修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第四章『因縁、交錯して』

第二百八十八話『今に成るまでの道』

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 影と氷の同時展開は、リリスにとっても決して楽にできるものではない。魔術神経は軋みを上げ、体に一瞬重たさが走る。――だがしかし、これぐらいの負担ならばもう慣れたものだ。意志を問わず戦わざるを得ない護衛時代に比べれば、自分の意志で前に進める今の方がよほど気が楽だった。

「さて、と」

 剣の振り心地を確認しながら、リリスはメリアが閉じこもっている影の球体へと眼をやる。……だがしかし、見ることすら許さないと言わんばかりに影の槍が正面からリリスへと襲い掛かった。

 遠くまで影を伸ばす必要がなくなったこともあってか、メリアへ接近するにつれて影が持つ魔力の密度はどんどんと高くなってきている。それはつまり、迫りくる武装の速度も硬度も上昇しているという事を意味するわけなのだが――

「し……いいいッ!」

 鋭い呼吸とともに放たれた斬撃が、より強靭になっているはずの武装をあっさりと両断する。衝突し拮抗するというプロセスを経ることすらなく、影は源から切り離されて消滅した。

「……ま、こんなもんよね」

 そうなることを最初から分かっていたかのような気楽な調子で、リリスは剣先を地面に触れさせながら呟く。……それと同時、リリスの背後に氷の槍が装填された。

 それらは影にコーティングされ、普段よりもさらに鋭さを増している。……メリアとの衝突ではイレギュラーな使い方をしてしまったが、今から任せるのは本来の役割だ。相手が数を増やしてくるなら、こっちも手数で対抗してやればいい。

「単純な物量で私たちに勝てるって思ってるなら、いささか見通しが甘すぎるわよ」

 どこか呆れた様な口調で言いながらリリスが軽くステップを踏むと、氷の槍はバラバラの方向へと飛んでいく。それから一呼吸置いたタイミングで、リリスは再びメリアが閉じこもっている球体に向けて突進を開始した。

 それを遮らんと様々な角度からメリアの武装が飛来するが、あらかじめ放たれていた氷の槍がことごとくそれを食い止める。何とかそれをかいくぐったものもリリスが片手間で作り出した影の刃に両断され、リリスの半径二メートル以内に踏み込むことすらも敵わなかった。

 メリアの意志を投影した影たちが、ツバキとリリスの前に次々と叩き落とされていく。メリアが最も勝機を見出していたであろう単純な力比べですら、メリアが二人に勝ることはない。

 さっきまでの戦いをメリアがどう評価していたかは知らないが、あれだけでリリスの全てを見たと思うのはとても浅はかな考えだ。……リリス・アーガストという冒険者の実力は、ツバキの支援をフルに生かすことでその全貌をようやく拝むことができるものなのだから。

「は……ああああッ‼」

 剣の一振り一振りが影を引き裂き、少しも速度を緩めることなくリリスは影の球体へと肉薄する。……だが、それを拒むかのようにまたしても三方向から影の武装がリリスを襲った。

 術者による歯止めが利かなくなってきているからなのか、影の武装が打ち止めになることはない。普段からこれぐらいの芸当ができるならもう少し苦戦させられたのかもしれないが、同時にこれが危険な状態であることも分かっていた。

 長時間限界を超えた魔力量を運用し続けることがどれだけ魔術神経にとって厳しいことなのか、リリスはこの身を以て知っている。意志の力は限界を超えた魔力を引き出すことができるけれど、それを扱う器の方は意志の力で変わったりしないのだ。

 そして、今メリアは自分の意志に関わらず許容量を超えた魔力を出力し続けている。……その状態においては、一秒のロスが致命的な損傷に繋がることだって十分に考えられた。

 だから、リリスはそれを見ても踏み込む足を止めない。一度助けると決めたのならば、ここで躊躇するわけにはいかなかった。

 足を強く地面に叩きつけて、それをきっかけに次の一歩を導き出す。それを阻むかのように、目の前から影の槍がリリスの胸を貫こうと迫り来たが――

「……邪魔よ」

 先の踏み込みで生み出された影の波がそれを押し返し、三方向からの攻撃はすべて阻まれる。ツバキにもメリアにもできない圧倒的な技術によって、メリアの力押しはまたしても打ち砕かれた。

 詠唱の代わりに足踏みを媒介として魔術を展開するそのスタイルは、エルフという魔術に秀でた種族だからできることだ。リリス自身いつ習得したかは判然としないが、それを真似ようとしたツバキがいつまでも成功できなくて首を捻っていたのははっきりと覚えている。

 つまり、こうやって影を扱えるのは今のリリスだけだ。……借り物を体になじませたリリスは、誰よりも影を気軽に扱える存在だと言ってもよかった。

 魔術行使に制限もなく、また魔力量もツバキと同等。定形を持たない影の性質を攻防どちらにも転用できるその姿は、かつて『影の里』と呼ばれる村に住む人々が目指したツバキの理想形そのものだ。……もしかしたらありえたのかもしれないツバキの可能性が、今この場所で体現されている。

 それを前にして、メリアの力任せな抵抗が意味を成すはずもない。……一つの傷も受けないまま、リリスはついに影の球体の前へとたどり着いた。

「……これを、ぶった切れば」

 軽く足踏みして影の領域を作り上げ、抵抗するように飛んでくる影の武装たちを全て遮断する。影同士が衝突するような音は絶えず聞こえてきていたが、突き破られないだろうという確信がリリスにはあった。

 影を纏わせた氷の剣をゆっくりと振り上げ、リリスは目の前の球体だけに意識を集中する。……その中でうずくまっているのであろうメリアを助けるべく、強い踏み込みとともに影の刃は振り下ろされて――

――半分でもあの才能なのに、もし双子じゃなかったらどれだけの巫女になっていたんでしょうね?

「……ッ⁉」

 刃と球体が接触した瞬間、知らない女性の声が脳内に流れ込んでくる。あまりに唐突なその現象に、リリスの心臓がドクリと強く跳ねた。

 女性の声は喜んでいるようであり、しかし悲しんでいるようにも聞こえる。それだけならばまだいいのだが、何かを皮肉るようなニュアンスまでその言葉にこもっているのだから性質が悪い。……その女が誰かは知らないが、リリスは一瞬で嫌いになった。

 気が付けばリリスは誰かの視点に同調して、その女性と誰かの会話を少し離れた戸の陰から盗み見ている。……その映像が脳内に浮かんできた時に、リリスはこれが自分の記憶でないことを確信した。

 いささか信じられない話ではあるが、本当に何も覚えがないのだからそう考える以外に道はない。……『巫女』やら『双子』やらのところを見ると、メリアの記憶と考えるのが妥当だった。

 影と影が接触したことで、何かしらの反応が起きたのだろうか。ツバキの言葉を借りるならば、今メリアをここまで暴走させているのは影に写し取られたメリアの意志だ。無数の影の根源となっている子の球体にその意志が滞留していると考えるのは、あまり無理のない論理だった。

――それも男で、そもそも巫女としての才能もない。……悪いけど、失敗作と言うしかないわね。

 刃を深く沈みこませていくたびに、誰とも知らない声が脳内にガンガンと響いてくる。そんなもの無視すればいいだけの話なのに、なぜだか意識がそっちへと吸われてしまう。……その言葉に、心が乱されてしまう。

「……何だってんのよ、これは……‼」

 その声の主に腹が立って、同時に悲しみも湧いてきて。そのどこまでが自分の中から湧き上がってきた感情なのか、一瞬分からなくなる。……もしかしたらこれは、メリアが当時抱いた感情なのだろうか。

『影の巫女』はその跡継ぎを生むことで、与えられた役割をすべて終える。……つまり、ツバキとメリアは先代の巫女――二人の母にとって集大成のようなものなのだろう。だからこそ、そこで起きたイレギュラーというのは重くのしかかってくる。

――このせいでツバキが大成しなかったとなれば、貴女とメリアにその責任は重くのしかかってくる。……分かってるんでしょうね?

――分かっています。その時は、私が――

 相も変わらずヒステリックな女の声に、それとは対照的に穏やかな女性の声が悲壮感を漂わせながら返す。……おそらくだが、彼女がツバキたちの母親なのだろう。

 双子としてツバキとメリアが生を受けたことで、その母親にも責任の矛先が向く。生まれてくる前に双子だと見分ける技術なんてまだ存在しないのに、女の主張がもっともらしく聞こえてくるのだから腹立たしい。……そんな因習なら滅びてしまえと、そう思う。

 だが、当時のメリアはそうは思わなかったらしい。……影の刃を押し込むと同時、見える景色は唐突に切り替わった。

――踏み込みが甘い、剣の振りにも迷いがある! そんな貧弱な者が、影を武装とできるものか!

 木刀を構えた一人の男が、地面に転がっている少年を見下ろしている。その体中にはあざができていて、骨も何本か折れているのではないかと言うぐらいひどい様子だった。

 真っ当に考えるのならば、大人と子供の体格差を剣一本で覆す方法なんて滅多に存在しない。リリスからしてみればこんなものは理不尽極まりないのだが、少年を叱咤する男にそんな意識は微塵もないようだ。

――立て、そして剣を持て! 里の誰よりも強くなることこそが、お前に残された最後の価値の示し方だろう‼

――は、はい……ッ‼

 その言葉に突き動かされるかのように、少年はよろよろと立ち上がる。……そのままかろうじて構えを作って見せはしたが、どんな形で決着がつくかはもはや明白過ぎた。

 ふらふらしながらも少年が一歩男に向かって踏み込んだところで、映像はまたしても暗転する。……そして同時に、リリスは自分の身に起こっていることの正体を確信した。

 リリスは今、影を通じてメリアの記憶の一部を垣間見ているのだ。……今のメリアが形成されるまでの、その道のりを。

 そのことに気づくと同時、またしても景色が切り替わる。またしても理不尽で嫌味な大人たちの言葉を聞かされる羽目になるのかと、リリスは一瞬身がまえたが――

――助けて、誰か‼

「……ッッッ‼」

 燃え盛る村、上がる悲鳴。明らかに異常な状況の中で、リリスは見覚えのある少女の声と姿を認識する。……メリアのものであろう視線の中心にいる彼女は、必死にこちらへと手を伸ばしていて。

「……ツバ、キ」

――これがメリアにとって致命的な転機の記憶であるのだと、リリスは嫌でも理解させられた。
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