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悲劇の真相
(9)悲劇の女
しおりを挟むしかし、外から見ると悲恋の貴公子だとしても、異母弟カラファンドはそう言う性格の男ではない。
ハミルドとカラファンドは幼馴染であり、友人であり、ほとんど兄弟だった。今もハミルドの横の座り、いささか面倒な感じで絡みながら酒を飲ませている。
都のご令嬢方の夢を壊すようで申し訳ないが、あれはどう見ても悲恋の貴公子ではない。先に幸せになった友に見苦しく嫉妬する男だ。
こっそり笑っていると、私のそばにいたアルヴァンス殿が私の酒杯に酒を注ぎ足した。
「実は……私はライラ・マユロウのことを少し心配していたのですよ」
アルヴァンス殿は、私の顔を覗き込んだ。
鮮やかな赤髪に縁取られた顔は、幼い頃から見慣れていても感心するほど美しい。
男に美しいと形容するなど、吟遊詩人たちが歌う恋物語の中だけと思っていた。でもそろそろ三十歳が近いはずのアルヴァンス殿は、まさに美しいという形容することがふさわしいと思う。
アルヴァンス殿は端整な顔立ちをしている。顔立ちだけでなく、赤い髪も立ち姿も仕草も、すべてが美しい貴公子だ。
私はまだ都には行ったことがない。でも、都の貴族というものはみんなこうなのだろうか。もしそうだとすれば、まばゆくて面倒な場所ということになる。
ふとそんなことを考えていると、アルヴァンス殿がすっと顔を寄せて私の耳元に囁いた。
「その……大丈夫ですか?」
「何がですか?」
「あなたの傷心は癒えましたか?」
「傷心?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、間近にある美しい顔はとても真剣だった。私の顔の表情を一つも見逃すまいと見つめてくる銀水色の目は妖しい輝きを湛えている。
でも、私はため息をついた。
どれほど美しい顔がそばにあっても、酒臭い時点で真面目に取り合う気にはなれない。大袈裟にため息をつき、アルヴァンス殿の酒杯にコツンと自分の酒杯を当てた。
「あなたはもう酒に酔っているようですね。だいたい、最初から存在しない傷をどうやって癒せというのですか?」
「……それが本当なら安心しました。さすがライラ・マユロウ」
一瞬の間の後にアルヴァンス殿は晴れやかに微笑み、たっぷり満たしていた酒杯をぐいっと干した。
そのまま立ち上がって、ハミルドの席に向かっていた。
我が父マユロウ伯もハミルドの横に座っていて、ハミルドの父親であるエトミウ伯も酒樽をそばに置いて座っている。
ハミルドは今夜は前後不覚になるまで飲まされるだろう。花嫁には気の毒だが、これも古くからの慣習の一つ。今夜ばかりは諦めてもらおう。
……そう思っていたのに、伝統的な蛮行は三日間続いた。
花婿が花嫁の待つ初床にたどり着いたのは、二人に与えられたマユロウ領の端の小領に移動した後だったと聞いている。ライラ・マユロウとその異母弟を泣かせた男なのだから、手荒い祝福も尋常ではなかったようだ。
でも、全ては無事に解決した。あとは二人で静かに幸せを育んでいけるだろう。
一方、私はと言えば、「婚約者に捨てられた女」という悲劇的な看板を背負うことになった。カラファンドより長く生きているのだから、このくらいでへこたれる私ではない。
ただ、実際に特に負担はないと言っても、事情を知らない周囲の人々の同情には閉口してしまう。
領内を視察する度に、領民たちが元気を出してと言ってくれたり、二十一歳という年齢で婚約者を失うとはひどい不幸だと悲観してくれるのだ。これが何度も繰り返されたので正直うんざりしたが、これもマユロウ伯という領主を認め慕ってくれている証なのだと諦めていた。
やがて、吟遊詩人たちが高らかに歌った婚約解消劇から一年半がすぎた。
私を困惑させる周囲の同情は減ってきた。いくら平和なマユロウ領内でも、さすがに時間が流れれば人々の記憶も薄れて行く。当事者の私があいまいな笑顔を見せる以外は、全く「悲劇の女」らしくないこともあるはずだ。
やっと楽になる。私はすっかり油断していた。
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