修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第四百九十四話『ヌーラル街道』

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 ひときわ強い振動がリリスたちの身体を縦に揺らして、車輪の立てる音がカラカラとはっきりしたものに変わる。小さな窓を覗くまでもなく感じられるはっきりとした変化に、とりとめのない話に興じていたケラーとカルロの表情が一瞬だけ険しいものに変わった。

「……街道に入りましたね」

「ああ、こっからが旅の本番だな。お前のとこにも話は入ってると思うが、オイラが行くときは『二回』だったってことを一応報告しとくぞ」

「そうですか。大人しめと言えば大人しめですが、警戒は怠らないようにしておきましょう」

 普段はほぼ必ずと言ってもいいほどカルロに反論するケラーが、今回はその気配を見せることもなく素直に頷く。まだ二人と知り合って日は浅いが、その光景を目にするだけで何かしらの事態が起こっていることは理解できた。

 何かにつけて意見が割れることが多い二人だが、別に仲が悪いわけではないというのがリリスの見解だ。同じ皇帝に仕える物としてお互いに矜持があり、それを譲ることができないのが衝突の原因に繋がっているのだろう。一度そう理解してしまえば、忌憚のない意見をぶつけ合える二人の関係性はそう悪いように思えなくなるのが少しおかしかった。

 こんなことを口にすればケラーの眉間に大きなしわが寄ることは目に見えているが、少なくとも根本的に相性が悪いわけではないことは明らかだろう。珍しく同じ方向を向いて話し合う二人の姿だけ見れば、お似合いのコンビだとすら言えそうなほどに絵になる光景なのだから。

「ま、オイラにとっちゃ他でもない実績稼ぎになるからいいんだけどな。こういう時にあちこち出向ける奴らの特権って奴を思い知らされるぜ」

「……行きの馬車でならともかく、お客人たちを連れている今そのようなことを言うのは皇帝の傍仕えとしてあまりに自覚が足りなさすぎるのでは?」

 そんなことを思っている間にも、ケラーはまたカルロに辛辣な言葉を放っている。一度は同じ方向を向けたはずなのだが、それが長続きするかどうかはまた別問題のようだった。

「別に本気で言ってねえよ、旅に横やりなんてない方がいいに決まってる。……ただ、それでも挑んでくるならオイラの実績にする準備は出来てるってだけの話だ」

「……まあ、そういう事にしておいてあげましょう。かつては貴方もその『実績』とやらの一つとして終わるだけのはずでしたが、それに関しては追及しないでおくことにします」

 ケラーの指摘にカルロがおどけたような言葉を返して、ため息とともに二人のやり取りは一つの区切りを迎える。二人の会話の八割方がケラーのため息で終わるあたり、ケラーも相当思う所があるという事なのだろうか。

 実際の所皇帝の馬車を襲撃したカルロを鎮圧したのはケラーなわけで、そこには浅からぬ因縁がある。そのことから言うとカルロ側ももう少しケラーにライバル意識のようなものがあってもおかしくはないはずなのだが、少なくともリリスにはそのような気配を感じることは出来なかった。

「……ねえ、さっきから何の話をしてるんだい? 穏やかじゃない話なことぐらいしか分からなかったからさ、良ければボクたちにも情報共有をしておくれよ」

 二人の間に生まれた沈黙に滑り込ませるようにして、ツバキが会話の内容について鋭く切り込んでいく。二人は相談するように軽く目を見合わせたのち、ケラーが一つ咳払いをしつつ口を開いた。

「……そうですね、その点に関しては説明不足でした。今私たちは国境に繋がる林道を抜け、帝都まで繋がるヌーラル街道に合流しました。帝国の主要都市を繋ぐ環状街道と言う事もあって整備はきちんとされているのですが、それ故の問題と言うのもありまして。……早い話が、賊が最も多く出没するのがこの街道なのですよ」

「オイラが皇帝サマに喧嘩を売ったのもこの場所だったからなあ。賊が居るって分かっててもここを使う奴らは多いし、一発逆転を狙う奴らからしたら恰好の待ち伏せ場所ってわけだ」

「……なんというか、当事者が言うと話の説得力が違うわね……」

 胸を張りながら付け加えたカルロに、リリスは思わず肩を竦めながら言葉を濁す。その直後にはケラーが割と強めにカルロの頭を平手打ちしていて、軽快な音がパチンと馬車の中に響いた。

「……ふむ、馬車にとって快適な環境は賊にとってもまたやりやすいという事か。これは帝国側で取り締まるのも難しそうじゃな」

「ええ、実際の所具体策を打てていない状況ですので。……さらに言うなら、現皇帝はこの手の賊を取り締まることに積極的じゃないところもございまして」

 フェイの見解に同意するケラーの視線は、物言いたげにカルロの方へと向けられている。当のカルロはそれを気にする様子もなく他の所へ視線をやっていたが、それが何を言わんとしているかは傍目から見ても明らかだ。

 皇帝を襲撃しようとした人間が逆に皇帝に抱え込まれるなど、王国で言えばアグニを要人として雇おうとしているのと根本的には同じことだ。やろうとしていることの規模や背景にある集団の大きさには違いがあったのだとしても、国に対して攻撃しようとしたという事実は何ら同じことだろう。

 それが許されるのもまた、力が全てに通ずる帝国ならではと言う事なのだろうか。カルロと言う成功例が居ることを思うと、一発逆転を狙う賊が一向にいなくならないのは必然のようにも思えた。

「実際の所、帝国の有力者の間では『迂回路を用いることは賊の圧に屈したも同然』という風潮が根強く存在していまして。……都市の運営に関わる権力の争奪戦には本来正式な手続きが必要なのですが、そんなことを無視した賊の襲撃は後を絶たないんですよ。……ちなみに付け加えるなら、貴方が帝国に召し抱えられたという噂が広まってから賊の数は増えたとも言われています」

 無言の圧では届かないと判断したか、ケラーはカルロをじいっと見つめながら低い声で付け加える。然しカルロはむしろ誇らしげにその指摘を受け止め、ふんぞり返るという表現が似合う一歩手前ぐらいまでには胸を張りながら答えた。

「ああ、それは皇帝サマからも言われてるから知ってるぜ。けどよ、そういう奴らが皇帝サマどころかどっかの強いところに引き入れられたって話も聞かねえし、襲撃が成功したって話も上がってきてねえ。もうしばらくその期間が続けば、『ただ単にオイラが特別なだけだった』ってことに賊の奴らも気づくことだろうよ」

「……本当に、その底なしの自信だけは帝都の中でも随一ですね。――ちなみに付け加えるなら、襲撃に失敗したにも関わらず皇帝に気に入られた貴方という存在が賊にとっての希望となり、話をとてもややこしくしているのですが」

「そりゃ知らねえよ、理由ならオイラを拾った皇帝サマに聞いてくれ。……ま、これまで一度だって本気で答えてくれたことはねえんだけどな」

 そう言って笑ったきりカルロは外に視線を向け、話題に対して我関せずの姿勢を取る。その態度にひときわ大きなため息を吐きながら、ケラーはカルロから視線を外した。

「……まあ、そんなわけでここからは快適な街道でありながら危険地帯であるという矛盾に満ちた場所を私たちは走行していくわけです。共同戦線の皆様方を一斉に案内できるのはここだけですし、説明したところで代案を出せないのが申し訳ないのですが――」

 カルロの分も引き受けるようにしてケラーが連ねた謝罪の言葉は、突然馬車を襲った強い振動によって強引に中断させられる。馬車に乗り慣れてきたリリスの経験が、これは急停車によるものだと即座に結論を出していた。

「……噂をすれば、と言うやつかい?」

「認めたくありませんが、どうやらその様ですね。……面倒ですが、摘み取る以外にやりようはありません。ここで逃げれば皇帝の顔に泥を塗ることになりますから」

 それを分かっていて仕掛ける節もあるんでしょうしね――と。

 あまりにもタイムリー過ぎる出現にため息を吐きながら、ケラーはカルロの肩を軽く叩く。待ってましたと言わんばかりに立ち上がったカルロの目には、既に十分すぎる戦意が宿っていた。

「せめてもの償い――と言うにはあまりに当たり前の事ですが、この賊は私達で処理します。興味があるならば、御者台に続く窓を開けていただければよろしいかと」

「おう、良く見といてくれ。……そうすれば、オイラがただの賊と同じじゃねえって分かるはずだからな」

 一言ずつ言い残して、ケラーとカルロは足早に馬車の外へと降りていく。その姿だけ見れば、やっぱり二人は似合いのコンビであるように思えて。

「……なんだか、不思議な感じね」

 そう呟くリリスの視線は、自然と御者台の方へと向けられていた。
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