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求婚者たち
(22)経済学の講義
しおりを挟む彼らは、私に求婚していることを覚えているだろうか。
最近、時々ふとそんなことを考えてしまう。
でも本当に状況がよくわからない日々が日常になっている。
揃いも揃って麗しき求婚者たちに、頬を染めたり、目を輝かせてお迎えしたり、困ったように顔を伏せたり……そういうことが全くできない私に問題があるとは思う。しかし原因はそれだけではないのも間違いない。
どのような日常かといえば、四人の求婚者たちが一人ずつマユロウの本邸にやってきて私と会う、という流れは変わらない。そこまではいい。父マユロウ伯が提案した通りであり、私も賛成したものだ。
どこに問題があるかと言えば……まずルドヴィス殿には、経済についての講釈を受けるようになっていた。
私は寡聞にしてよく知らなかったが、もともとカドラス家は流通を重んじていたらしい。
マユロウやエトミウは武の面を重んじ、領内の充実を優先してきたが、カドラスは領内を通る街道をいかに有効に利用するかに苦心してきたようだ。その縁で大商人パイヴァー家とも血縁を結んだということで、ルドヴィス殿は商人的見解と領主的見解の双方ができる人物だった。
この経済を重視した視点はマユロウに欠けたものだ。日々の会話の中でもそれを十分にうかがい知ることができた。
私があまりにも熱心に質問を繰り返し、それがかなり初歩的なものばかりであったためだろう。ルドヴィス殿はついにため息をついて私を冷たく見た。
「ライラ・マユロウは熱心だが、どうやら根本的な知識に欠けているようだ」
笑顔を見せないルドヴィス殿は、商人の血などどこに流れているのかと思うほど厳しい空気をまとう。だが私は萎縮などしない。
普通の令嬢なら恥じ入るところだろうが、マユロウの血は恥より実を取る。
「恥ずかしながら、マユロウは代々商売下手ばかりです。ですから、もう少しルドヴィス殿の話を聞かせてください」
こんな女は初めて見るのだろう。ルドヴィス殿は珍しく目を見開いて私を見つめていた。
だが、ルドヴィス殿は子供にねだられると断れない性格のようで、子供じみた私のおねだりも無下にはできなかったらしい。ため息こそつかなかったが、ややくせのある髪を何度もかき上げ、苛立ちを抑えるように窓辺へと歩いた。
さすがに図々しいおねだりだっただろうか。年齢と外見と性格を考慮するべきだった。
あきらめかけたとき、ルドヴィス殿は振り返った。
「……ライラ・マユロウのお望みならば、断ることはできない。その代わり、落ち着いて話ができる部屋にしていただきたい」
例え快諾されたとしても、相手は豪商の血統。ライラ・パイヴァーの御愛息だ。どんな代償を求められるかと身構えていたのに、意外にささやかなことだった。
確かに客をもてなすこの部屋は無駄に豪奢で、壁は武器だらけで、母やご側室方も気楽に入ってきてしまう。
「では、私の私室へ行きましょう。一応、応接用の椅子やテーブルがありますし、ここほど騒がしくもないですよ」
思い切ってそう提案すると、ルドヴィス殿はまた少し目を大きくした。
おかしなことを言ったつもりはないが、カドラスというより都の貴族的な常識を持つ方を驚かすようなものを含んでいたのだろうか。
「ルドヴィス殿? 私の私室では都合が悪いのでしょうか」
「……いえ、実に光栄ですよ」
こうして私の私室での経済の講義が始まった。
もちろん、基礎的な知識が欠けている私向けだから、ルドヴィス殿の話は都でどのようなものが流行っているかとか、その流行りがどのくらいの時間をかけて地方まで広まるかとか、そういう話からだった。母やご側室方はルドヴィス殿が来ると喜んでいるが、なるほどこういうことなのかと初めて理解した。
経済については、実は普通の貴婦人の方が詳しいのかもしれない。そんなことを思いながら真剣に聞く。
基礎的なこと以外でも話は非常に興味深かった。だから日を重ねるにつれて、私一人で独占するのはもったいない、マユロウの将来を担う一人となってもらいたい異母弟にも学ばせたいと思うようになった。
「カラファンドも同席させたいのですが」
思い切ってそう言うと、ルドヴィス殿は眉をわずかに動かした。
この表情はどういう意味だろう。そう考えながら返事を待ったが、ルドヴィス殿は何も言わない。その代わり、魅力的すぎる営業用の笑顔を浮かべて頭をなでられた。
頭をなでられるなど、何年ぶりだろうか。……つまりは子供扱いされたのだろうか。年齢は五歳ほどしか離れていないのだが。
「あの……」
「ライラ・マユロウ。続きをお話ししてもいいかな?」
私の抗議を封じるように、ルドヴィス殿は笑顔で言い、都の周辺の流通についての話を始めた。笑顔なのに異議を許さない強引さは実に見事だ。
多分これは拒絶だろうと判断し、以後その件は言わないようにした。
それに、ルドヴィス殿の少し低めの声を聞いているのは、実は私にとって心地よい。見かけの割に騒々しいカラファンドに邪魔されずにすむのは悪くないのかもしれない。私はそう思うことにした。
ありがたいことに、このことでルドヴィス殿の機嫌をそこねたわけではなかったようだ。次に本邸に来た時には、私の殺風景な部屋を飾る小さな花瓶を手土産に持ってきてくれた。
小さいので花を一輪しか挿せないが、生花がなくても花瓶そのものが美しい色彩で、部屋全体が華やいで見える。
マユロウよりはるか南方の国の産物らしい。
都ではもっと大振りものが流行っているとのことで、なるほど比較的暖かいマユロウでもこれを飾ると心が踊るのだから、冬が厳しい都の貴族たちはこの鮮やかな色を見ることで寒さを忘れるのだろう。
そういうと、ルドヴィス殿は少し満足そうに笑った。どうやら私の答えは正解であるようだった。
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