修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第五章『遠い日の約定』

第三百三十六話『成長したって繋がりは』

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「しっかし考えてみれば考えるほどよく分からない地形よね、ここ。自然にできたとは到底思えないんだけど」

「ダンジョンとかもどうやってできたかは分かんないし、そういう意味では近しいものを感じないでもないからね。そんなところも含めてよく分からないって考えには同感かな」

 無数の木が生い茂る森を正面に見据えて、リリスとツバキはそんなやり取りを交わす。二人の言う通り、見渡す限り平坦な草原の中に突如として現れる森林地帯はかなり奇妙な威圧感を放っていた。

 ツバキの言う通り、その雰囲気にはどことなくダンジョンに近しいものも感じる。どれだけ理屈を並べ立ててみても、この森林が自然にこの場所に発生したものだと考えるのは難しいだろう。

「レインの話じゃこの周辺だけ現れる魔物の傾向も変わるって話だしな。……平原はすっかり落ち着いたけど、だからと言ってここも安心して潜れるようになったわけじゃなさそうだ」

「ええ、気は抜かずに行くわ。クエストなんて少しでも早くクリアするに越したことはないもの」

 俺の言葉に小さく頷いて、リリスは軽く両手を合わせる。しっかりと閉じられた両目は、俺たちには感じ取ることが出来ないささやかな魔力の気配を見通している証だ。

「……大きい反応はそことあっち、多分それぞれ単体かしら。これなら加勢される心配もなさそうね」

 数十秒とせずして森全体の気配を探り終えたのか、目を開けたツバキが俺たちの方を向き直る。……そして、少し前までそうしていたように俺たちに両手を差し出した。

「さあ、行きましょ。辿るべきルートは見えたわ」

 確信に満ちた声色でそう宣言して、リリスは俺たちの周りにゆったりと風の渦を作り出す。その自信に応えるように、俺たちは一度離した手を再び繋ぎ直した。

 俺たちが大きな負傷に見舞われる事もなくクエストを遂行できるのは、この半年間でより精度を増したリリスの魔力探知の貢献があまりにも大きい。最近では微かな魔力の残滓からそれを発した魔物の位置を特定するなんてこともできるようになったようで、前から高かった追跡能力にはさらなる磨きがかかっている。

 そんなリリスが断言したということは、それすなわち奇襲や不意打ちを一切食らわないルートが確立できたという事に他ならない。それが慢心や油断からくる言葉じゃないことは、今までの経験からよく分かっていた。

 ぐっと強くリリスの手を握ると、俺の身体が再び加速し始める。木々が密集する森の中は草原と比べて走りにくい地形ではあったが、そんなことをものともせずに俺たちは森の奥へと猛スピードで踏み込んでいった。

「う、おおお……ッ、やっべえ……⁉」

 立ちふさがる大木を避け張り出した木の根を飛び越える度に、俺は上下左右に揺さぶられる。ここ数か月でスピード感にはかなり慣れたつもりだったが、内臓を直接揺さぶられるような微かな気持ち悪さにはこの先も慣れられそうになかった。

 内臓があるべき場所から外れてしまったかのような感覚は絶えず気持ち悪さに変換されて、それを少しでも軽減しようとする体は胃の中の消化物を逆流させ始める。そんなことをしても楽になるのは一瞬でしかないのに、身体はしきりに刹那の安堵を求めていた。

「――マルク、もう少しだけ頑張って頂戴!」

「そうだよ、ここで吐いたら大変なことになるからね!」

 俺と違ってその振動にも慣れているらしい二人が、軽く口元を押さえ始めた俺に激励の言葉をかける。今吐いてしまった時の末路を想像すると、胃からせりあがってきたものが何となく抑え込めそうな気がした。

 それにしたってもう長くは保ちそうにないが、幸いなことに俺たちはだんだんと減速し始める。上下左右の振動もそれに伴って収まり始めて、しきりに逆流を推奨していた俺の脳も少しは落ち着いてきてくれたようだった。

 とんとんと軽く地面を撫でるような足取りで原則を完了させ、俺たちは大きな木の陰で停止する。すっかり危なげなくなったその止まりっぷりに、ツバキは感嘆の息を吐いた。

「減速に影を使わなきゃいけなかったの、今思うと懐かしいね……。リリスの上達速度には目を見張るものがあるよ」

「そうね、自分でも少し驚いてるもの。……あまり大っぴらには感謝したくないけど、これも研究院の連中が魔力について詳しく教えてくれたおかげかも」

 僅かに乱れた呼吸を整えながら、リリスは何とも言えないような声色で返す。この様子を見る限り、リリスと研究者が完全に歩み寄るためにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 研究者って生き方自体を完全に拒絶しようとしてたあの頃に比べればそれでも大きな進歩だし、そこで得た知識がリリスの強さに繋がってるのは嬉しいことなんだけどな。……まあ、小さい頃から持ってた考えを完全に変えるってのも中々難しいか。

「あの人たち隙あらば私を実験に巻き込もうとするし、下手に踏み込むと知らないうちに何かされてそうで怖いのよね……。特にウェルハルト、アイツに何か頼もうものなら絶対に大きな代償がつきまとってくるのが眼に見えてるわ」

「……ああ、そこはしっかり研究者してるんだな……」

 前言撤回、リリスがいまいち歩み寄れてないのは十中八九あっち側のせいだ。ウェルハルトがリリスに研究の手伝いを頼む光景が今話を聞いただけで簡単に想像できちまったからな。

「それでこそ研究者、みたいな感じは少しあるけどね。それはそれとしてボクたちと完全に分かり合える日は訪れそうにないけれど」

「ええ、それに関してはもう諦めてるわ。私たちと研究院はあくまで利害が一致したことによる協力関係で、お友達としてやっていくつもりなんて微塵もないもの」

 むしろこの関係に友情を持ち込む方がこじれそうだわ、とリリスはため息を吐く。しかしすぐに首を横に振ると、森の中に立ち並ぶ木の中の一本を指と視線で指し示した。

「――さて、私たちの標的はあの木の向こうにいるわ。ここまで踏み込んでも動く素振りの一つも見せないあたり、『警戒心が薄い種』っていう説明に偽りはないらしいわね」

「あんまり動き回られても面倒だし、じっとしてくれるタイプなのはありがたいね。……問題は、警戒心が薄いことにはそれ相応の理由があるってことなんだけど」

 小さな影の領域を作り出しながら、ツバキは少し真剣な口調で問いかける。それにリリスも表情を少し引き締めると、口元をニイッと吊り上げながら頷いた。

「ええ、だからこそこのクエストを試金石に選んだのよ。ツバキ、影をもらえるかしら?」

 その球体を氷で丁寧に包み込みながら、リリスは相棒に問いかける。一切の油断がないその表情を目の当たりにして、ツバキは安心したような様子で指先から影を伸ばした。

 それはリリスの四肢に優しく絡みつき、身体を守る鎧へと形を変えていく。どれだけ一人一人のやれることが増えてきたとしても、俺たちの必勝パターンがリリスとツバキの連携にあることには何の変わりもなかった。

「……うん、これだけあれば大丈夫そうね。それじゃあ、少し行ってくるわ」

「ああ、行っておいで。一撃で仕留め切れなくても後ろにはボクが付いてるからね」

 安心して一撃で戻ってくるといい――なんて冗談めかして言いながら、ツバキはリリスの背中を押す。それに笑顔を返した直後、リリスは地面を蹴って影の領域を勢いよく飛び出していった。

 その軽やかな足取りからは少しの気負いも感じられず、むしろある種の高揚感のようなものさえ纏っているように思える。それでいて油断や慢心があるわけでもないのだから、クラウスのように自滅していくビジョンさえもリリスには見えてこなかった。

「……なんつーか、この半年で隙がなくなったよな……」

「半年前までも強かったのに、少し顔を覗かせてた弱点すらだんだんとなくなりつつあるからね……。相棒が強くなっていくのを見るのは楽しいけれど、少しばかり淋しくもあるなあ」

 半ば無意識に俺がそう呟くと、右隣に座るツバキが僅かに苦笑しながら返す。吸い込まれそうな黒色をした瞳は、心細そうにリリスの背中を見つめていた。

 リリスとツバキの連携にはお互いの欠点を補いあうって意図があったわけだし、リリスの欠点が埋まりつつあるのは相棒として少しばかり複雑な事でもあるのだろう。いつかリリスがツバキの助けを必要としなくなったら――なんて、そんな考えももしかしたらよぎっているのかもしれない。

「大丈夫だよ、アイツがツバキを必要としなくなる時なんて一生来ないからな。仮に今からお前が影魔術で攻撃できるようになったとき、お前はリリスのことを『要らない』なんて言うのか?」

「……言わないよ。たとえリリスが戦えなくなったって、あの子のことを『要らない』だなんて絶対に言うもんか」

 俺が投げかけた問いかけに、ツバキは少し面喰らいながらもはっきりと首を横に振る。その答えが聞けたのなら、ツバキの心配はもう解消されたも同然の事だった。

「だろ? もちろん俺もそんなこと言わねえし、リリスだって口が裂けても言わねえよ。いつかリリスは欠点を補う必要がないぐらいの魔術師になるかもしれねえけど、そうなったら違う形でサポートしてやればもっと強くなれるだろうからな」

 たとえ魔術神経が壊れ果ててもリリスはツバキを助けようともがき続けて、遠く離れたダンジョンに居てもなおツバキはリリスの身を案じていた。俺はそれを知っているから、二人が道を分かつような場面なんて想像もできないのだ。もはや二人で一つの道を歩いていると、そんなことを言っても大げさじゃないかもな。

 そんな確信とともに答える俺を、ツバキは目を丸くしながら見つめている。……しばらくそうした後、ゆっくりとツバキの表情に笑みが戻った。

「――うん、君の言う通りだね。ボクたちがたとえこの先どうなろうと、ずっと一緒に居ることだけは変わらない。もちろん君にだって同じことだ」

「ああ、ありがとうな。お前たちがそう言ってくれるなら、俺はこの先もいろんなことに挑めるよ」

 なんだか照れくさくて頭を掻きながら、俺はツバキの言葉を受けいれる。――その言葉が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、悲鳴のような魔物の唸り声が森の中に響き渡った。
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