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5 出張旅行編
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遺跡の中はシンプルだった。
昨日訪れた西の遺跡と造りは同じ様で、私たちは迷うこともなく、あっという間に中心部にたどり着いた。
西の遺跡はここで終わりだったけど、東の遺跡はここから細い通路がさらにさらに延びている。
季節は六月だというのに、湿った空気がヒンヤリして肌寒い。
そもそも遺跡は山の中腹あたりにあるので、初秋くらいの季節感。それを見越して上着も用意したのに、それでも少しヒヤッとする。
「右と左、分かれていますね。どちらに向かいます?」
これまで通路は一本だけだったのに。
ここにきて、分かれ道が現れた。
目標は三番目と開発者だとはいえ、こっちは探す目印もない。まずはラウが感じとった、狂った精霊王をどうにかしないと。
「ラウ、精霊王はどっちなのか分かる?」
「方向的には真っ直ぐだな」
ラウは右でも左でもなく、壁を指でとんとんと叩く。
なるほど。
「なら、この壁、ぶち抜く?」
真っ直ぐなら、ぶち抜けば最短距離。
壁に手を当てて、ぶち抜く場所を吟味していると、私の肩に手が押かれた。
「さすがにそれは止めた方がいいな。遺跡全体が崩れるとマズい」
えー
ここをぶち抜くくらい、さくっと終わるのに。
「不満げなフィアもかわいい」
うん、私の夫、また変なスイッチが入ったな。
こんな遺跡の中で、私の顔をキラキラした目で見られても困るんだよな。
「クロスフィア様、師団長は放っておきましょうか」
ジンクレストがラウの手をパシッと叩いて、私を引き剥がす。
「ここは二手に分かれて探索した方がよさそうですね」
そして流れるようにスルッとラウと私の間に入り込み、次の行動提案までするジンクレスト。
こうなるとラウが黙ってはいない。
通常のラウももちろん黙っていないけど、今は何か変なスイッチが入ったラウだ。
いち早く事態を察して、ユクレーナさんは、はぁーと息を吐く。その上、こめかみを指でぐりぐりし始めた。
「おい、まさかとは思うが、お前がフィアと組むとか言わないよな」
「私はクロスフィア様の専属護衛です。私がクロスフィア様と組むのは当然でしょう」
「これは俺とフィアのイチャイチャ新婚旅行だぞ。フィアの夫である俺が組むのが当然だろう」
「お二人とも落ち着いてください!」
ぐりぐり継続中のユクレーナさんが、いつもより大きな声で割って入る。
ここで下手に私が入ると大惨事になりかねないため、私は傍観するのが得策だった。
ただ傍観しているのでは暇なので、三人が話し合っている隙を見て、私はごそごそと荷物からあるものを取り出す。
「これが落ち着いていられるか!」
「こんなに短気では、クロスフィア様をお任せするのが心配でなりません」
「だから、お前がついていくって言うのかよ」
「それが何か?」
どんどん加熱する話し合いを横目に、私は手元を覗き込む。
ラウとジンクレスト、一触即発の状況で、ユクレーナさんが私に助けを求めてきた。
「クロスフィアさん、師団長が暴れ出しそうなんですが」
「まぁとりあえず、皆で右に行けばいいんじゃない?」
手元を覗き込みながら、私は答えた。
別に二手に分かれる必要はない。
「って、何を見てらっしるんです?」
「ルミ印のガイドブック」
そう。私が荷物から取り出したものというのは、ルミアーナさん特製のガイドブックだった。
これを一晩でまとめたなんて、ルミアーナさんて凄すぎるよね。
「「?」」
私はガイドブックを三人にバンと提示する。
三人とも何がなんだか分かっていなさそうな様子。ほけっとした顔で、ガイドブックと私を交互に見ている。
侮るなかれ。
ルミ印はそんじょそこらの観光ガイドではない。私も今更ながら凄さを実感している。
だって。
「これ、遺跡の地図も載ってるんだよね」
そう、地図付き! しかも詳細な!
ガイドブックに地図が付いているのは知っていたけど、まさか遺跡内部の地図までついているとは思わなかった。
いったいどうやって情報を集めているんだろう。深くは考えないでおこうかな。
「ええ?!」
「本当ですか?!」
「あってるのか、それ?!」
やっぱり驚くよね。
私も最初見たときはびっくりしたもの。
「うん。ここに来るまでのものは、かなり正確だったよ」
「マジか、ルミ印」
愕然とするラウ。
「この地図を見ると、右の道がこの壁の向こう側に繋がるってるみたいだから」
皆で地図を覗き込んだ。
「まぁ、この先の情報まで正しいかは分からないけど」
「そうだな。大地の精霊王が暴れているから、影響を受けて道が変わってるかもしれないしな」
「それでも地図があれば心強いですね」
皆で頷く。
「では、移動しましょうか」
こうして、私たちは右の通路を進み出した。
歩くにつれて、大地の精霊力が徐々に力を増していくのを感じる。
先頭はラウ。
真ん中はユクレーナさんで、最後尾はジンクレストだ。
私はラウに並んだり、ユクレーナさんに並んだりして、ちょこちょこ歩いている。
精霊魔法技能がない私が、鑑定眼で感知できるほどなので、他の三人、とくに上位竜種のラウはかなり緊張しているのが見て取れた。
「ラウがあんなに緊張するなんて、珍しいよね」
「この先の精霊王は、それほど危険な状態なんでしょうか」
私がユクレーナさんと並んだときに、こっそり話しかけると、ユクレーナさんも真剣な面持ちで返事が返ってくる。
口には出さなかったけど、私もユクレーナさんと同じことを考えていた。
チラチラとラウを見る。
ラウの緊張はさらに高まっているように見えた。
突然、ラウが立ち止まる。
私はそのままラウの背中に抱きつくように、ぶつかった。
ゴスン!
凄い音。しかも後ろから。
「フィア、こっちに」
ラウがくるっと振り返ると同時に、ふわりと私を持ち上げ立ち位置を交換した。
「ベルンドゥアン!」
「承知」
ラウが声をかけたときには、すでに、ジンクレストの風と土の防御が展開されていた。
「チッ、前からの気配に集中し過ぎたか」
ゴスン!
またもや、もの凄い音がした。
ジンクレストの防御が弾けて消える。
そうだ。ここは赤の樹林と似たような状態だった。
精霊力なんてほとんどないところで、ジンクレストはなんとか力をかき集め、防御を組み上げたんだろう。
「くっ」
ジンクレストが顔を歪めた。
精霊力が乏しいところであるほど、精霊騎士にとっては不利な場所になる。
ゴスン!
もの凄い音が近づいてくる。
「クロスフィアさん、精霊王です」
ユクレーナさんの声が震えていた。
「どけ、ベルンドゥアン。俺が行く」
ラウが私のそばを離れ、ジンクレストの横に移動する。
ラウと入れ替わるように、ジンクレストが後ろに下がった、その瞬間。
グラッ
足元が大きく波打つように揺れた。
「わわ」
「キャァァァ」
バランスを崩し、私にしがみつくユクレーナさん。
そして。
「あ、亀裂」
足元の通路に一本の亀裂を発見する私。
んんん?
私の足元に亀裂があるということは、まさか…………。
「フィア!」
「クロスフィア様!」
昨日訪れた西の遺跡と造りは同じ様で、私たちは迷うこともなく、あっという間に中心部にたどり着いた。
西の遺跡はここで終わりだったけど、東の遺跡はここから細い通路がさらにさらに延びている。
季節は六月だというのに、湿った空気がヒンヤリして肌寒い。
そもそも遺跡は山の中腹あたりにあるので、初秋くらいの季節感。それを見越して上着も用意したのに、それでも少しヒヤッとする。
「右と左、分かれていますね。どちらに向かいます?」
これまで通路は一本だけだったのに。
ここにきて、分かれ道が現れた。
目標は三番目と開発者だとはいえ、こっちは探す目印もない。まずはラウが感じとった、狂った精霊王をどうにかしないと。
「ラウ、精霊王はどっちなのか分かる?」
「方向的には真っ直ぐだな」
ラウは右でも左でもなく、壁を指でとんとんと叩く。
なるほど。
「なら、この壁、ぶち抜く?」
真っ直ぐなら、ぶち抜けば最短距離。
壁に手を当てて、ぶち抜く場所を吟味していると、私の肩に手が押かれた。
「さすがにそれは止めた方がいいな。遺跡全体が崩れるとマズい」
えー
ここをぶち抜くくらい、さくっと終わるのに。
「不満げなフィアもかわいい」
うん、私の夫、また変なスイッチが入ったな。
こんな遺跡の中で、私の顔をキラキラした目で見られても困るんだよな。
「クロスフィア様、師団長は放っておきましょうか」
ジンクレストがラウの手をパシッと叩いて、私を引き剥がす。
「ここは二手に分かれて探索した方がよさそうですね」
そして流れるようにスルッとラウと私の間に入り込み、次の行動提案までするジンクレスト。
こうなるとラウが黙ってはいない。
通常のラウももちろん黙っていないけど、今は何か変なスイッチが入ったラウだ。
いち早く事態を察して、ユクレーナさんは、はぁーと息を吐く。その上、こめかみを指でぐりぐりし始めた。
「おい、まさかとは思うが、お前がフィアと組むとか言わないよな」
「私はクロスフィア様の専属護衛です。私がクロスフィア様と組むのは当然でしょう」
「これは俺とフィアのイチャイチャ新婚旅行だぞ。フィアの夫である俺が組むのが当然だろう」
「お二人とも落ち着いてください!」
ぐりぐり継続中のユクレーナさんが、いつもより大きな声で割って入る。
ここで下手に私が入ると大惨事になりかねないため、私は傍観するのが得策だった。
ただ傍観しているのでは暇なので、三人が話し合っている隙を見て、私はごそごそと荷物からあるものを取り出す。
「これが落ち着いていられるか!」
「こんなに短気では、クロスフィア様をお任せするのが心配でなりません」
「だから、お前がついていくって言うのかよ」
「それが何か?」
どんどん加熱する話し合いを横目に、私は手元を覗き込む。
ラウとジンクレスト、一触即発の状況で、ユクレーナさんが私に助けを求めてきた。
「クロスフィアさん、師団長が暴れ出しそうなんですが」
「まぁとりあえず、皆で右に行けばいいんじゃない?」
手元を覗き込みながら、私は答えた。
別に二手に分かれる必要はない。
「って、何を見てらっしるんです?」
「ルミ印のガイドブック」
そう。私が荷物から取り出したものというのは、ルミアーナさん特製のガイドブックだった。
これを一晩でまとめたなんて、ルミアーナさんて凄すぎるよね。
「「?」」
私はガイドブックを三人にバンと提示する。
三人とも何がなんだか分かっていなさそうな様子。ほけっとした顔で、ガイドブックと私を交互に見ている。
侮るなかれ。
ルミ印はそんじょそこらの観光ガイドではない。私も今更ながら凄さを実感している。
だって。
「これ、遺跡の地図も載ってるんだよね」
そう、地図付き! しかも詳細な!
ガイドブックに地図が付いているのは知っていたけど、まさか遺跡内部の地図までついているとは思わなかった。
いったいどうやって情報を集めているんだろう。深くは考えないでおこうかな。
「ええ?!」
「本当ですか?!」
「あってるのか、それ?!」
やっぱり驚くよね。
私も最初見たときはびっくりしたもの。
「うん。ここに来るまでのものは、かなり正確だったよ」
「マジか、ルミ印」
愕然とするラウ。
「この地図を見ると、右の道がこの壁の向こう側に繋がるってるみたいだから」
皆で地図を覗き込んだ。
「まぁ、この先の情報まで正しいかは分からないけど」
「そうだな。大地の精霊王が暴れているから、影響を受けて道が変わってるかもしれないしな」
「それでも地図があれば心強いですね」
皆で頷く。
「では、移動しましょうか」
こうして、私たちは右の通路を進み出した。
歩くにつれて、大地の精霊力が徐々に力を増していくのを感じる。
先頭はラウ。
真ん中はユクレーナさんで、最後尾はジンクレストだ。
私はラウに並んだり、ユクレーナさんに並んだりして、ちょこちょこ歩いている。
精霊魔法技能がない私が、鑑定眼で感知できるほどなので、他の三人、とくに上位竜種のラウはかなり緊張しているのが見て取れた。
「ラウがあんなに緊張するなんて、珍しいよね」
「この先の精霊王は、それほど危険な状態なんでしょうか」
私がユクレーナさんと並んだときに、こっそり話しかけると、ユクレーナさんも真剣な面持ちで返事が返ってくる。
口には出さなかったけど、私もユクレーナさんと同じことを考えていた。
チラチラとラウを見る。
ラウの緊張はさらに高まっているように見えた。
突然、ラウが立ち止まる。
私はそのままラウの背中に抱きつくように、ぶつかった。
ゴスン!
凄い音。しかも後ろから。
「フィア、こっちに」
ラウがくるっと振り返ると同時に、ふわりと私を持ち上げ立ち位置を交換した。
「ベルンドゥアン!」
「承知」
ラウが声をかけたときには、すでに、ジンクレストの風と土の防御が展開されていた。
「チッ、前からの気配に集中し過ぎたか」
ゴスン!
またもや、もの凄い音がした。
ジンクレストの防御が弾けて消える。
そうだ。ここは赤の樹林と似たような状態だった。
精霊力なんてほとんどないところで、ジンクレストはなんとか力をかき集め、防御を組み上げたんだろう。
「くっ」
ジンクレストが顔を歪めた。
精霊力が乏しいところであるほど、精霊騎士にとっては不利な場所になる。
ゴスン!
もの凄い音が近づいてくる。
「クロスフィアさん、精霊王です」
ユクレーナさんの声が震えていた。
「どけ、ベルンドゥアン。俺が行く」
ラウが私のそばを離れ、ジンクレストの横に移動する。
ラウと入れ替わるように、ジンクレストが後ろに下がった、その瞬間。
グラッ
足元が大きく波打つように揺れた。
「わわ」
「キャァァァ」
バランスを崩し、私にしがみつくユクレーナさん。
そして。
「あ、亀裂」
足元の通路に一本の亀裂を発見する私。
んんん?
私の足元に亀裂があるということは、まさか…………。
「フィア!」
「クロスフィア様!」
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