)
奇妙な響きを持って聞こえたその言葉を自然と心の中で繰り返した。
なぜ、そんな言い方をするのか。
けれどもよくよく考えてみれば、恩赦の条件を完遂できてこそ確固たる身分と定住先が与えられ、新しい人生が始まるのだ。
次なる段階のための意味ある必要過程なのだと言われれば、そうだろう。
「こなさなくては…」
独り言のようにか細く、かろうじて聞こえた呟きに、わかってると頷いた。
大丈夫だ、やり遂げてみせるよと、言葉にできない想いでも宿しているかのような瞳に戸惑いながらも告げた。
「本当は独りで行かせたくない…」
「まぁね、オレ…あんまり口がうまくないからさ、心配になるのはわかるけど」
なぜだか切なげにも、沈痛とも取れる面持ちとなった美形にあえておどけて見せた。
「でも、とりあえず説得してみて…ちょっとむずかしそうだったら、一度戻ってくるからさ…そしたらまた一緒に策を考えてくれるだろ?」
相手の危惧を拭い払うようにして伝え、もちろんだと答えた腕を空いている手で軽く叩く。
「ん…じゃ、行ってくるよ」
意を決して背中を向けたというのに、ディケ…と呼ばれて腕をまた引かれた。
「もしも、名前を聞かれたら…」
「あぁ、わかってるって…ヘラクレスだって名乗ればいいんだろ?」
そうだ…と細められた青灰色の瞳に首を縦に振って理解を示した。
なぜだかそういう約束なのだ。
ハデス神殿に退治した怪物たちを献上する際にも、ヘラクレスの名を語り、死骸に文字を刻み、奉納した。
一種の験担ぎに思えばいいとだけ説明されたが、冥府の王との約束らしい。
(どうしてなんだろう…)
今度こそ背を向けて歩み始めながらも疑問が尽きない。
対象者と相対する時にはヘラクレスと別名を告げるように指示されているのは、なぜなのか。
(それに…)
これほどまでに心配そうな様子を見せられるなんて初めてのことだ。
いつだって冷静に状況を分析し、確実に実行し、そして狙った通りの結果を叩き出す――そんな印象すら持っていたというのに。
(オルフェウスには…なにかある…)
背後に意識を向けながら、もちろん事情があるからこそ案内人を引き受けたはずだろと自答する。
そのハデスとの取引をいつか自分にも教えてくれる日が来るだろうか、と感じ入った途端に、ふわさっと肩に重さを感じた。
「イオン…」
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