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求婚者たち
(17)メトロウド
しおりを挟む私にとって、気の重い日々が始まった。
求婚者たちに割り当てられた順番は、単純にマユロウへの到着順となった。
だから、気の重い初日はエトミウ家のメトロウド殿。いったい何を話せばいいのだろう。
そんなことを考えながら、メトロウド殿の待つ客間に入った。
メトロウド殿は、今日も繊細な美貌が見事だった。先日と異なるといえば、腰に剣を帯びていることか。
立ち上がって私を迎える姿は、帯剣していると確かに武人そのものだ。背は高くて私が少し見上げるくらい。首から肩にかけて、そして肩から腕への筋肉が衣装の上からでもよくわかる。
向かい合って座って改めて見ると、ハミルドと少し似ている顔には薄い傷跡がある。手は手袋で隠れているが、きっと硬いはずだ。傷跡もあるかもしれない。
身内にいる武人たちは皆そうだから、彼が日々どれほどの鍛錬を積んでいるかも簡単に想像できる。
それにしても大きな手だ。
「……叔父上には、外見だけなら私が一番ハミルドに似ていると言われています」
つい黙り込んで手に見入っていると、メトロウド殿が話しかけてきた。
はっと我に返ると、メトロウド殿は苦笑いをしていた。
「顔は似ていると言われているが、ご覧の通り、私は武人です」
「私の父や弟も武人ですから、そちらの方が慣れています」
「そう言っていただくとありがたい。ハミルドの身代わりなど私にはできないから」
にこりともせずにそう言うと、メトロウド殿は客間の壁に飾られた戦斧に目を送る。
私より、戦斧の方が気になるらしい。
そう言えばあの戦斧は、父が都に行った時に一目惚れして買い求めたものだ。掘り出し物でいい買い物だったと言っていたが、その値段を聞いて頭を抱えた記憶がある。
「……その戦斧は父が都で見つけて、気に入って買ってきたものです」
「マユロウ伯が? 実に見事なものです」
メトロウド殿がそう言うのなら、父の目利きは確かなのかもしれない。そう思って改めて見てみると、急にいい物に見えてくるから不思議なものだ。
……そうだ。これを利用しよう。
「別の部屋に、父がこれまで買い集めた武器があります。よかったら見に行きますか?」
二人きりの部屋で座っているより間が持つだろう、というくらいの考えから誘ってみると、メトロウド殿は本当に目を輝かせて身を乗り出してきた。どうやら正しい提案をしたらしい。
「マユロウ伯の収集品となると、興味があります。ご案内願えますか?」
「喜んで」
私そう言うと、メトロウド殿はやっと少し笑った。
その笑顔はとても優しくて、私も少し嬉しくなった。しかし、最初の面会の話題が武器見学というのはどうなのだろうか。
多少気になったが、話題ができただけでもいいことだろうと、二人で連れ立って歩くことになった。
普段は使っていない部屋を巡りながら、私たちは壁を埋め尽くすほど大量にある武器を見て回った。
ほとんどが父のコレクションだ。
正妻である私の母は華美を好む人ではないし、ご側室方もわきまえているからたいした散財をすることはない。
その代わりのように父は武器類を愛していて、気が付くと使いこなす間もないほど数が増えていく。当然質の悪い安物ではないから、かなりの散財だろうと思う。
父の贅沢ぐらいで揺らぐマユロウではないが、次期当主として気にならないわけではない。
私一人で見ると、こういう微妙な感情を呼び起こす武器たちだったが、メトロウド殿にとっては輝いて見えるようだ。案内している私を置いていく勢いの早足で近寄り、間近からじっくりと見ている。
「この剣は見事だ。刃の質がすばらしい。それにしては鞘の作りが拙いから、新しく作り直した方がいいと思いますよ」
「そういえば、父もそんなことを言っていましたね。母の首飾りの代わりに買ってきてしまったものなのでそのままになっています」
「こちらは……古い物ですね。百年は経っているものでしょう。それにしては手入れが行き届いていて、今すぐ実戦に使えそうだ」
「ああ、これは子供の頃に私が倉庫で見つけたものです。同じくらい古そうなものがまだ残っていると思いますよ」
「興味深いな。次に探す時は、私も誘ってください」
「……そうしましょう」
控えめに見ても、メトロウド殿はとても楽しそうだった。
彼の解説は実に詳しく、武器の歴史や地域性の違いなどそれほど知識のなかった私も楽しめた。近いうちに倉庫の中を探索することになりそうだが、それはそれで彼と一緒なら楽しめそうだ。
それに横に立って話をしていると、メトロウド殿を見上げる感覚がなんだか不思議だった。
マユロウにも巨大な武人たちは多数いる。しかし端正な顔立ちの男というものは、背が高い私と並ぶと、ほとんど目線が変わらないという思い込みがあったようだ。
メトロウド殿は姿だけを見ているとかなり洗練された貴公子ぶりで、それなのに私は顔を合わせようとすると見上げることになる。
実に新鮮な感覚だ。
何部屋分もの父の散財が、救いのない無駄遣いではなかったとわかったこともあり、私の気分は明るくなった。
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