修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第四百九十五話『帝国の日常風景』

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「……やはりあの者らが気になるか」

 そんなリリスの横顔を見つめていたフェイが、かすかに笑みを浮かべながら面白がるように訪ねて来る。それに対して反論することなく、リリスは素直に首を縦に振った。

「ええ、そりゃ気になるに決まってるわよ。あなたの手ほどきを受けた後だからどうにかなったけど、その前に戦ってたら普通に危なかったと思うわ」

「上から見てたボクたちから見ても迫力があったからね、あの泥の波。……性質だけで言うと、少しだけ影に似てる部分もあるのかな」

「硬軟併せ持つという意味では、泥は常人が扱える魔術の中でも著しく影に近い属性だと言えるかもしれぬな。……惜しむらくは、基本的に影を上回る部分が一つとして存在しないところじゃが」

 ツバキが何気なくこぼした疑問に答えながら、フェイは御者台に取り付けられた窓を開ける。ケラーの言葉通り他よりも大きく作られた窓の向こうでは、ケラーとカルロが黒いローブに身を包んだ十人余りの集団と何やら言葉を交わしていた。

 賊と思わしき集団が何やら声を荒げているのは僅かに漏れ聞こえてくるが、それが何を求めているかまでははっきりと認識できない。それに比べてケラーの声が少しも届かないことが、彼女がいつも通り淡々と受け答えをしていることを察させた。

 ケラーに止められているのか、カルロは一歩後ろに下がるような形で賊たちににらみを付けている。魔力の気配は既に膨れ上がっていて、いつでも戦える準備は万端と言った様子だ。

「……まあ、この調子で行けば奴らの実力も露わになるじゃろうな。共闘相手自ら手の内を明かしてくれるのはありがたい故、妾たちは高みの見物と行こうではないか」

「それがよさそうね。正直なところ、カルロたちが負ける未来は見えないし」

 最前列の椅子にどっかりと腰かけたフェイに倣って、リリスもその隣の席に着く。そこから少し間をおいていそいそと移動してきたツバキが、リリスの耳元でこそりと耳打ちした。

「……リリスたちには、賊とカルロたちの実力差が見えてるのかい?」

「実力差――と言うよりは、魔力の気配の大きさだけどね。賊も目一杯虚勢を張ってるみたいだけど、そもそもの気配の大きさがカルロたちとは比べ物にならない。……そうね、王都の一般冒険者たちと比べてもいい勝負になるぐらいかしら」

 改めて窓の外の賊たちを見つめながら、リリスもまた小声でツバキの疑問に答える。ほとんど聞こえなくなる声とは違って、魔力の気配は窓を通してもはっきりとリリスに伝わってきていた。

 当然魔力量が実力の全てではないが、少なくともカルロは豊富な魔力を有効活用する術を心得ている術師だ。それに賊が対抗しようと思うなら、それ相応の工夫をしなくてはいけないことは間違いない。

「それに、カルロは戦ってみた感じ一対一よりも多対一の方が得意そうだし。ツバキの影魔術だって、大勢の人間を一斉に制圧するのに向いてるでしょ?」

「それは……うん、確かにそうだね。ボクの直観が正しいなら、泥も影みたいに大人数を一斉に取り込むことができると思う」

 口元に手を当ててしばらく思考を巡らせてから、ツバキは納得したように頷く。自身の直観に関してはまだ少し不安が残っているようだったが、リリスも影に似た印象を抱いたのだからそこに関しては間違いないだろう。

 影魔術が操る術者によってその性質を変えるように、泥もまた様々な性質を持つ魔術だ。カルロがその気になれば賊を傷つけずに無力化することもできるし、逆に一瞬にして全員の命を奪う事も出来るだろう。ツバキとメリアがそれぞれ持っていた性質を、カルロは一人で併せ持っているようなものだ。

「……まあ、さっきも言った通りやれることは影より明らかに狭いけどね。精神に干渉したり不可視の領域を作ったりするのは流石に泥じゃできっこないし」

「ああ、そこは影の特権って言ってもいいところだからね。そこまで平気な顔でやられちゃボクたちの立つ瀬がなくなっちゃうよ」

 そう言ってはにかむように笑いながら、ツバキは指の先に小さな影の球体を生み出す。ツバキの動きに従って様々に変形したそれは、最後はツバキの手のひらに握りつぶされて消滅した。

 傍から見れば手遊びの類にしか見えない一連の動作は、しかし確かにツバキがフェイの手ほどきを乗り越えた末に手に入れた成果の片鱗だ。精霊の魔術理論に触れることによって、もともと高かった影魔術の精度は人間離れした物へと進化を遂げつつある。

 それでいてまだ『これは成長の一段階でしかないな』とフェイに言わしめるところが、ツバキの底知れない可能性の証左だ。ともすれば『影の巫女』と言う肩書でさえも収まりきらないほどの伸びしろを抱えながら、ツバキは帝国へと乗り込んできている。

「ま、いざとなったらカルロと直接対決して雌雄を決するのも悪くないかもね。……誰かを傷つけることは出来なくても、この影魔術で勝つための方法はたくさん学べたし」

「ええ、それがいいわね。……その時は、私も上から見守らせてもらう事にするわ」

 確かな自信を宿しながら零した考えに、リリスも又笑みを浮かべながら同意を返す。二人で連携した方が何倍も強いことは大前提としても、今のツバキが一人でも十分に渡り合えるほどの強者であることは確かな事実だった。

 今のリリスとツバキで模擬戦をするようなことがあれば、きっとその勝負は熾烈を極める物になるだろう。どちらが勝つにしろ一方的な展開にはならないし、十回戦えば十回違う決め手が現れるはずだ。それほどに実力は拮抗しているし、お互いにお互いの事を知り尽くしている。少なくとも、ツバキがカルロの後塵を拝するとは考えにくかった。

「なんじゃ、あの二人が心配か?」

 そんな結論を得た二人が笑みを交換していると、『妾も混ぜろ』と言わんばかりにフェイがリリスの肩を指でつついてくる。揃って視線を向けてみれば、フェイは楽しそうにしながらその指を窓の外へと向けてみせた。

「貴様らも分かっていることではあろうが、泥使いの小僧は決して弱くはない。むしろ人間にしては随分と魔術を使いこなしている方じゃ。ケラーもそう戦いに積極的ではないが、妾はあやつのことを相当な手練れだと見ておる。……妾からすれば、この人数差ですら適切なハンデとは言えぬちゃちな物じゃ」

「随分と高く買ってるのね。最初から余裕たっぷりだったのはそれが理由?」

「うむ、よほどの異常事態がなければ順当に勝負は終わるじゃろうからな。……それに、今の貴様らならば窓の一枚を隔てた先で在ろうと魔術を展開することは容易いじゃろう?」

 続けざまの問いかけに鷹揚に頷いて見せると、フェイはクイクイと指を動かす。それによって窓に生み出された水滴はやがて文字を描き出し、『こんな風にな』と言うメッセージが完成した。

 念のため窓に手を触れてみるが、文字の上に手のひらが来ても冷たい水の感触は微塵も伝わってこない。……間違いなく、フェイは窓の外に水滴を生み出している。

「……不測の事態なんてそうそう起こる物でもないし、もし仮に起きたとしても見えてるならここから魔術で干渉できる、ってことか。流石はボクたちの師匠、イメージの自由さが違うね」

「ああ、魔術とは可能性を形にする物じゃからな。『できっこない』というイメージをどれだけ壊せる家こそが、貴様らの魔術がどれだけ自由になれるかの鍵を握っておる」

 これすらも手ほどきの一環だと言いたげに、フェイは胸を張りながらそんなことを言ってのける。それにリリスが内心感嘆していたその時、馬車の外から衝撃音が聞こえてきた。

「……おお、そんなことを言っているうちに始まったか。流石は帝国、力で解決するに至るまでの過程が本当に短いの」

 どこか感慨深げにそう呟く視線の先では、カルロが泥を操って無数の槍を地面から顕現させている。その隣でケラーも武器を抜き、賊の内の一人に向かって飛び掛かっていった。

 一度戦いの火ぶたが切って落とされれば、目の前に広がるのは情けも容赦もない戦場だ。フェイやリリスが見立てたように双方の実力差は明白で、一人が泥の槍に貫かれたかと思えばその奥でケラーの持つ短刀が賊の首筋を掻き切る。目の前で起きる蹂躙劇に及び腰になった賊の足元は一瞬にして泥に絡めとられ、恐怖におびえる賊の悲鳴が馬車の中まで届いた。

 しかし、それもまた一瞬だけの事だ。悲鳴は短時間のうちに何度も連鎖し、やがてすぐ静かになる。……三十秒と経たないうちに、賊は全員無残な姿で地面に転がされていて。

「貴様ら、よく覚えておくと良い。今目の前に広がっているのは、四百年の時が経っても変わらぬ帝国の本質じゃ」

 一瞬にして決着がついた戦場を見つめながら、フェイは剣呑な声色でそう告げる。……何人もの人間が倒れ伏す空間で汗をぬぐうカルロの姿が、その光景の異質さをより加速させていた。
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