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第二章
(13)小鳥まみれの人
しおりを挟む怪しげな井戸のある廃屋に通い始めて、一週間が過ぎた。
『婚約者の妹に女神様なんて言うな、このクズ男っっ!』
古い井戸に向けて、今日も私は叫んでいる。ストレス解消は絶好調!
叫ぶたびに、心が軽くなるのがわかる。これで顔色が悪いとオクタヴィアお姉様に心配をかけずに済む!
……と順調だったはずなのに。
すっきりして振り返ったら、たくさんの小鳥たちが、見知らぬ人の頭や肩にとまっていた。
「……!」
すごいっ! いろんな種類の小鳥さんたちが、たくさん揃っているっ!
……じゃなくて。
人がいる。
知らない人がそこに立っている。しかも、私をじっと見ている気がする。
これは、危険かもしれない……。
クズ男のような人の可能性も考えて、私はじわりと後退った。
小鳥たちの止まり木になっている人は、かなり背が高かった。
一見地味な黒っぽい服を着ていたけど、よく見るととても良い布を使っていることに気付く。それに黒に見えた色も、実はしっかりと濃い青色だった。木々の隙間から差し込む陽光に当っている場所は、鮮やかな瑠璃色に輝いている。
あんなきれいな青色は、領地でたまに見るオウカンキバワシの風切羽以外は見たことがない。いったいどんな染色技術を使ったら、あの色が出るのだろう。間違いなく超級で高価なお品だ。
それに仕立ても丁寧に見える。衣服にどこにも不自然な皺はできていないし、不自然に浮きあがっているところもない。肩から腕にかけての自然さはお見事の一言に尽きる!
どう見ても普通の相手ではない。
庶民育ちだから、こういう相手は要注意人物に分類することにしている。私が商人なら、全力の笑顔でごますりを開始する。でも私は商人ではないし、ここは懇親会の会場でもない。
……まずいな。
この人は間違いなくとんでもない金持ちだ。それも大商人とか貴族レベルに達している。……とすると。
「……もしかして、この家の持ち主さんですか?」
現在、私は不法侵入中だ。
子供なら大目に見てもらえるかもしれないけれど、幼く見えても私は十六歳。年齢的には大人で、怪しい侵入者として警備隊に突き出されてもおかしくない。
そんなことになったら、すごくまずい。
これでも一応、伯爵令嬢なのだ。とんでもなく恥ずかしい事態になりかねないので、まずおそるおそる聞いてみた。
でも小鳥をとまらせた謎の人物はわずかに眉を動かしただけで、面倒臭そうに首を横に振った。
「この家とは、何の縁もない」
……ふむ。このお兄さん、なかなかにいいお声をしていらっしゃる。
でも女子供に対して全く優しさが感じられないのは、ちょっとマイナス評価に繋がると思う。まあ、相手は私だから気にしなくてもいいんだけど。
「えっと、では……あなたも不法侵入仲間ですか?」
年齢より幼く見える容姿を最大限に利用して、できるだけ無邪気そうな笑顔を浮かべ、でもさり気なくお互いの口止めを匂わせてみた。
でも背の高いお兄さんは肯定はしてくれなかった。いかにもつまらなそうな顔で私を見て、頭に留まっている小鳥たちを手で追い払った。
小鳥たちは慌てたように飛んでいく。そうすると、お兄さんの髪が見事な黒色であることがわかった。まるで黒曜石のように濃い黒だ。
それに、びっくりするほど顔が整っている。こんなに整った顔の人が現実にいるんだとぽかんと見上げていたら、水色の目が急激に冷たくなってしまった。
どうしよう。とてもきれいな人なのに、目と表情が怖い。
「……あの、家主さんでも不法侵入仲間でないとすると、私に何か御用でしょうか」
「お前、その井戸がどういうものか、わかっているのか?」
「この井戸、ですか?」
「周囲の音を吸い取っていることには気付いているだろう。それは魔力によるものだ」
……へぇ。
これが、魔力の産物なんだ。
私は井戸を振り返って、しげしげと眺めた。
でも、どれだけ見てもその原理はわからない。私は魔力が極端に少なくて、貴族としては落ちこぼれなのだ。だから、私にはちょっと怪しげで便利な、ただの古びた井戸でしかない。
「……私、魔力とか魔術とかは全くわからないんです。そうか、便利だと思ったら魔力のせいだったんだ。魔術ってすごいなぁ!」
つい、そうつぶやくと、目つきの悪い謎の人物はますます冷ややかな目になってしまった。
「……お前、見た目より大人の年齢になっているようだが、迂闊すぎるぞ」
「そう、自分でも迂闊だなぁと反省はしています。……そうだ、お兄さんに聞きたいことがあります!」
名前を知らないし、それなりに若そうなのでそう呼んでみた。
不幸なことに、喜んではもらえなかったらしい。変なことを聞いたような顔になっている。おかしいな。ロイカーおじさんよりは絶対に若いと思ったんだけど。二十代ならお兄さんでいいよね?
ま、私はお兄さんの反応は気にしないけど。
「お兄さんは、私を見て何歳くらいだと思います?」
「子供の年齢など、わかるわけがない」
「あ、ひどいですね。でも子供っぽく見えますよね? 絶対に女神様には見えませんよね?」
「……お前が叫んでいた男の話か」
私をじっと見てから、お兄さんは僅かに眉をひそめた。
話がすぐに通じるっていいなぁ。頭の回転が速い人は好きだな! ……と嬉しくなってうなずこうとして、ふと気付いた。
あの井戸は音を全て吸い込むはずなのに、なぜ内容を知っているんだろう。
やはり、この人も怪しい人……?
ちょっと胡乱な目を向けた私が何か言う前に、謎のお兄さんは今度はあからさまに顔をしかめた。
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