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第四話 陥落

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 グレイ・ラモネートにとってエリザベス・ラモネートは敬愛する姉だ。息を飲むほど美しい姉は、外見だけでなく内面も高貴であり、どんな相手にも慈悲深く、まるで聖女だ、とグレイは常々思っている。彼が騎士を目指したのは、彼女を守るためであった。
 幸いグレイには剣の才能があり、騎士となるのはそう難しいことではなかった。騎士となった日にグレイはエリザベスの前に膝をつき、忠誠を誓った。

「エリザベス姉様、俺が必ず貴女を守り抜くと誓います」

 グレイは真剣な眼差しで、エリザベスの手の甲に口づけをした。彼女は照れたように笑う。

「ありがとう、グレイ。でも騎士様が忠誠を誓うのは生涯で一人だけよ?貴方にはこの先私よりも大切な人が現れるわ。忠誠を誓うのはその時までおあずけね」

 グレイにとって世界の中心はエリザベスであり、この先誰が現れようと揺らぐことはない。彼の鎧のように強固な愛情に彼女は気付くことなく、未来の義妹となる女性を思い浮かべて笑っている。

「いいえ、姉様。俺は貴女に忠誠を誓いたい。貴女でなければ駄目なんです」

 グレイの切実な言葉に、エリザベスは困ったように眉を下げる。

「グレイ。もしかして、あの時のお礼ならもう結構よ。私は大切な貴方を守りたかっただけなの」

 グレイにとって、エリザベスは命の恩人であった。グレイが六歳、エリザベスが八歳の頃。グレイがラモネート公爵家を憎んだ男から銃で襲われたのだ。近くにいたエリザベスがグレイを守る形で抱き締め、彼女は肩に銃弾を受けた。男はすぐさま取り押さえられ、エリザベスには公爵家の権力を総動員して最高峰の治療が施された。今では銃弾の痕も薄くなり、目立たないほどに回復した。
 エリザベスがあの事件について語ることはない。しかし、見知らぬ男から憎しみに満ちた眼差しを向けられ、さぞ怖かったことだろう。グレイを抱きしめる手が震えていたのを彼はよく覚えている。それから、力なく倒れる彼女の姿も。グレイは血の気が引いていった。このままエリザベスを失ったら、と思うと怖くて堪らなくなり、彼は毎日彼女を甲斐甲斐しく世話した。

「よくも僕の大切なリズを傷つけたな」

 兄であるイシードからは憎しみを隠さない表情で暴行を受けた。殺されずに済んだのは、エリザベスが身を挺して守った存在であったからだろう。兄からの妨害を受けながらも、グレイがエリザベスの世話を辞めることはなかった。やがて彼女は回復し、普段通りの日常へと戻って行ったが、グレイは剣の修行を始めた。彼女があんな目にあったのは、自分が弱かったからだ。大切な姉を守るために、強くならなくては。グレイは父親であるラモネート公爵に実力者を紹介してもらい、鍛錬に励むこととなった。
 エリザベスはあの事件のことで、グレイが今だに思い悩んでいるのではと思っている。真面目な性格のグレイだから、必要以上に恩に報いようとしているのだと。しかしあの出来事はきっかけに過ぎなかった。グレイにとってエリザベスは救世主であり、彼女に尽くすことが彼にとって至上の喜びとなっていたのだ。つまりはもう、手遅れである。

「貴女がそう仰るのならば、騎士の誓いは保留とします。ですが、姉様に仕えることはどうか許してください」

 こう言われてしまえば、エリザベスは断ることが出来なかった。騎士になったグレイがエリザベスの護衛騎士になりたいと言った時は家族も驚いたが、過去のことを思えば納得がいき、グレイを彼女の護衛騎士として認める他なかった。……兄であるイシードを除いて。イシードは憎々しげな表情をグレイによこすが、グレイは冷ややかな目でイシードを見ていた。
 グレイは兄であるイシードを忌々しく思っている。彼の、エリザベスを見る目が尋常ではないからだった。聖女ともいえる尊い存在を、兄は不埒な目で見ている。それがグレイには耐えがたかった。純白の聖女が汚い欲に汚されてしまわないように、グレイは護衛騎士としてエリザベスの傍に仕えた。イシードが二人きりで、と彼女を誘った時もグレイは割って入った。エリザベスに窘められて席を外した時も、彼は彼女に気付かれない位置で見つめていた。イシードは忌々しげにグレイを見るだけで、何か手を回すことはなかった。屈強なグレイに、イシードが力で敵うはずがないからだろう。彼は愛する姉を完璧に守っていると、そう信じてやまなかった。皇室騎士団の入団要請を受けるまでは。やられた、とグレイは思った。イシードが手を回したのだろう。ラモネート公爵も快諾し、エリザベスに至っては自分のことのように喜んでいる。

「皇室騎士団は実力のある騎士様しか入団が許されないのよ!とても名誉なことだわ!」

 喜ぶ姿は普段の高貴さを忘れるほど可憐で愛らしい。そんな彼女におめでとうと言われてしまえばグレイは入団を断ることなど出来なかった。

「皇室騎士団への入団、おめでとう」

 エリザベスと別れたグレイは、壁にもたれかかりくつくつと笑うイシードに声をかけられた。

「貴様が手を回したんだろう」
「さて、何のことかな」

 愉快で堪らないといったイシードに、グレイは睨みつける。

「騎士団に入ったら、忙しくて家には帰って来れないだろうな」
「貴様の思い通りにはさせない」
「ははっ、精々頑張ることだな」

 ひらひらと手を振って、イシードがこの場を後にする。グレイは拳を強く握りしめ、怒りをやり過ごす。何としてもあの卑劣な男からエリザベス姉様を守らないと。グレイは死に物狂いで騎士団の仕事をこなし、いの一番に帰宅する生活を続けた。同僚からは付き合いの悪い男だと評判が落ちたが、何を勘違いしたのか上司は迅速な彼の仕事ぶりを評価していた。その結果、あろうことか副団長の座を手にしてしまったのだ。副団長となれば仕事も増える。空回りする努力にグレイは絶望する。最悪なことに長期任務まで任されてしまい、断ることが出来ず旅立つこととなった。

「グレイが長い間家を空けるのは初めてね。可愛い弟が家にいないのは寂しいけれど、しっかりとお役目を果たすのよ」

 自分が家にいないのはエリザベス姉様にとって寂しいことなのか。グレイは胸をグッと掴まれたようで愛おしさに上を向いた。

「……グレイ?」
「あ、い、いえ……すみません、姉様……その、少し尊くて……」
「?」

 キョトンとして顔を傾げる姿も可愛らしくて、グレイの心臓はバクバクと激しく脈打つ。結局グレイはエリザベスの顔をまともに見ることも出来ずに出発した。エリザベスへの尊さに、イシードのことなどすっかり忘れていたグレイは、任務の最中頭を抱えることとなった。
 全力で任務をこなすも時間がかかり、結局半年も費やしてしまった。ああ、エリザベス姉様は大丈夫だろうか。あの汚い男の毒牙にかかっていないだろうか。グレイは神妙な面持ちで帰路を急いだ。





 深夜に帰宅したグレイは、不敬だと思いながらもエリザベスの顔を早く拝みたいとの思いで彼女の部屋まで辿り着いた。彼女を起こさないように、静かにドアを開けると、くぐもったような声がグレイの鼓膜を揺らした。

「っあ、んん……ッ、や、やぁ……!」

 甘く艶やかで、男を誘うような声。それがエリザベスの声であるとグレイが気付いた瞬間、身体の中心が急激に熱を帯びてゆくのが分かった。

「ね……姉さま……?!」

 グレイは信じられなくて、思わず声を上げた。そこで彼が見てしまったのは、まさに彼が危惧していた事態だった。

「……遅かったなグレイ。……いや、早すぎたと言うべきだろうか」

 エリザベスの秘部を貪っていたイシードが振り返って声をかけた。彼の後ろには、目を閉じて快感に震える彼女と、物欲しそうにひくひくと艶めかしく動く彼女の膣口が見えた。

「貴様……ッ!」

 イシードに怒鳴りつけ、胸倉を掴もうと近付くグレイに、彼は人差し指を口の前に宛てた。

「しー。リズが起きてしまう。グレイ、お前はそれでもいいのか?」

 ぎくり、と肩を強張らせたグレイに、イシードの形のいい薄い唇が歪む。

「いいわけないよなあ。お前の張り詰めたそこ、リズに見られたくないだろう?」

 イシードの言葉に、グレイは言葉を詰まらせる。図星であった。可愛がっていた弟が自分を性的な目で見ていると分かればエリザベス姉様は自分と距離を置いてしまうだろう。

「だが、安心しろグレイ。僕はリズに睡眠薬を使っているんだ。今は起きないだろう」

 イシードの言葉に安堵したグレイは、彼の腕を掴んだ。

「ならばもう、やめろ。これ以上エリザベス姉様を汚すな」
「お前は本当にそれでいいのか?リズのこんな姿、もう二度とお目にかかれないんだぞ」
「ッ……!」

 悪魔の声が囁く。エリザベス姉様は寝ているんだ、もう少し堪能してもいいんじゃないのか、と。グレイは首を振る。

「そんなこと、いい訳がない!」
「リズのえっちなここ、味わってみたくないのか?」
「姉様の……、ぐッ……!」

 エリザベスの秘部はぐっしょりと濡れていて、小さな膣口が物欲しそうに蠢く。蠱惑的な様に、グレイは喉を上下させる。愛しき人の淫らな姿を前に、我慢できる男がいるだろうか。彼はふらふらとエリザベスに近付き、蜜壺に舌を這わせた。

「ッ!ひぅ、や……!んんぅ……ッ!」

 エリザベス姉様の愛液。甘くて、強烈な雌の匂いに頭をクラクラさせながら、グレイは夢中で貪った。イシードは彼を見下ろして嘲笑う。

「これでお前も共犯だな」

つづく
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