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求婚者たち
(12)紋章付きの手紙
しおりを挟むもう、ろくでもない書簡など読むのはやめようかとも思ったが、最後の書簡を見て慌てて表情を改めることになった。
最後の書簡の封にあるのは「皇帝の紋章」と呼ばれる双頭のドラゴンの意匠の押印だった。
私が思わず顔を上げると、父も表情を改めてうなずいた。
「それは、いわゆる密書の類だ。アルヴァンスに託されてきた」
「……私にはその意図が全くわかりません」
なぜか顔をわずかにそらしたアルヴァンス殿は、軽く肩をすくめた。明快なアルヴァンス殿には珍しい態度だ。
あれはどういう意味なのだろう。
よくわからないが……間違いなくいい話ではない気がする。
私は少しためらってから中の書状に目を通した。
三回ほど目を通してから、私は困惑して父を見た。文字は達筆ながらも明確で、文章としても短い。ゆえに誤読などありえないはずなのだが、私が読み取った限りでは、皇帝陛下がご自分の甥を私の夫候補に推しているようだった。
なるほど。アルヴァンス殿が言った通り、確かに意図がわからない。
私は次期領主とはいえ、マユロウ領は地方中の地方、下手をすれば蛮族と嘲笑われるような豪族あがりでしかないのに。
……いやそれより、まさかこれは皇帝陛下の御自筆だったりするのだろうか。
いろいろ恐ろしすぎて、あまり考えたくないので、私は現実的なことを口にした。
「なぜ、皇帝陛下の甥御殿が私に……?」
「わからん。だがその方は、数多いる皇帝陛下の甥の中でも特異な方でな。父君は皇帝陛下の兄弟の中で最も秀でた方だった。そういう方の、庶出ながらただ一人の御令息ともなれば、大きな混乱があれば間違いなく担ぎ出される。……というのが我等諸侯の共通の評価だ」
大きな混乱。……内乱か、外からの侵略か。
この場にいるのが身内だけとは言え、父は大胆なことを口にする。不敬罪と取られても仕方ないのに、マユロウ伯がマユロウである表れだろうか。
アルヴァンス殿が聞いていないふりをするくらいに危険なことなのに、葡萄酒の出来具合を語るような気軽さだ。
こういうところは、我が父ながら大物だと思う。
それにしても、皇族としては一流ではないが、貴族としては超一流の方が、何を間違えて私のような女の夫に、という話になったのだろう。
「……わからない」
私は投げやりにつぶやいた。
投げやりついでに、イスに戻って銀杯に酒を注ぐ。
いつもの葡萄酒ではない。父秘蔵の蒸留酒だ。高価なそれを、ささやかな反抗心からたっぷりと酒杯に満たす。
「日はまだ高いぞ」
父にそうからかわれたが、私は無視して一息に飲み干した。
きつい酒だ。喉がやける。
「美味い酒ですね」
「蒸留酒もお好みとは、さすがです。やはりライラ・マユロウは父君に似て酒豪であられる。今夜の酒宴で、ぜひ酌み交わしましょう」
楽しそうにそう言うアルヴァンス殿は、いつもの雰囲気に戻っていた。
アルヴァンス殿が都に向けて出発したのは、もう一週間前のことになる。
いつもはゆっくりしていく方だが、今回は皇帝陛下からの密書のためにこの地に来ていたため、滞在期間はいつになく短かった。
いや、短いと言っても二週間もいれば十分だ。
その間に「酒宴」と称するものが何度となくあった。私も参加させられたのだが、父もアルヴァンス殿も、常識外れも甚だしい。
もういい年なのだから、そろそろ酒は控えるようにと私が言っても、父は全く聞きいれない。常日頃から「太く短く」を座右の銘にしているなどとうそぶき、朝まで飲み続けたのは一度や二度ではない。
アルヴァンス殿も、優美な貴公子然とした外見に合わず、飲みっぷりは牛飲だ。普段が貴公子である分、反動があるのだ、というのが本人の弁だが、マユロウの血は確かに流れているとつくづく思う。
とにかく、私は二人の酒豪につきあう羽目になった。
二人とも周囲を不幸にするような悪質な酒乱ではないが、私はのんびり酔うこともできなかった。
やっと酔いが回り始めていい気分になってきたと思ったら、父は剣舞を始め、アルヴァンス殿は私に絡んできたのだ。
父の剣舞はいつものことで、あらかじめ実戦用の父の愛剣を刃を潰した剣にすり替えることで何とかなるのだが、アルヴァンス殿については……正直言って閉口した。
「あの坊やがいなくなってやっと私にもチャンスが訪れたと思ったのに、極上の求婚者が三人も現れてしまった。貧乏貴族でしかない私になす術もありません」
「私には地位も財産もない。あなたに捧げられるのは、この想いだけです」
「ライラ・マユロウの傷心が癒えるのを待っていたのに。私の忍耐は何だったのでしょう」
剣舞と称した剣技訓練の音が鳴り響く中、確かそんなことを言われたような気がする。
手を握られ、一つに束ねた髪の毛先に口づけされ、席を立とうとすると引き寄せられもした。初めは驚き、酔いも手伝って、人生で初めてときめいた。頬だって、柄にもなく赤くなったと思う。
……しかし、同じ言葉を何度も繰り返して言われているうちに、さすがにうんざりしてしまった。
切なげにささやかれるのなら恋に目覚めるのかもしれないが、酒宴の場で大げさな身振りと、酒臭い息と、大きな声で言われてしまっては、恋に落ちろというほうが無理だ。
その上、似たような言葉を、父の側室や侍女たちや料理運びに駆り出された中年女や老女たちなど、手当たり次第、目につき次第、老若問わず女性たちに言っているのを聞いた後では、うんざりの度合いも高くなるというものだ。
幸いなことに、アルヴァンス殿は女性を口説く以上の悪酔いはしなかった。
それでも、この辺りではもちろん都でも珍しいと言われる赤い髪を振り乱したり銀水色の目を潤ませたり、洗練された仕草を過剰に女性に向けたりするアルヴァンス殿は、とにかく色気がありすぎて目の毒だった。
甘いのに冷たい、というのが都での彼の評価だったはずだから、ただの酔っ払いと化した姿は、都の優雅な貴婦人方にはとてもお見せできない。
一方父は、結局剣舞だけで飽き足らず、槍や戦斧を持ち出して周囲に止められ、上半身をさらして若い武人たちと剣を打ち合い、正妻や側室方を膝に抱いて口付けを強要したりしていた。
こちらはこちらで目に余る。
年頃の娘としては、頼むからやめてくれと心の中で叫んでいた。いや実際に口に出していた気もする。
こうした二人の姿は、おおらかなマユロウ領民にとっては今さら尊敬の念を失うほどのものではない。それでも巻き込まれた私にとっては悪夢のような宴であり、こういう宴が繰り返されたために疲れのたまる二週間だった。
私も多少飲みすぎて醜態をさらしてしまったが、おおむね同情を集める程度ですんだと思う。脱いだり暴れたりしていないのなら、未婚の娘としては合格だろう。
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